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アグストヤラナの生徒たち  作者: Takaue_K
二年目
34/150

第8話-2 問題児登場



 結局、言葉数がめっきり減り、不機嫌になっていったリティアナに促されるまで、アベルは仲間の手伝いに忙殺されていた。



「悪かったってば」


 無言のまま先を歩くリティアナに無理やり連れ出されたアベルは頭を掻き掻きついていく。恐らく肉はとっくに冷えているに違いあるまい。冷えていてもそんなに味が変わる料理ではないのが幸いだ。



「参ったなぁ…」


 確かに、レニーやパオリンたちに手伝いを頼まれて、結果約束を守れなかったことは悪いとは思っている。けれど、それでも仕方ないことだと理解してくれるだろうと考えていたアベルの戸惑いは大きい。



「そんなに急がないでも、もう少しゆっくりでも大丈夫だよ。肉は逃げないんだから」


 大股で追いかけながら、慰めのつもりでそう声を掛ける。リティアナは一度じろりとこちらを見たが、足を止めるどころか更に早足になった。


「待ってってば、リティアナ」



 そう呼びかけた直後、大食堂の入り口に差し掛かったリティアナの足がぴたりと止まった。


「リティアナ?」


「あ、あ、あ…」


 珍しく、声が震えている。彼女の視線は一点を向いたままだ。



「どうかした?」


 ようやく追いついたアベルが彼女の横から覗き込む。


「あっ」


 思わずアベルも驚きの声をあげてしまった。



 二人の視線の先。


 料理が置かれている食卓の前に大きな図体の男がいる。


 そいつは朴葉を片手で無造作に毟り取り、たっぷり垂れをまぶした肉の塊にばくんばくんと大口で齧り付いているところだった。その肉はアベルが料理して、リティアナが心底楽しみにしていた件の品である。



「な…何してんだよお前! というか誰だ!」


 ようやく事態を飲み込めたアベルが誰何の声をあげたのは、男が最後の一口を食べたところだった。



「ん?」


 振り返った男はようやく今二人に気付いたようだ。がにまたでのしのし歩み寄ってくると、アベルたちを見下ろした。



「なんだお前ら」


 改めて近くで見るととにかくでかい。


 背丈は大の大人をゆうに頭二つ分は越えている。体格もがっちりとした筋肉質で、ガンドルス校長に引けを取らないだろう。



「なんだじゃないわよ。あなた今、何を食べたか判ってるの」


 静かにリティアナが問いかける。大きな声ではないものの、一見穏やかな声音が逆に激しい怒りを感じさせる。



「何って、肉だろ」


 だが、男はまったく意に介した素振りも無い。


「ええそうよ、肉よ。新入生のために用意した、ね」


 リティアナは背をまっすぐ伸ばし――自分のことを脇において――ぴしゃりと嗜めたが、男は首を捻った。



「…なら問題ないだろ。俺は新入生だ」


「ええっ?!」


 アベルは驚いた。



「何驚いてやがる。どっからどう見ても新入生だろうが、あ? んで、これって新入生歓迎会用の飯だろ? だったら俺が食っても問題ねぇよな」


 男はぐいと首を伸ばしてアベルをねめつける。


 よくよく見ると、彼の左右のこめかみの上から牛のように湾曲した角が生えているのが見えた。今まで見たことの無い種族のようだ。



「問題あるに決まってるでしょう? その肉は、『新入生』用であって、あなただけの分じゃないのよ。あなた一人で全部食べて良い訳じゃないわ」


 リティアナにきっぱりそう言われた男は目を丸くした。



「…ああ、そういうことか」


 そのまま視線を手元に落とすが、そこには垂れをほんのわずかに絡ませた骨しか残っていない。



「本当は半分くらい残すつもりだったんだが、思った以上に美味かったから全部食っちまった。一足先に船から飛んできたせいで腹減ってたからつい全部食っちまったようだ。確かに悪いことしちまったな、すまん」


 そういって背中にどことなく飛鼠を髣髴とさせる、畳んであった皮膜の翼を広げてみせた。



「う、うん。判ってもらえれば…」


 素直に謝ったところを見ると、意外と悪い奴じゃないのかもしれない。アベルがそんな風に考えた傍で、リティアナが尚も言い募る。



「すまんじゃないわ。私が作ったんじゃ…」


 作ったんじゃないけど、そう言い掛けたリティアナの声を男がうぉおおと大音声で遮った。


「なんと?!」



「うわ、何だよ今度は一体…」


 あまりに大きな声に、アベルは一瞬大聖堂がびりびり震えたような気すらしていた。どこか壊れたんじゃないか…そう思って視線を巡らすものの、幸い壊れたところは無いようだ。



 ほっとしながら振り返ったアベルの目に飛び込んだのは。


「な、な、何してんだお前!」


 感極まってリティアナに抱きついている男の姿だった。



 リティアナも突然のことにあんぐり口を開いたまま固まっている。唯一、男だけが嬉しそうに喋っていた。


「気に入った! お前、俺の嫁になれ!」


「はぁあ?!」


 驚くばかりのアベルと違い、リティアナが我に返るのは早かった。



「いい加減に…」


 わずかに身をひねりながら腰を落とし、男の羽交い絞めからわずかな隙間を作ったかと思うと。


「しろっ!」


 膝のばねを生かし、素早く拳を打ち上げる。腕の僅かな隙間をほぼ垂直にすり抜けた拳は、願い違わず男の顎下に突き刺さった。



「ぐわっ」


 予想外の攻撃に男は抱擁を解いてたたらを踏む。だが、すぐに持ち直すと痛みに顎を押さえながらもにやりと笑った。



「いいねぇ、実にいい。あそこで拳を打ち込んでくるとは思いもしなかった。いいよお前。気に入ったぜ!」


「お前じゃないわ。私にはリティアナという名前がある。もっと言えばあなたの先輩よ。気安く関わらないで」



 男に冷たい一瞥をくれながら、リティアナは硬い声できっぱり告げる。だが、男は堪えるどころかまったく意にも介していない。


「おう、判ったぜ先輩。俺はグリューネル=ワイジェスレンダー。グリューと呼ばれることが多いな」


「ああ、そう」


 表情を崩さないリティアナに、グリューはにやっと笑みを返した。



「やっぱいいぜ、先輩。飯はうめえし、度胸もあるし腕も立つ。…惚れたぜ」


「あら、そう。私はあなたに興味なんて無いわ。食べ終わったならここから出て行って、他の新入生たちが来るのを待ったらどう?」



 冷たく言い放つリティアナだが、急な運動をしたせいか、或いは思いがけないあけすけな告白に心なしか頬が赤らんでいるようだった。



「わっはっは、まあまだ会ったばかりだからこれから幾らでも俺に惚れる時間はある。これからもよろしくな、先輩!」



 そう言って大人しくグリューは大食堂を後にした。


 その間、様々なことがありすぎて頭が真っ白になっているアベルはまったく言葉が出せなかった。


グリューネル:竜人族の筋肉質な男子生徒。アベルどころかムクロより二周りほどでかいが、彼らより年下である。


竜人族とは頑健・屈強な戦士が多く、また一方で熱にも強いという特性を生かした鍛冶などを好む傾向があり、ニアフロスを祭神とする。生来気むずかしやが多く、繁殖力も低いため高山に集落を作っていることが多い。

 しかし、一端打ち解けるとかなり情に篤いところを見せてくれる。

 外見は二足歩行する小型ドラゴンが多いが、それは同属婚が多いため。遺伝的に他種族の影響を受けやすく、他種族との子供はそれに応じた顔つきに変わり、表皮の鱗もかなりまばらになる。

 グリューネルもまた天人族の親を持つハーフなため、他種族を妻帯することに忌避感を持っていない。

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