無自覚。
愛花の次に行きたいと言った場所は映画館。
その映画は泣けるホラー映画として話題になっていて、公開されてから日が経っているが、未だに多くの人が劇場へ足を運んでいるようだ。
「愛花はホラー映画とか好きなのか?」
「いや、そういうわけではないが……CMや評判を観たら、どうしても観たくなってな」
確かに、ホラー一辺倒ではなく、泣けるという部分は俺も気になる。CMなどの断片的な情報からだけでは分からないようなストーリーなのだろうか。
早速俺たちは定番のポップコーンと妙に量が多いドリンクを購入してシアター内へ。
既に多くの人が座っていて、この映画の人気が伺える。
「いい席が空いてて良かったな」
「そうだな、日頃の行いが良かったのかな」
お互いにだけ聞こえる程度の声量で会話して、他の作品の予告が始まり自然とそれを観て静かになる。
照明が落ちて、誰もが知るビデオカメラの男が捕まった後、作品の上映が始まった。
泣ける、という形容詞はついているがやはり根底にあるのはホラーのジャンル。不穏な雰囲気の漂う導入、音で驚かせてきたり、グロテスクな映像で視覚的な恐怖を煽ってきたりと、中盤までは泣けるような要素は感じられない。
「ひぃっ……!?」
例外にもれず、愛花も制作陣が大喜びしそうなほど怖がっている。ホラー映画が得意ではないことはよくわかったが、泣ける、という要素を信じて観に来ているのだろうが、これで怖いだけだったら少し可哀想な気もする。
「ぅ、う、う……!」
恐怖を紛らわせるためか、俺の腕にしがみついている。
傍から見たら、映画館でイチャついているカップルに見えているのだろうか。……もしそうなら、いやそうではなくても、こんな所をアキラと叶に見られるわけにはいかないな。
「ぅぅぅぅう……!」
幕いっぱいに映る心霊現象に愛花は声も出せず──周りのお客さんの事を考えたのだろう──ついに俺の腕に顔を埋めてしまい、映画鑑賞どころでは無くなっていた。
だがそうしたくなるのもわかる、正直俺も目を逸らしたい。
「愛花、大丈夫か……?」
「こ、このシーンが終わったらおしえてくれぇ……!」
震えた声。
こんなこと、本人に言ったら怒られそうだけど……普段の愛花を知っているからこそ、その弱々しい姿を可愛いと感じてしまった。
怖いから、という理由では説明できない激しい動悸に、俺も映画に集中できなくなる。
……アキラや叶も愛花も。異性とくっつく事に抵抗がないのはもうわかっているのだけど、いつまで経ったってこれに慣れる事が出来ない。
小町だってこんなにくっついてこなかった。
あいつは友達だから今更何も感じないかもしれないけれど、最初の頃はそれはそれはイジられたな……。
「おわった……?」
静かな場面になり、シーンが切り替わったと感じたのか愛花は自ら顔を上げた。
「うん、もう大丈夫だよ」
「そっか……」
愛花はなんとか前を向いて続きを鑑賞。
ただそれでも、俺の腕から離れる事はなかった。
★★★
──映画も終盤、クライマックスを迎える頃、劇場内の至る所からすすり声が響き出した。
悪霊にとりつかれた母親が、自らを犠牲にして娘を救う場面。家族を苦しめた障害に打ち勝つカタルシスと、その代償の、家族との永遠の別れ。
家族愛……それがこの映画の裏テーマであると、俺はそう解釈した。
「ぅっ、ぐす……」
そして愛花も大粒の涙を流していた。
指で拭えど拭えど、次々に落ちていく雫。
それは、エンドロールが流れきり、劇場内が明るくなっても止まることはなかった。
「愛花、立てるか?」
「ちょっとまって……」
泣き顔を見られたくないのか、ハンカチで顔を覆い昂った感情と、涙腺が落ち着くのは待っている。
「はぁ……あんなのだめだよね……」
泣きすぎて感情がぐちゃぐちゃになってしまっているからか、いつもの口調ではなくなっていた。
いつかの日の、バーベキューの時にも現れた、アキラ曰く愛花の素。
普段聞くクールな声色も今は消えて、目を瞑ればただの少女としか思えない。
指摘するべきかは迷ったけれど、自ずと気付いた愛花が気まずそうに咳払いをした。
「んっ、んん。……待たせたな、楓太」
「……愛花、別にいまは気を抜いてもいいんじゃないか?」
「え?」
「確か、峰十郎さんに憧れているから……ってアキラも言ってたけど」
「……もちろん、それもあるが。それ以上に、アキラ達の前では気恥ずかしくてな」
曰く、その強さから連想される声色との違いに、愛花自身も少しコンプレックスを抱いているらしい。
アキラと叶にも少しイジられて、愛花は自身の持つイメージを保つために峰十郎さんのように振る舞っているようだ。
可愛い、よりもカッコよくなるために……その気持ちはわからないでもない、だけど。
「正直、それ疲れないか?」
「疲れるに決まっているだろう」
思っていたよりも素直な返事。
そりゃあそうだ、常日頃から声を作っているなんて疲れないわけがない。けれど、それは愛花の精神的安定にも繋がっているのだろう、だからそれをずっとやめればいいんじゃないか、とは言えないけど──
「今だけなら別に止めててもいいんじゃないか? 俺は気にしないよ」
「……だが」
「愛花のすごいところは、もうこれ以上無いってくらい分かってるからさ」
せっかく遊びに出かけているんだ、気を張らずに楽しんでほしい。
「……うん」
少しの間を開けて、愛花は作っていない優しい声色で頷いた。
「じゃあ……楓太の前だけにするね」
今までとは印象の変わる笑顔。
俺はその笑顔に、どうしようもなく見惚れてしまった。
「帰ろっか」
「うん」
もう誰もいなくなっていたシアターから出る。
外はもう暗くなっていて、もうそんなに時間が経っていたのかと驚いた。
本当に。
本当に、あっという間だった。
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