第2話 土が呼吸していない
第2話 登場人物紹介
土門 穣
転生してきた農業研究者。
水を直した次は、“死んだ土”を蘇らせようとする。
理屈っぽく無愛想だが、自然を誰より信じている。
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ミア
畑と家畜の世話をする少女。
穣のやることを「変人」と思いながらも、一番近くで変化を見ていく。
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トーマ
若手農民。短気でプライドが高い。
「草や糞で土が良くなる訳ない」と穣に反発する。
だが誰より畑を良くしたいと思っている。
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ガルド
頑固な村長。
昔の豊かな村を知っているため、“昔ながら”に強くこだわる。
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リサ
村の水路と衛生管理をしている女性。
合理的な性格
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カイ
家畜小屋を世話する無口な少年。
人と話すのは苦手だが、動物には優しい。
朝。
村人たちは井戸の前に集まっていた。
「……臭い、減ってないか?」
「前より濁ってないぞ」
桶を覗き込みながら、誰かが呟く。
確かに、水は少し変わっていた。
腐臭が弱い。
濁りも薄い。
まだ綺麗とは言えない。
だが、“前よりマシ”だった。
ミアはそっと水を掬う。
「……ほんとに変わってる」
だが、その頃。
土門穣は井戸を見ていなかった。
視線は畑へ向いている。
乾いた地面。
痩せた芽。
色の薄い葉。
穣はしゃがみ込み、土を握った。
ぱさり。
指の間から崩れ落ちる。
「軽すぎる」
◆
「おい、何見てんだ」
トーマが鍬を担いで近づいてくる。
額には汗。
だが畑の作物は元気がない。
穣は土を見たまま聞く。
「毎年どうしてる」
「は?」
「畑だ」
トーマは不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「耕して植えて終わりだよ」
「草は?」
「邪魔だから燃やす」
「糞は?」
「臭ぇから捨てる」
穣は少し黙った。
そして静かに言った。
「……だから土が空になる」
「はぁ?」
トーマが眉を吊り上げる。
だが穣は説明しない。
ただ村を歩き始めた。
◆
燃やされた雑草。
捨てられた鶏糞。
家畜小屋から流れる汚水。
ひび割れた畑。
穣は周囲を見回し、小さく呟く。
「戻してない」
後ろを歩いていたミアが首を傾げる。
「何を?」
「命を」
ミアは意味が分からず顔をしかめた。
◆
村外れの家畜小屋。
中では、一人の少年が痩せた鶏を抱えていた。
カイだった。
無口で、人と目を合わせない少年。
だが鶏は大人しく彼の腕に収まっている。
穣は床を見る。
湿った藁。
積もる糞。
虫。
鼻を刺す臭い。
「鶏が弱る」
カイがびくっと肩を震わせた。
「……餌はやってる」
「餌だけじゃない」
穣は床を指差す。
「床が悪い」
「……床?」
「土と同じだ」
カイはぽかんとした顔をした。
だが穣は真剣だった。
「腐れば病気になる」
◆
その日の午後。
穣は村人を集めていた。
「今度は何する気だ」
ガルドが腕を組む。
穣は答えず、地面に枯草を積み上げていく。
さらに落ち葉。
藁。
鶏糞。
村人たちは顔をしかめた。
「ゴミ集めてどうすんだ」
トーマが呆れた声を出す。
穣は短く答えた。
「土を作る」
静まり返る。
ガルドが低い声で言う。
「そんなもので畑が戻るか?」
穣は積み上がった山を見上げた。
「今の土は“食ってない”」
「……何?」
「土の中が空だ」
誰も理解できない。
だが穣は構わず、水をかけ始めた。
◆
数日後。
朝からミアの叫び声が村に響いた。
「湯気! 湯気出てる!」
村人たちが集まる。
積み上げた山から白い湯気が立っていた。
手を近づけると暖かい。
「なんだこれ……」
トーマが顔を引きつらせる。
穣は山を崩しながら言った。
「生きてる証拠だ」
「腐ってるだけだろ」
「違う。分解してる」
湯気の向こうで穣の目が光る。
「菌が食ってる」
村人たちは後ずさった。
「菌って……」
「見えない虫か?」
ざわめきが広がる。
だがリサだけは真剣な顔をしていた。
「熱が出るほど動いてるの……?」
穣は頷く。
「命が回り始めた」
◆
「そんな訳わからん土で育つかよ!」
トーマが怒鳴った。
穣は静かに畑を見る。
「今のやり方で育ってない」
その一言で、トーマは詰まった。
「……っ」
「土は作物を育てる前に、菌を育てる」
誰も意味を理解できない。
だが穣は小さな区画を指差した。
「試す」
◆
片方はいつもの畑。
もう片方には、作った堆肥を混ぜる。
「無駄だ」
トーマは吐き捨てた。
穣は答えない。
「見れば分かる」
◆
さらに数日後。
最初に気づいたのはミアだった。
「……色、違う」
芽の色。
堆肥を混ぜた側だけ、緑が濃い。
葉も大きい。
カイがしゃがみ込む。
「こっち元気」
トーマは何も言えなかった。
穣は土を握る。
前より柔らかい。
湿り気がある。
「呼吸し始めたな」
風が吹く。
土の匂いが少し変わっていた。
◆
夕暮れ。
ミアは畑を見ながら呟いた。
「土って……生きてるの?」
穣はしばらく黙っていた。
やがて静かに答える。
「生き物を生かしてる時点で、生きてる」
ミアは畑を見る。
ほんの少しだけ。
本当に少しだけ。
村が変わり始めていた。
穣は家畜小屋へ視線を向ける。
「次は循環を速くする」
「……何する気?」
穣は桶を見下ろした。
中には藁、水、乳、果物の皮。
ゆっくり混ぜながら言う。
「発酵だ」
ミアは嫌そうな顔をした。
「また変なこと始まった……」




