お誘い。
「ところで誰なんだね君は」
父と娘たちの触れ合いもほどほどに、俺たちは峰十郎さんを交えて夕食を取っていた。
そして今更ながら俺は、家主である峰十郎さんに挨拶をした。
「宮下楓太です。えーと、今は訳あって居候させて貰っています」
「そうか」
峰十郎さんはそれだけを聞くと食事に戻った。ポリポリと胡瓜の漬物が小気味良い音を響かせている。
しかし、せっかく峰十郎さんが帰ってきたタイミングで真奈美さんも出張とは運が悪い。どうやら峰十郎さんは携帯機器を所持していないらしく、いつも帰ってくる時は知らせがないようだ。
「こっちは別に心配してないけどよ、母さんはいつ帰ってくるかソワソワしてんだから」
「そうだよ、お母さんショック受けちゃうよ」
「アイツはそれくらいで落ち込むような女々しいやつじゃない」
娘たちからの文句も知らぬといった様子で箸を進めている。皆で作った夕食は峰十郎さんの口にはあっていたようだ。
俺が少し胸をなでおろしていると、峰十郎さんは俺の右腕を見ている事に気付いた。
「それはどうした?」
「これは……」
俺はそこで今の右腕になってしまうまでの経緯をアキラたちと話した。それを聞いた峰十郎さんは俺に一言呟いた。いや、言わなければ気が済まないといった様子で。
「弱いな……」
その言葉に俺は少し息が詰まった。
それはその通りだからだと感じたからだ。実際、俺はあの場で何もできなかった。ただ殴られるだけで、あとは愛花と叶頼りの情けない戦法だったのだ。
「その右腕もおまえが弱かったからの結果だ」
「おい……楓太さんは私達のためにこうなったんだぞ」
アキラが俺を庇ってくれる。峰十郎さんに対して睨みをきかせ、威圧するように。
すると峰十郎さんはそれが何か予想外だったのか、眉が少し上がるが、それもすぐに元に戻った。
「弱いことは罪だ。でなければ何も守れない。ずっと教えてきた事だろう」
「だからこうやって強くなってるだろうが」
「あの腑抜けた蹴りか……」
「あァ!?」
ガタンと大きな音を立ててアキラが立ち上がる。愛花はそれを見て、長女故の気質か、それとも昔からこういう事が良くあったのか、すぐにアキラを宥める。
「落ち着けアキラ。楓太もいるんだぞ」
「でもよ……!」
舌打ちを隠すこともなく響かせ、アキラは二階の自室へ向かってしまった。叶は心配してその後を追い、一階には俺と愛花と峰十郎さんと、気まずい空気だけが残された。
「父さん。私達は父さんが思っているよりも楓太を受け入れているんだ。だからアキラが怒るのもわかる……私も、さっきの発言は見過ごせない、叶だってきっとそうだ」
冷静に、けれど静かな怒りを潜めて愛花はそう言った。
俺の事を庇って、せっかくの家族との団欒だったのに。
「ふむ……」
峰十郎さんが顎に手をやる。何かを少し考えたあと、ちらりと俺の目を見た。
まるで、何かを見定めるかのように。その眼力に押し潰されそうになるが、なにか、目を逸らしてしまったら負けな気がした。
「よし……楓太、と言ったな」
「は、はい」
あぐらをかく峰十郎さんは、自身の膝をパンっと叩き、俺に言葉で送る招待状を渡した。
「今夜は呑みに付き合え。俺と、お前のサシでだ」
「へ?」
どういう意図があるのかは全く読めない。それが本気なのか、冗談なのかもだ。
そしてそれは、承諾を得るとか、俺の意見は求められていなかった。
「腹割って話そうや、なぁ?」
「は、はい……」
これが圧、プレッシャーというものかと震えながら、俺は峰十郎さんとのサシ呑みに付き合う事に決めた。
もちろん俺は、酒は飲まないが。
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