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兄貴と出会った日

 財布に残った諭吉は8人。

 次に金が振り込まれるまで28日。

 雑な計算で、使える金は一日に2500円。


 一人なら余裕というか、みさきと二人でも食事だけなら余裕なのだが、これからは食費以外にも金がかかる。例えば風呂代、それから洗濯代……くそ、布団を買ったのは早計だったか。


 そんなわけで、金について考える。

 月に10回も働けば、生活保護と合わせて年に300万は手に入る。先のことを考えても、それだけあれば十分だろう。つまり、後先考えた買い物をすれば金の心配は無いってことだ。

 しかし……。 


 こっそりみさきの顔を見る。きょとんと首を傾けた。


 俺は立派な親になると決めたのだ。

 一般常識とか知ったことじゃないが、少なくとも父親がフリーターというのは、子供にとって良いことでは無いだろう。と頭では理解出来ても、実際に仕事を探すと夢も希望も無いわけで……。


 ふむふむ、バイトから正社員になる制度か……うぇ、時給900円かよ。こんなの誰が応募するんだよ。


 朝から読んでいた求人情報が書かれた本タウンワークを投げ捨てて、俺は体を倒した。

 いつもの硬い床では無く、もふっとした枕に受け止められ、大きな欠伸をする。


 そのまま天井をぼんやり見ていると、頭の上で何かが動く気配がした。何かって、みさき以外にいねぇんだけどな。


「どした、その本が気になるのか?」

「……ん」

「ガキが読むような本じゃねぇぞ。つうか、みさきは文字読めんのか?」

「……ひらがな、だけ」


 新事実。

 俺のみさきは平仮名が読める!


「本とか好きなのか?」

「……ももたろ、すき」

「しゃあ待ってろ! 今すぐ買ってきてやる!」




 吾輩は本屋に居る。名前は天童龍誠。

 ふぅ、なかなか見つからなくて苦労したぜ。

 本屋とか生まれて初めて入るが、本棚がいっぱいあるし、多分ここで間違いないだろう。

 しかし銭湯の時にも思ったが、最近は本屋も進化してるんだな。本以外にも漫画のキャラみたいな玩具とか、カードゲームとか、いろいろ売ってやがる。入り口も『animate』とかいう青いオシャレな感じの看板だったし……ここまで工夫しなきゃ生き残れねぇんだな、最近の本屋って。


 まぁ、それはさておき……桃太郎、どこだ?

 モモキュンソードとかいう漫画があったが、明らかに子供向けじゃねぇっつうか、ぱっと立ち読みした感じ男性向けっつうか、なんかパチンコで見たことあるような気がするっつうか……これが一番桃太郎に近いってどういうことだよ!? そもそも子供向けの絵本コーナーがねぇじゃねぇか!


 店員か? 店員に聞けばいいのか?


「おいアンタ、見かけねぇ顔だな」


 また声かけられたぞ。ぱっと見た感じ私服のおっさんだが、店員か?


「何か用かよ」

「そういうわけじゃねぇんだが、珍しくてよ。さっきから見てたが、何を探してやがるんだ?」

「桃太郎だよ」

「……くっ、ははははは」


 なんだ、こいつ。何笑ってやがるケンカ売ってんのか?


「わりぃわりぃ、そう殺気立つな。いやなに、あんまり面白かったんで、ついな」


 やっぱケンカ売ってんだな? そうなんだな?


「ここに桃太郎なんて売ってねぇよ」

「……バカ言うんじゃねぇよ。こんなに本があるじゃねぇか」

「本は本でもここにあるのはオタクおれたち栄養さんそだ」


 なに言ってんだこいつ、頭おかしいんじゃねぇのか?


「ところで、テメェどうして平日の昼間っから桃太郎なんて探してやがんだ? 仕事は?」

「テメェこそ、平日の昼間っから何してんだよ」

「自営業を営んでいてな、8時までは暇なんだよ」


 夜の店ってヤツか。なんだかキナ臭いオッサンだぜ。


「まぁ、俺もそんなところだ」

「ほぅ、なんて店なんだい?」

「わりぃな、見栄を張った。実は無職だ」

「くっ、ははははは。こいつはいい。アンタ、最高だ」


 俺は知っている。

 嘘を重ねた先には、絶望だけが待っていると。


「なぁアンタ、もし働く気があるならウチに来ねぇか?」

「あぁ? 誰が夜の仕事なんてするかよ」

「なぁに、ただの定食屋だよ」

「居酒屋の間違いだろ。俺は煙草にも近付かねぇと誓ったんだ」

「ほぅ、なら安心しな。うちは全席禁煙だ」


 ……それは、悪くないかもな。いやしかし……。


「なんなら、桃太郎が売ってる店まで連れてってやるぞ?」

「詳しく話を聞こうじゃねぇか」




 果たして、俺は桃太郎を含む数冊の絵本とオッサンに勧められた少女漫画、それから漢字ドリルとノート、筆記用具、辞書を持って帰宅した。


「みさき喜べ、いろいろ買ってきてやったぞ」


 部屋の隅で枕を抱えて虚空を見つめていたみさきは、俺が手に持った本を見ると目を輝かせた。

 ふっ、あの顔を見られるだけで、買ってきたかいがあったってもんだぜ。


「……よめない」

「漢字ドリルって書いてあるんだよ。これで漢字の勉強をしやがれ」

「……べんきょう?」

「なんだ、知らねぇのか?」


 こくり。


「マジかよ。ええっとだな、知らねぇことを新しく覚える。この場合なら、みさきが漢字を覚えることを勉強って言うんだよ」

「……いま、べんきょうした?」

「ああ、そうだな。勉強って言葉を勉強したな」

「……ん」


 おお、なんだか嬉しそうだぞ?

 よっしゃ見てろ、やる気を出させるのは得意分野だぜ。


「みさき、俺思うんだよ。漢字読める人って、かっこいいなって……」

「……かっこいい?」

「ああ、超かっこいい」

「……ぎゅって、したくなる?」

「ああ、ぎゅってしたくなる」

「……ん」


 勢いで返事したが、どういう意味だ?

 まぁ、やる気は出たみたいだから、いっか。




 この日、みさきが勉強を始めた。

 ノートの使い方も知らないみさきだったが、教えると直ぐに覚えた。

 熱心な姿でノートに書き込みをするみさきを見ながら、俺はまた、昔のことを思い出した。

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