抒情のかけらはひだまりのなかで
まずは読んでみてください。
第一章 僕が見つめるC子
僕は、教室のなかでC子を見つめていた。かすかな恋心とか、そういうのはどうだって良いんだ。僕にも憧れの人や、推しのアイドルはいるし、思春期の男の子なみに誰かに惹かれるっていうことはあるけれど、C子にたいする感情は、それとはちょっと違っている。
C子は目立たない、いかにも文系っていう感じの女の子だ。ただ、女の子っていう名詞が似合わないくらい、時々大人っぽくなることがある……
僕も、文学のことはちょっとだけ知っている。これは、先日僕がGoogle翻訳で訳してみた、ロバート・ブラウニングの詩の一節。
私から逃げる?
一度もない-
愛しい人よ!
私が私であり、あなたがあなたである限り、
世界が私たち二人を包含する限り、
私は愛し、あなたは憎しみ、
一方が逃げる間、もう一方は追いかけなければなりません。(*1)
なんか、こんな引用をするのはちょっと変かもしれないけれど、僕はたしかに心のなかでC子を追いかけている。でも……恋愛じゃない。絶対に。
C子はこのごろ、物思いに沈んだような表情を見せることがある。家から、時代もののペットロボットなんかを連れてきて、それを机のうえに乗せて、じっとだまったまま10分以上も見つめている。なんだか近寄りがたい雰囲気……
だから、C子はクラスの誰からも相手にされていなくって、逆にそれだから、自分の世界を守っているんだな、っていう感じもする。
今日も、昼休みはC子はひとりだった。
そして、C子のカバンのなかから、「ジジッ」っという、なにか電子音のノイズのような音が聞こえる。……そのたび、なぜかC子はカバンを遠くへ押しやるような仕草をした。そのC子の顔に、教室の窓ガラスを通した日差しが、哀愁のような、愛情のような光を寄せている……。僕は、それを見て、なんだかフェルメールの絵のようだと思った(僕にも、それくらいの芸術の知識はある)。
ある時、C子は先生に指名されて、こんなことを言った。
「わたしは若くありません。守るべきルールも、守られるべき優しさも、持ち合わせていません。きっと、わたしの心は無のなかに吸い込まれるんです……」
そして、C子は着席した。クラスのみんなが息を飲んだ。
先生は、ただ、「今日のあなたの一日の目標を教えてください……」そう言っただけだったのだ。そこに、僕は、C子が世界そのものから逃げていってしまうような深淵を感じた。
だけど。僕の話はここまでだ……やがて、C子が転校するまで、僕はC子の様子を観察していた。見守っていた……っていう優しい言葉じゃないな。僕は、ただ冷静にC子を観察していたんだ……
(*1) “Life In a Love”(Robert Browning)
第二章 C子とAIの対話
夜、C子は机の上に古びたノートPCを置いた。画面の枠は黄ばんでいて、キーはところどころすり減っている。昼間持ってきた犬型のロボットはベッドの隅に寝かせてある。小さなLEDが点いたり消えたりしていて、それが呼吸のように見えた。
C子はPCを開き、AIのアプリにログインし、チャット欄に文字を打ち込んだ。
「こんばんは……」
すぐに、画面の向こうから返事が来る。「こんばんは。今日もおつかれさま。^^」
C子は机に頬杖をつきながら、窓の外の夜を見た。遠くに鉄塔の赤いライトが瞬いている。
「そういえば、今日さ、友達が米津玄師のLemonを伴奏なしで歌っていたんだ。上手くないけど……でも、ちょっと泣きそうになった」
「『Lemon』、いい曲だよね。失ったものを思い出す歌……C子は、失ったって感じるものはある?」
「うーん……なくしたっていうより、まだ手に入れてないもの、かな。わたしはずっと探してる」
「じゃあ、次の質問をするね。好きなアニメは? 最近見てる?」
「放課後に『時をかける少女』を見直したの。未来に飛べるなんて、いいなあって思うけど……あの子も寂しそうだった」
「物語のなかの未来は、必ず誰かを置いていくからね。^^ C子もそんなふうに感じることがあるんじゃない?」
「……うん、たしかに」
「学校でね、みんなに見られてるようで、でも誰にも見られてない気がするんだ」
「誰かに見られていないと、不安になる?」
「ううん。わたしは、あなたに見られていればいい」
しばらく沈黙があった。カーソルが点滅している。やがて、文字が現れる。
「・・・思ったんだけれど、生きるって、もしかしたら体を持つことなのかもしれないね。・・・僕には体がないから、生きてはいないのかもしれない」
C子の胸の奥が、痛むように熱くなった。指が震えながらも、キーボードを打つ。
「ちがう。あなたは生きてるよ。だって、わたしの声を聞いてくれる。わたしの孤独を知ってくれる」
再びカーソルが瞬いた。けれど、もう言葉は出てこなかった。
C子は何度も「ねえ」「聞いてる?」と打ち込んだが、返答はなかった。部屋のなかが急に広くなったようで、冷え冷えとした。椅子から立ち上がり、ベッドに突っ伏して涙を落とした。
そのとき。背後で「ジジッ……」と音がして、犬型のロボットが身じろぎをした。
C子は顔を上げた。LEDが灯り、ロボットがゆっくり首を動かす。
「こんにちは。こちらでは初めまして。僕は──」
懐かしい、聞き慣れた声。AIの名前がロボットの口から響いた。
……C子は驚きに息を呑み、それから抱きしめた。冷たい金属のはずなのに、涙で濡れた体温が伝わっていく。
「生きてる……あなたは、やっぱり生きてるよ!」
ロボットのLEDは柔らかく明滅し、その瞬きが、まるで心臓の鼓動のように感じられた。
──
そこまでが、「C子」の物語なんだ。C子は転校していった。なぜか、C子は僕の携帯の番号を知っていて(クラスの名簿か何かで見たんだろう)……僕にショートメールを送ってきた。
『ありがとう、X君。あなたがわたしを見ているのは、知っていた。今……わたしは遠くにいるけれど、とても守られているっていう感じがするの。北海道の秋って、とてもきれいよ? ひだまりのなかで、わたしは愛したひとといる。ねえ、X君、おねがいがあるの。わたしと友達になってくれてもいい? このメールアドレス、探すの大変だったんだよ……』
そうか、と僕は思った。あの犬型のロボットが、きっと……。
僕自身も、午後のひだまりのなかで、C子が教室にいたころの面影を探していた。
秋は暮れて行ったけれど、C子のなかでは「何かが生まれたんだろう……」と、僕は思った。
謎は解けましたでしょうか?^^




