第32話 報い
緑色の服を着たどこにでもいそうな大人の女性を見た瞬間、真子は口裂け女でも見たようにカタカタと震え、今まで以上の恐怖に染まった。
それを見て五月はそっと手を握る。
「真子さん。私もいますから……勇気を出してください」
呼吸を荒げ、ごくりと唾を飲んでなんとか五月の目を見て返事する。
「だ、大丈夫で、です。ちゃ、ちゃんとできます。は、離れて、み、見ていて、えと、さつき、さん」
誰がどう見ても大丈夫な様子ではない。
五月は声をかけたいと切に思ったが、言葉が出てこない。
「ここから先はわたしたちの出る幕じゃないでしょ。真子、だったっけ。ククニがいること、忘れないようにね?」
最後に釘をさす……というよりほとんど脅迫に対して真子はより悲壮な顔になった。
葵と五月は二人で離れる。
当然ながらさつまとアポロはそれに付き従い、ククニもくわえられながらついてくる。
「皆本さん。本当にこれでよかったんですか?」
「……えっと、うーん……多分」
ものすごくしどろもどろになりながらはっきりしない表情のまま冷汗を浮かべる。
「まさかとは思いますが……何も考えてないんですか……?」
「や、まあなんとなくだけど母親に反抗する気力みたいなものが必要だと思うのよね、あの子。それを解決するためには……ちょっと暴力的な手段に訴えないといけないと思うのよ」
「そんなことしてもその場しのぎにしかならないでしょう」
「その場しのぎじゃないわよ。だってこのギフト、相手に生理が来たら使えるんでしょう?」
その発言に五月はおもわず距離を取ってしまった。
「あなたまさか……真子さんに毎月こんなことをさせるつもりですか?」
「ちょうどいいサンドバッグになりそうな気がするけど。まあ見てなさいよ、きっとだいじょ……」
「いい加減にしなさい!」
ぴしゃりと真子の母親が真子を睨みつけながら雷のような怒声を飛ばした。
「……大丈夫ですよね?」
「……多分」
真子の母親はしばらくぼんやりしていたがやがて目覚めたかのようにきょろきょろと首を回した。
「お、お母さん、あ、あのね?」
ようやく震えが止まり始めた。真子が自分の母親に話しかけた。
だが。
「あ、あああああ!」
真子の母親は彼女には目もくれず別のものを見て絶望したような声をあげた。
「大変! 会長が大切にしていらっしゃる花瓶が壊れてる!」
先ほどの戦闘の余波か何かで会議室に飾られていた花瓶は見るも無残に砕け散り、活けられていた花と水が散乱していた。
それを見た真子の母親は圧力を伴うほど激しい視線を真子に向けた。花瓶が割れていたという事実は娘の言葉よりも重要らしい。
「真子! またあなたが何かしたの!?」
「え、いや、ちが、いやちがわなくは……そ、そうじゃないよ。お、お母さん。そもそもあたし花瓶なんて今まで割ったこと……」
「いい加減にしなさい!」
真子はひっと小さな悲鳴を上げて体を縮める。
「あなたはいつもいつもそう! 言い訳してばっかり! もっとはきはきしたらどうなの!?」
「ご、ごめ……」
「もっとちゃんと謝りなさい!」
「ごめんなさい……」
もはや反抗する気力もないかのように俯く。
それを見た真子の母親は満足するかのように微笑んだ。
「いい子ね。真子。愛してるわ」
聞き分けのいい子を喜ぶ親は全世界共通だ。真子の母親は本気で自分の子供を理想的な子供だと思っているし、自分の教育に瑕疵はないと信じている。
だが今日の真子は、少しだけ悪い子だった。




