2 初日
武庫川部屋から、瀬戸内部屋に移籍となり、慌ただしくその住まいを移したのは、一昨日。
でも初日は、否応なしに始まる。
秋場所初日。
名古屋場所に初土俵を踏み、新序出世を果たした、玉玉田又造。
番付に初めてその四股名が載って最初の取組である。
先場所の初土俵。
前相撲と称されるその取組は、朝早く、観客もほとんどいない中、行われた。
呼び出しも土俵に上がることはない。
やはり入門間もない若いふたりの呼び出しが、向こう正面で東西に別れ、四股名の呼び上げの時のみ、立ち上がるだけである。
その先場所の前相撲、武庫川部屋の四人の新弟子以外、初土俵だったのは二人だけ。
あと、いったん序ノ口になったが、休場のため、再び前相撲を取ることになった力士がひとり。
玉玉田は、初土俵で、この三人の力士と対戦したが、三連敗。ひとつも勝つことは出来なかった。
だが今は、出場さえすれば、出世して、翌場所、序ノ口に四股名は載る。
序ノ口の取組、呼び出しは土俵に上がり、玉玉田の四股名を呼び上げる。
でも開場間もない時間の国技館。観客は館内全体で十人もいるだろうか。
玉玉田は、立ち合い、思い切りぶつかったが、あっさりと押し出された。
入門したとき、玉玉田の体は、174センチ、71キロ。
玉玉田の体は、今、66キロしかない。
武庫川親方は、
「稽古で、体の中の余計な脂肪が取り除かれたのだ。これから太っていくぞ」
と言われていた。
そうなのだろうか。
花道を引き上げる時、玉玉田は、誰かの視線を感じた。
振り向いた。
視線の先にいたのは・・・・・・武庫川親方。そして隣には、おかみさんもいる。
親方は、玉玉田と視線が合うと、静かに微笑みを浮かべて、よしよし、というように頷いた。
おかみさんは・・・・・・泣いているような気がした。
親方は、自分がこれから取ることになる、今場所のあと六番の取組も、見守ってくれる。
玉玉田は、そう思った。
初日の取組結果
勝 負
緋縅 ( 1勝 ) 突き落とし ( 1敗 ) 神ノ山
曽木の滝 ( 1勝 ) 押し出し ( 1敗 ) 神天剛
荒岩 ( 1勝 ) 寄り切り ( 1敗 ) 竹ノ花
若吹雪 ( 1勝 ) 上手投げ ( 1敗 ) 神天勝
早蕨 ( 1勝 ) 押し出し ( 1敗 ) 松ノ花
伯耆富士 ( 1勝 ) 突き出し ( 1敗 ) 大乃洋
玉武蔵 2 ( 1勝 ) 寄り倒し ( 1敗 ) 1 豊後富士
初日の前夜。
利菜が着信した豊後富士からのメールは、
「荒岩関の大関昇進パーティーのニュースで、利菜さんが写っていたので吃驚しました。
荒岩関とお付き合いされているのですね。
荒岩関、とてもよい人です。おふたりのお幸せ、祈っています。」
だった。
付き合っている、と、利菜が思っていた時も、豊後富士から、これだけの長さのメールをもらったことはなかった。
豊後富士が、一体どういう意図があって、このメールを送ってきたのか、利菜には分からなかった。
利菜は、色々と考えた末、この文面に対して、返事をしないのは、かえっておかしいのでは、と判断して
「ありがとうございます。照也さんも、お相撲がんばってください」
とだけ、返信した。
初日の夜、また豊後富士からのメールが届いていた。
荒岩からもメールは、連日届いている。
だが、利菜は、荒岩からのメールの何倍もの時間をかけて、そのメールを読んだ。
「わあ、お返事くれたのですね。嬉しいな。がんばって、との利菜さんのお言葉に勇気をもらって、僕、がんばりました。
でもやっぱり横綱は強いや。
最初に当たった時は、勝ったんですけどね。今は、勝った自分が信じられません。
明日は、大関の早蕨関。やっぱり強敵です。また利菜さんに応援メールもらえたら嬉しいな」
利菜は、さんざん迷った末、このメールには返信しなかった。
でも、自分が豊後富士照也のことばかり考えていることに気付いた。




