1 秋場所前
金の玉
→四神会する場所
→四神会する場所第二部
→金の玉外伝1 伝説の終焉
→金の玉外伝2 師匠と弟子たち
→四神会する場所 第三部
に続く、相撲小説「金の玉」シリーズ。第七作です。
秋場所初日の八日前の土曜日。
都内港区のホテルで、菱形部屋、荒岩亀之助の大関昇進披露パーティーが、千人を超す関係者を集めて開催された。
このパーティーには、同じ一門の関取衆。一門には関わらず、入院加療中の羽黒蛇を除く、横綱、大関も招待されていた。
このパーティーに集まった人びとの中で、新大関、荒岩以上に注目を集めたのは、パーティーの間、概ね、荒岩の近くに立ち、新大関と時に談笑を交わしていた美少女の姿だった。
ネットで、このパーティーの様子がニュースとしてアップされると
「あの美少女は、いったい誰だ」
ネットで、騒然、と形容したくなるような話題になった。
さほど時間が経つ間もなく、その美少女は、主に首都圏で、営業されているスーパーマーケット、レストラン、ホテルを擁する丸山グループのオーナー社長、丸山春雄の次女、利菜であり、新大関の婚約者らしい、ということも直ぐにアップされたのであった。
利菜が、荒岩の前に、美少年力士、豊後富士と付き合っていたということについては、そのことを知っている者もごく少数であったし、アップされることはなかった。
照富士部屋の力士で、名古屋場所、稽古場に突然現れ、突然、去っていった少女ではないか、ということに気がついた者はいたかもしれない。
が、豊後富士と、その少女との間の愁嘆場を実見していたのは、荒岩だけであったから、
その気がついた者も、あの少女は、荒岩関の関係者ということだったのだな、と納得しただけであった。
その新大関昇進パーティーには、伯耆富士は、横綱として招待されており、出席した。
豊後富士は、一門が違うので招待されてはいなかった。
が、彼も、昇進披露パーティーに関する記事は、ネットで読み、利菜に関する記事も読んだ。
利菜と会っていたとき、荒岩の話題が出たことはないし、大関と利菜は、あのときが初対面だったはずだ。そのことは容易に想像できた。
あのあと二人は、そういう関係になったのか、
豊後富士は驚いた。
豊後富士、新谷照也には、荒岩の気持ちがよく分からなかった。
あの時の様子で、利菜と俺との間にそれなりの関係があったことは、察することができるだろうに。
そういう女の子と、付き合うというだけならともかく、結婚しようと思えるものなのだろうか、
まあ、ひとの好みは、色々だ。考えても仕方のないことを考えるのはやめよう。
ただ男として、利菜が自分とも付き合っていたということ、特に、深い関係もあったということは、決してひとに話したらいけないな。
照也は、そう思った。
それにしても、照也は、思う。
利菜という女の子は、こんなに綺麗な子だったのか。
もともと、自分のストライクゾーンの真ん中に近い、とは思っていた。
であるからこそ、一度ではなく、何回か会った。
だが、記事の写真で見る利菜は、ほぼ真ん中どころではない。ストライクゾーンのど真ん中ではないか。
会っていた頃からさほどの時間が経っているわけではない。
だが、その短期間の間に、利菜は大人っぽくなり、ひとを圧倒するような美が、その身に備わっていた。
この子は、荒岩関のお嫁さんになるのか。
利菜を、あっさりと捨ててしまったことを、豊後富士照也は、深く後悔した。
来る秋場所は、東横綱、羽黒蛇。
新小結の西小結、近江富士が休場。
三役以上で出場する力士は八名。
この場合、三役以上の力士どおしの取組数は、二十八番となるが、玉武蔵と荒岩。伯耆富士と豊後富士。早蕨と曽木の滝は、各々同部屋なので対戦しない。
従って三役以上の力士どおしの総取組数は、二十五。
これを慣例通りに、場所の十五日間に振り分ければ、初日から六日目までは一番ずつ。七日目から十四日目までは二番ずつ。千秋楽は三番となる。
さらに慣例としては、小結力士は、場所の序盤は、連日、横綱、大関、そして三役力士との対戦となる。
が、今場所、近江富士が休場なので、出場する小結は、豊後富士のみ。
豊後富士が対戦することになる三役以上の力士は六名。
慣例をあてはめれば、初日から六日目までは、一番のみの三役以上の力士どおしの対戦は、横綱、大関、関脇対豊後富士戦が続くことになるが、そのとおりにするか。
あるいは、初日から六日目までの間に、横綱、大関対曽木の滝、対緋縅戦も交えるか。協会審判部の取組編成会議の席で軽く議論になった。
これについては、人気力士である豊後富士の、連日の、横綱、大関、関脇戦が、場所の序盤の目玉ということでよいではないか、との審判部長である瀬戸内親方の一言により、豊後富士は、初日から、番付の最上位力士から順番に当たっていくことになった。
初日の主な取組
東 西
神ノ山 ー 緋縅
曽木の滝ー 神天剛
竹ノ花 ー 荒岩
神天勝 ー 若吹雪
早蕨 ー 松ノ花
伯耆富士ー 大乃洋
豊後富士ー 玉武蔵
二日目の主な取組
東 西
曽木の滝ー 神ノ山
神天剛 ー 緋縅
早蕨 ー 豊後富士
神天勝 ー 荒岩
竹ノ花 ー 若吹雪
大乃洋 ー 玉武蔵
伯耆富士ー 松ノ花
利菜は、俊昭さんのお嫁さんになります。
名古屋場所の六日目。愛知県体育館の前で、利菜が荒岩に告げたその日から、
利菜の元に荒岩からメールが届かなかった日はない。
荒岩のメールには、利菜の愛を得たことの嬉しさ。利菜と将来を誓い合ったことの喜び。そして、利菜を楽しい気持ちにさせたい、ということの気遣いに溢れていた。
そのメール攻勢は、利菜を、時に気疲れさせることもあるくらいだった。
だが、自分がこれまでの人生で唯一、本気で好きになった男の子にあっさりと捨てられてしまった利菜にとっては、自分のことが好きでたまらないということをなんら包み隠すことなく素直に表現する荒岩の気持ちは嬉しかった。
そのひとが、いかに善良なひとかということも、付き合い始めた利菜にはよく分かった。
荒岩は、
「利菜さんが高校を卒業したら、直ぐにでも結婚したい。もし利菜さんが大学に行きたいのでしたら、進学して下さい。子供は、利菜さんが大学を卒業してからで構いませんので」
まだ十八歳の利菜と、二十一歳になったばかりの荒岩。
結婚をそんなに早くすることもないのではないかと思う。
でも、自分の夫となる人は、その若さで、かなりの高額所得者ではある。
生活していくことになんの支障もない。
「女子大生で大関夫人」
それもなかなかお洒落かも。
利菜は、そんなことも考えていた。
秋場所初日を明日に控えた土曜日。
その日も、利菜は、荒岩からのメールを受け取った。
そして、その日のメールの受信ボックスにはもうひとり。
相撲取りが職業であったはずの人物からの名前があった。




