SS:みさきとトイレ
そだてるストーリでSSです。
でもショートストーリかもしれないし、サイドストーリかもしれません。
困ったらSSです。
ちょっとした子育てエピソード的な位置付けです。
ある日の深夜、何者かが俺の身体を揺らしていた。
何者って、みさき以外に居ない。
重たい瞼をパチパチしながら目を開いて、みさきを見る。
みさきは、それが何かの合図であるかのように、両手を太腿で挟んでそわそわした。
「分かった、行こう」
「……ん」
こくり。
俺は軽く背伸びをしてから、部屋を出た。
街灯がぽつりぽつりと示す道を俺達は並んで歩いた。
焦っているからか、みさきは少し駆け足気味だ。
年齢の割に表情の乏しいみさきだが、この時ばかりは必死な顔を見せる。
……がんばれ、みさき。
果たして今日も夜の公園に辿り着いた。
何をしにって、目的は公衆トイレだ。
俺はみさきを追いかけて、迷わず女子トイレに入り、みさきと一緒に個室に入った。
個室。
みさきから目を逸らすようにして天井を見上げ、ふと初めてトイレに付き添った時を思い出す。
あの時、俺はトイレの前で待とうとしていた。
そんな俺を引っ張るみさき。
「どうした、一人で出来ないのか?」
首を振るみさき。
「なら、早く行ってこい」
首を振って、俺のズボンを引っ張るみさき。
「なんだ、何が言いたい?」
んーと言って、口を一の字にするみさき。
そっと俯いて、もじもじと恥ずかしそうな表情をするみさき。
「……こわい」
今だから言えるが、強烈なストレートだったぜ。
それからトイレに行く時は、必ず個室までついていくようにしている。
まぁ深夜だし。
人なんて来ないし。
問題は無いだろう。
さておき、何歳くらいから一人で出来るようになるのだろうか。
無いとは思うが、中学生になっても一人じゃ無理だったら少し困ってしまう。
……まぁ、まだ先の話か。
と、その時、一際大きな水の音が聞こえた。
「よし、終わったか」
「……ん」
やり遂げた表情のみさき。
俺は千切ったトイレットペーパーを持って個室を出て、みさきに手を洗わせる。
公衆トイレに設置されたドロドロのハンドソープに殺菌効果があるのかは怪しい所だが、まぁ教育という面から見れば、トイレの後に必ず手を洗わせるのは、わりと重要なことだろう。
ついでに俺も手を洗っておく。
水は冷たくて妙に心地良い。
手を洗い終わり、トイレットペーパーで水気を取った後「ふぅ」と息が出た。
その直後、ゴト、という物音がした。
ビクリとしたみさきが慌てて首を振り、俺の足にくっつく。
俺は俺とて物音の原因を探して――直ぐに見つかった。
「……あ、わわ、わわわわ、わわわわわ」
誰かと思ったらこひ、こひ……お隣に住んでるエロ漫画家さんだ。
「こんばんは」
とりあえず挨拶をしてみたが、聞こえていない様子。
エロ漫画家さんは眼鏡の奥に見える目を白黒させて、忙しなく口を動かした。
「し、深夜に女性用の公衆トイレに男性が居て、何かをやり遂げたような顔で『……ふぅ』って、そんな、そこから想像できることなんてアヘっ、い、いや、ぁぁぁぁ――――」
「あ、おいっ」
訳の分からない事を口走ったエロ漫画家さんは、急に脱力したかと思うと、ゆっくりと床に倒れた。
「おいバカ、みさきの教育に悪いだろうが、トイレで寝るな……って、なんで気絶してるんだ?」
エロ漫画家さんを抱き起した状態で唖然とする俺。
手を洗い終えたみさきが、とことこ歩いて、エロ漫画家さんの頬をぷにっと突いた。
そして、少し俯いて首を横に振った。
何が表現したかったのだろう?
疑問に思いながらも、とりあえずエロ漫画家さんを部屋まで運ぶことにした。
お隣さんだしな。
予想通り鍵は開いていたので、部屋の中に寝かせてから帰宅した。
スッキリしたみさきは、緩慢な動きで布団に入り込む。
寝息が聞こえ始めるまでに、十秒とかからなかった。
余談。
皆さんはおしっこが出る仕組みをご存知でしょうか?
なんて、失言でしたね。
そうです。
副交感神経が刺激された時に、おしっこが出るのです。
つまり、安心した時とか、怖い事があった後ですね。
ええと、よくテレビや漫画でメッチャ怖くてちびった! みたいなのありますよね? あれ、ウソです。実際には、メッチャ怖いと交感神経が刺激されまくるので、その状況で出ることはありえません。交感神経君と副交感神経君は仲が悪いので、片方が働いている時は、片方はおとなしくなるのです。なので、出ちゃうとしたら、怖い事があって、それが一段落した直後です。
さて、どうしてこんな話をしたかというと……。
あ、痛い、やめて小日向さん、叩かないで痛いっ。




