第24話-3 不穏
「うぅむ…」
報告を聞き終えたデッガニヒはそう答えて腕組みをしたまま考え込んだ。
普段の薄汚い胴衣と脚衣ではなく、今のデッガニヒは髭も綺麗にそぎ落としてこざっぱりとした白い騎士服を身に纏っている。肩章は削ぎ取られていて判別できないがよく似合っており、こうして見るとどこかしら気品らしきものも感じられるから不思議なものだ。
「一つ、確認したいことがある」
よく通る声で、デッガニヒはゆっくり尋ねた。
「その死体の中に、化獣はおったかの? あるいは戦闘中、襲撃中でもいい」
「化獣? それはもちろん…」
答えかけたアベルはあんぐりと口を開いたまま固まった。
言われて見れば、まったく見かけた記憶が無い。他の仲間たちを振り返ってみるが、彼女たちの顔はアベルと同じ結論に達した様子がありありと浮かんでいた。
「いなかった、ように思います。少なくとも、僕たちが視認できるところでは見かけませんでした」
仲間たちも同意したのを見て、デッガニヒはしばらく黙考した。
「……判った。ひとまず下がってよろしい。次の任務までしっかり身を休めるんじゃぞ」
無論、アベルたちは言われるまでもなくそうするつもりだった。それほど今回の任務は精神の磨耗を強いたのだ。
彼らがふらふらと部屋を出ていったのを確認したところで、それまで黙って聞いていたアルキュス、メロサーに視線を向けた。
「先生方、どう思われますかな?」
メロサーは何度も項垂れた首を振りながら答えた。
「我輩ーぃ、ディル皇国が何を考えているかーぁ、まったーくわかりませーん」
「確かにねぇ」
アルキュスも同意する。
「他班も同じような報告してきてるけれど、聞けば聞くほど連中が何がしたいのか判らなくなるよ」
「だからこーそ、不気味でーす」
すべてはそのメロサーの言葉に帰結していた。デッガニヒはこめかみを抑えて吐き出すように言った。
「今回の目撃情報は即刻ディル周辺の侵攻を食い止めている各国へ連絡すべきじゃろう。兵の士気が落ちるのが目に見えるようじゃが…」
「かといって放置するわけにもいかないだろう?」
「もちろん。確かに動揺は怖いが、かといって何の情報も無く会戦しようもんなら、そうでないときより大きい影響が出るのは目に見えておる。理屈の通らん相手と相対することほど恐ろしいことは無いからのぅ」
デッガニヒはそういうと顔をしかめた。 仮に自分が兵を率いる立場だった場合のことを考えると、頭が痛い所の話ではすまない。
「ひとまず、ディル皇国が何を考えているかは置いておくとしよう。今は情報が少なすぎるのでな」
メロサー、アルキュス両人も異論は無かった。
「わしとしては今回の調査で二つ、気にかかったことがある。ディル皇国の兵の動き、そして化獣がおらんことじゃ」
メロサーが同意する。
「そうですーね。今までーは、化獣を前面に押し出しーて、その戦力を傘にきて攻め込んでいましたーが…」
「うむ、少し前まではそうじゃったな。それが小国であったディル皇国を、侮りがたい侵略者という意識に塗り替える要素だったはずじゃが…」
デッガニヒは大きくため息を吐いた。
「どうやら宗旨替えしたようじゃ。だが、それについては納得できる。普通の化獣は飼いならせるような生易しい存在ではない。事実、化獣の犠牲になったディル皇国兵の残骸は一年前の戦争時には無数に見つかっておる。兵力の低下を考えるなら、継続して使うのは愚かしいことじゃからな。問題はもう一つの、ディル皇国兵の戦い方じゃ。それがどうにも腑に落ちん」
デッガニヒたちが自分の目で見たわけではないため、いかにも眉唾な話である。だが、アベルたちが嘘を報告するような人間ではないことは重々承知しているし、何より彼らが虚偽の報告をする意味も無い。であれば、真実だと考えた方が納得はできる。
だが、納得は出来ても、理解ができない。
過去フューリラウド大陸において様々な戦があった。化獣を尖兵として使うものは無くても、野の獣や蓄獣を使う策もあった。
しかし、兵が武器も振るわずただ突進してくるような兵法はこれまでに見たことも聞いたことも無い。何の目的があってそうさせるのか、敵の狙いがまったく読めないのが不気味であった。
「何故、兵たちが自殺と変わらんそのような戦い方に従うのか…理解できん。これでは狂人じゃ」
「それに、化獣が表にまったく出てきていないというのも不気味だね」
アルキュスも、お手上げとばかりに頭を振る。
何も判らないことに対する苛立ちを堪えながら、デッガニヒは窓外に目を向けた。
「一体、何が起こっておるというんじゃ…」
間違いなく、今後の戦いは苦しいものになる――そんな確信が三人にはあった。
灰色の空にはいつしかどんよりとした雲が低く垂れ込めている。
程なくして、雨が窓を叩き出した。




