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アグストヤラナの生徒たち  作者: Takaue_K
三年目前期
80/150

第25話-1 ルーク、生還す



 ルーク、生還す。



 その一報がアグストヤラナへ届いたとき、アベルたちは久しぶりに穏やかな早めの昼食を終えたところだった。



 本来ならば食事の準備や授業で活気付いている時間だが、この日は数人が剣を交える音だけが校庭に物悲しく響いている。彼らはいつ戦場へ駆り出されるかという不安を打ち消すように、黙ったまま剣を振りつづけていた。



 先に食べ終えたリティアナがベルティナの髪を梳り、レニーとユーリィンが食器を洗う傍らで、アベルが隙あらばつまみ食いしようとしてくるリュリュとダーダをあしらいながら新しい保存食の準備をしている。



 そこへ、コツラザール先生が額の汗を拭き拭き飛び込んできた。


「ああ、いましたねハルトネク隊の皆さん。すぐ保健室へ来てください」


 開口一番そういわれ、アベルたちはお互いに顔を見渡す。



「あの…僕たちですか? レニーだけでなく?」


 コツラザールはこくこくと何度も頷いた。



「ダーダとベルティナ君はここで待っていたほうがいいでしょう。さ、急いで急いで! 時間は有限なのですぞ!」


 急かされたアベルたちは、押っ取り刀で促されるまま保健室に向かった。



「校長が意識を取り戻したとか?」


「そうだと良いんだけど…」


 ガンドルスは今もまだ眠ったままだった。良くも悪くも闊達な彼が目覚めれば、今の学府の沈うつな雰囲気は幾分和らぐだろうに、と誰もが思わないではいられない。



「ああ、やっと来たな」


 保健室の前で出迎えてくれたアルキュスがさっさと室内に入るよう促す。アベルたちが大人しく部屋へ入ると、先日まで空いていた寝台が埋まっていることに気付いた。



「こいつがお前たちに用があるといってな」


 そういってアルキュスが掛け布を捲り、寝ていた人物を露にした。



「ルーク…なのか?」


 普段高慢な目つきは泣きはらしたのか今は厚く腫れており、こちらを一度見たきりすぐに顔を背けてしまう。湿布や包帯のせいで顔が判りにくいせいもあったが、何よりアベルが確信を持てなかったのは、見慣れていた傲慢な雰囲気が今はまったくなりを潜めているせいだった。



「本当は面会謝絶にするところだが、こいつがどうしてもお前らに話しておきたいことがあると言ってな」


 遅れて到着したコツラザール先生が後を引き取った。



「君たちを呼ばなければ治療を受けさせないとごねるものですからね…止むを得ません」


「そういうことでしたか…でも、これは一体…」


 あのルークに何があったのか…アベルは嫌な予感がした。



「ルーク、何かあったのか? ムーガンやファルシネは?」


「…二人は、死んだ」


 顔を背けたまま返した答えにえっ、という声が上がった。



「ファルシネは敵兵を援軍と誤解して。ムーガンは…」


 そこでルークは口をつぐむ。その沈黙に、アベルたちはこれ以上触れることを躊躇わせた。



「その…君だけでも無事でよかったよ」


「無事? 良かっただって?」


 なんと声を掛けていいか迷ったアベルが取り繕って言った言葉に、ルークが血相を変えて振り仰いだ。



「何が良かっただ! ふざけるな…ムーガンは苦しんで苦しんで、苦しみぬいてたった一人冷たい洞窟の中で死んだんだぞ! 確かにムーガンは馬鹿な奴だったが、それでも…! どうしてあいつがあんな目に…ちきしょう!」


 眦を吊り上げ、食って掛かろうとしたルークが咳き込む。



「おい、あんまり興奮するなら薬を使って無理にでも寝てもらうぞ。お前も決して軽症じゃない。疲労と栄養不足だって激しいんだからな。それより、何か伝えるべきことがあったんじゃないのか」


 制止するアルキュスの言葉に不服そうな顔を向けるルークだが、やがて小さく頷いた。



「…ちっ、そうだったな。今は約束を果たしてやる…」


「約束?」


 ようやく咳が収まったルークがかすれる声で吐き捨てる。



「お前らの仲間の魔人から言伝だ」


「ムクロ?!」


「何故ムクロが君に!?」


 驚きの声を上げた仲間たちに、ルークは冷たい一瞥をくれた。



「あいつはディル皇国の尖兵として参加していた。その辺りはお前らの方が詳しいんじゃないのか」


 アベルたちは答えられなかった。ふんとルークは鼻を鳴らしたが、これ以上の言及は一先ず避けることにしたらしい。



「とにかく、そいつに助けられたんだ。転送球を渡されてな」


「そうなのか…僕たちに言いたかったことって、それか?」


 ルークは頭を横に振った。



「…転送球を渡すとき、条件を言われた」


 ルークが軽く咳き込む。アルキュスから渡された水差しを少し口につけると、苦しそうに小さく息を吐いて再び話し出した。



「七日後、お前たちに頼む。助けてくれ…そう伝えてくれと言った」


「僕たちにだって?!」


 一同が驚くのに、ルークは億劫そうに頷いた。



「でも…どうしてアグストヤラナなんだい? 別にうちは国際救助機関って訳じゃないんだが。おまけに生徒を指名ときたもんだ」


 アルキュスが不思議そうに首を傾げる。



「ディル皇国に協力するような酔狂な連中がいないのは確かだろうが、それならそれで傭兵とかを使えば良さそうなもんなのにねぇ…」


 しばらく考え込む。



「身近に使える兵がいない、或いは…知られたくない、といったところでしょうかな」


 ようやく発されたコツラザールの言葉に、アルキュスもなるほどねと同意した。



「わざわざ敵兵、しかも学府の生徒を仲介役にしている時点でその可能性は高そうだねぇ。背に腹は代えられぬってところか」


「ですが、そうなると…」


 コツラザールが顔を曇らせる。



「恐らく、かなり危険な任務になりそうですね」


 ルークが頭を縦に振った。



「この戦争を終わらせられる人物を助けたい、そう言っていた」


 ルークの言葉にアベルたちはどよめいた。



「本当に終わらせられるのか?」


「…さあな。俺は単にあいつの言葉を伝えただけだ。もしかしたら罠なんじゃないか。薄汚い魔人のことだ、それくらいはするだろうさ」


「ムクロに助けてもらったくせに、何でそんなことを言うのさ!」


 いきり立つリュリュに、ルークは憎々しげな視線を向けた。



「ふん。俺は魔人族を信用しない。あいつは俺を利用するために助けたんだ…それで手放しで信じろとでも?」


 喋っているうち自分の言葉に興奮したルークは目じりに涙を浮かべ、アベルたちに筋違いな怒りをぶちまける。



「そもそも助けるなら何故もっと早く助けてくれなかった! そうすればムーガンだって、いやもしかしたらファルシネだって…」


 唇を噛み締め、拳を震わせるルークを見かねたアルキュスが、ぱんぱんと手を叩きながら立ち上がった。



「はいはい、今日のところはここまで。こいつはこれ以上は駄目だから、どうするか、まずはあんたらで決めて頂戴。デッガニヒとも相談はするけど、まずはあんたらの意見を尊重するよ。それによってあたしらも対応を考えないとならないからね。さ、ぐずぐずしないで出てった出てった」



 こうして言い返す暇も与えられず、アベルたちは保健室を追い出されてしまった。



「それにしても…なんだかなぁ、あのルークの態度。まるで何もかもああなったのがムクロのせいみたいじゃない」


 自分たちの教室に戻ったところでリュリュが面白く無さそうに言うのに、レニーも頷いた。



「そうですわね。聞いたところムクロが助けてくれたのは間違いないようですのに、何であんな態度とれるのか疑問ですわ」


「…あたしは、ちょっとわかる気がする、かも」


 アベルより先に、リティアナが返事した。彼女の表情は変わらず、何を考えているか読めない。それ故、リュリュはかちんときたようだ。



「何でさ?」


「色々ありすぎたせいなのよ…きっと」


「いや、意味が判りませんわ」


 レニーにもそう言われ、やむなくリティアナは口ごもりながら自分の推測を説明する。



「突然死ぬかも知れない恐怖、恃みとしていた仲間の別れ、そして嫌っていた相手が自分を助けてくれた…いっぺんに色々ありすぎて、自分の気持ちの整理が追いついていないのよ」


 アベルも納得し頷く。


「なるほどね。そういうことならわかる気がする…僕も似たようなことがあったからさ」



「というと…リティアナのときの?」


 ユーリィンの疑問に、アベルは頷いた。


「僕のときは校長を敵と認識していたし、リティアナの消息が不明だったから先へ進むことができたんだ。でもルークは……そのどちらもできない」


 しんと静まり返った。



「殺した相手ははっきりしているし、憎みやすい相手のはずのムクロが自分の命を救ってくれた。その何もかもをありのままに割り切って受け入れるのは、今はまだ難しいだろうね」


 リュリュも納得したようだ。



「そっかぁ…でもまあ、確かにぶつけどころの無い気持ちってのはあるのかもなぁ」


 その言葉に、アベルも同意する。


「うん。…僕はあいつのことを好きじゃないけれど、それでも衝撃的だったよ。あんなに打ちひしがれてるのを見る日がくるなんて、思いもしなかった」



 だがユーリィンはアベルやリティアナほど感傷的にはなれない様だ。


「アベルたちには悪いけど、あたしとしてはざまぁみろという気持ちのほうが強いけどね」


「えっ?」



 驚くアベルに、ユーリィンは肩をすくめて見せた。


「誤解の無いように言っておくけれど、あたしは別に『ルークが死んでいれば良かった』とまでは思ってないわ。ただ、あたしは彼が自分で前線に立つことを望んだってことを忘れてないだけよ」


 レニーが真っ先に同意する。



「確かに…前線に立つってのは殺される危険性を伴うことですもの。命を救ってくれたムクロに感謝こそすれ、ああまで感情をむき出しにしてぶつけるのは筋違いってものですわね」


「…うん、だね。今だから言うけど、そういう心構えができていなかったようには見えなかった。感傷的に見ちゃうのって、アベルとリティアナが同じ人族だからってこともあるんじゃないかな…」


 リュリュの言葉に、アベルはちょっとむっとした。



「はぁ? それは僕たちが人間だからってことか!?」


 思わず目を剥いて反論しようとしたアベルを、リティアナが制した。



「待って、アベル。感情的になっちゃ駄目よ。私たちはお互いに間違ったことを言ってるわけじゃなく、ただ見てきたものや積み重ねて考えてきたことが今回たまたますれ違ってるだけなの 」


「でも!」


 つづけようとするアベルを手で制し、リティアナが三人へ振り向く。その表情はどことなく寂しげだった。



「ねえ、三人とも。確かに、私もアベルも、感傷的になっている部分があるのは認めるわ。けれど、それは…私たちの場合、過去と重ね合わせてることの方が大きいのよ」


 その言葉に、リュリュがはっと息を呑んだ。



「だから、あそこで寝ていたのが仮にルークじゃなくあなたたちやクゥレルたちだったとしても、わたし、そしてアベルはきっと同じように心配したと思うわ。親しい人がいなくなるのは……どんな人にとっても、辛いことだもの」


 リティアナの言葉にアベルは黙って頷く。



 二人の浮かぬ顔を見て、自らの過ちを悟ったリュリュが真っ先に謝った。


「そうだね…ちょっと口が過ぎたよ、ごめん」


「私も、謝罪いたします。逆の立場なら、同じことを感じたかも知れませんもの。無神経でしたわ」


「…うん。確かに、アベルならきっと同じように言ったかもね。あたしも言い過ぎたわ」



  しんみりした空気の中、リティアナがぱんと手を鳴らした。


「暗い話はここまでにしましょう。私たちには、他にも考えないとならないことがあるわ」



 即、アベルが返す。


「ムクロが助けを求めてるんだろ? なら答えは決まってるじゃないか」


 当たり前といわんばかりのアベルに、リティアナも苦笑した。



「そうね。でも、一応皆にも確認する必要はあるでしょう? みんなはどう?」


 アベルを除いた仲間たちも、じっとリティアナを見る。何れも覚悟が出来ている顔だ。代表してレニーが返答する。



「今の話の流れで行く気が無い、なんて答える人がいると思ってるのでしたらいい性格ですわよ、リティアナ?」


 その回答に、リティアナもにやりと口角を釣り上げた。



「ふふ、だと思ったわ。もちろん、わたしも行くわ。アベルも反対しないわよね」


 色んな理由で、もちろんアベルにも反対する由はなかった。


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