SS:みさきと発声練習
「発声練習だ!」
「……はっせい?」
少し前、みさきの語彙力が異常な事が発覚した。
この5歳児、おそらく幼女らしからぬ語彙力を有している。なのに、なぜ口数が少ないのか。
それはきっと、喋る事になれていないからだ!
これは問題だ。
こいつは重大な問題だ。
コミュ力が重視される世の中を生き残っていくためには、
……私、シャイなんです。
とか!
……人と話すのは、苦手で……
とか!
こんなの通用しねぇ!
それに世の中言ったもん勝ち!
声を出したもん勝ちなんだ!
「というわけで、やるぞみさき! さぁ、立ち上がるんだ!」
「……ん」
俺の熱意が伝わったのか、みさきはキリっと表情を引き締めて立ち上がった。
「よし、外に出よう!」
「……ん」
ピシっと頷いたみさきと一緒に外へ出て、気持ちの良い空気を吸い込む。
「今から俺が言うことに続いて声を出すんだ。いいな?」
「……ん」
……よし、行くぞ。
「あめんぼ赤いなあいうえお!」
「あめんぼ、あかい? あいうえお」
……やはり、思った通りだ。
「……みさき、おまえの弱点は助詞だ」
「おんなのこ?」
「女子じゃねぇ、助詞だ。に、とか、と、とか……今でいうと、な、が言えてなかった」
因みに赤いなの「な」は終助詞に当たるはずだ。
「……んん?」
「ゆっくり言おうか。あーめーんーぼ」
「あーめーんーぼ?」
「そうそう。次、あーかーいーな」
「あーかーいーな」
「あいうえお」
「あいうえお?」
「そーそー、よくできた。偉いぞみさき」
「……ん」
よしよし、嬉しそうだ。
やっぱり出来なかったことが出来るようになるのは嬉しいよな!
「じゃあ続き行くぞ!」
「……ん」
やる気も十分!
「……」
あれ、次なんだっけ?
確か、う、なんちゃらだったよな?
……やべぇ、思い出せねぇ。
くそっ! 急げ俺! みさきがキラキラした目で待ってるだろうが!
思い出せ! 思い出すんだ!
「う……」
「う?」
こうなったら……作るしかない!
「麗らかな声で、そいつは言ったよあいうえお!」
「うらぁか、こえ、いったよ?」
「もう一回! 麗らかな、はい!」
「うらぁかなっ」
く、まだラ行が難しいようだな。
まぁいい、次だ。
「声で、はい!」
「こえで」
「そいつは言ったよ、はい!」
「そいつは、いったよ?」
「あいうえお!」
「あいうえおっ」
「よーしよし、偉いぞみさき」
「……ん」
「返して! かきくけこ」
「かえして、かきくけこ?」
「きつつき、こつこつ、枯れケヤキ、はい!」
「きつつき、こつこつ、かれけやき?」
「些細な、ことだけれど、さしすせそ!」
「ささいな、ことだけぇど、さしすせそ?」
「やるなみさき! ちゃんと言えたじゃねぇか!」
またラ行がダメだったが、とりあえず褒めとく。褒めて伸ばす!
「……ん」
なんたって、褒めると嬉しそうな顔するからな。よし、続きだ。
「それは、とても大事な、物なの!」
「それは、とてもだいじな、ものなの?」
「よーしよし、どんどん行くぞ!」
「……んっ」
「確かに、彼女はそう言った」
「たしかにっ、かのじょは、そーいった?」
「とてとて、たったと、飛び立った!」
「とてとて、たったた、とびたった?」
タ行も難しかったか。
やっぱり、発声練習は正解みたいだな。
よし、これから毎日続けよう!
そしたら、みさきは喋るのが得意になって、どんどん声をかけてくれるようになるかもしれない。いやいや! 俺の為じゃなくて、みさきの為だ!
「しゃあ、気合い入れて続けるぞ!」
「ん!」
「なんで、どうして!? なにぬねの!」
「なんで、どうして、なにぬねの」
「なんとか言ってよ!」
「なんとかいってよ?」
「鳩ぽっぽほろほろはひふへほ!」
「はとぽっぽ、ほろほろ、はひふへほ?」
「日向はお部屋に火を放つ!」
「ひなたは、おへやに、ひをはなつ?」
こうして、俺とみさきの日課がひとつ増えたのだった。




