お祈りされた日
「えー、最終学歴は中学校、職歴は空白ですが……この8年間は何をなさっていたので?」
「君ね、ずっとバイトしてればいいんじゃないかな?」
「弊社には合わないとお考えになりませんでしたか?」
「あなた、ホストとか向いてるんじゃない?」
「あのね、近所に工場あったでしょ? 君、あそこなら働けるんじゃない?」
「えぇぇ、パソコンを扱える人を募集しておりまして……」
「なぜ何社も面接を受けることになるのか、一度考え直してみては如何ですか?」
「君さ、根性がどうとか、社会舐めすぎなんじゃない?」
「では面接を終了します。後日結果を郵送しますので、ご確認ください」
この度は弊社面接をお受けいただき――
慎重に検討しましたが、今回はご希望にそえない結果と――
今後の益々のご活躍をお祈り申し上げます――
……
…………
………………
おかしい、日本は宗教が盛んな国じゃなかったはずだ。
なのにどうしてどいつもこいつもお祈りしやがるんだ?
神か、俺は神なのか?
「みさき、どうやら俺は神だったらしい」
「……ん?」
漢字ドリル(4年生)から顔を上げたみさき。
今日は日曜日、精神的に疲れ切った俺は自宅でゴロゴロする事にした。
やっぱ、いきなり就職ってのは無謀だったか? 短期の次は長期ってのが無難なんだろうが、それじゃ今と同じアルバイターだ。どっかの面接官が言っていたように工場でなら働き口もあるだろうが……それは無理だ。
みさきはスゲェ勢いで新しい事を覚えて、使ってる漢字ドリルは何時の間にか高学年向けの物。みさきがせっせと勉強している間、俺は面接で叩きのめされただけ……。
「……はぁ、どうしたもんかねぇ」
「どうする?」
ほんと、どうすりゃいいんだろうな。
こんなことなら仕事が見つかるまで兄貴のとこで……いやいや、根性足りねぇぞ俺。まだ諦めんには早すぎるだろうが。
「……つっても、受かる気しねぇよ、ほんと」
「……んん?」
待て待て、何してんだ俺。
みさきに聞かれてんだろうが。
「わりぃな、何でもない」
「……ん?」
不思議そうな顔をしたみさき。
しっしと手を振ると、うんと頷いて勉強を再開した。熱心なものだ。
……俺も、何か資格とか取れば。でも資格ってなんだ、何を取ればいい?
そうだ、こういう時は逆に考えよう。俺に出来ることから連想していくんだ。
みさき検定――「ん?」と「んん?」の違いと腹が減ってる時くらいは分かるから、4級くらいだろうか? 待て待て何処に就職するつもりだ。真面目に考えろ、俺。
とは言っても、俺が他人より優れていることなんてケンカくらいしか……格闘技? いやいや、格闘技なんて始めちまったら、みさきと居る時間が減るだろうが。筋トレに休日なんてねぇんだぞ。
時間。
みさきを送り迎えして、しかも土日は休みで、肉体労働以外で俺に出来る仕事……。
なんだそりゃ、ねぇよそんな仕事。
そこまで世の中舐めてねぇっつうの。
まったく、ほんとにどうしたもんかねぇ――
「……」
「……」
なんとなくみさきの顔を見たら、ばっちり目が合った。
みさきはコクリと頷いて立ち上がる。
とことこ歩いて手提げバッグを持ち上げると、俺の隣に来て「ん」と鼻を鳴らした。
……なんだ、どういう意味だ?
お出かけしようみたいな雰囲気出しやがって……そんな予定あったか?
あ、窓の外が暗いっていうか、もう夜じゃねぇか!?
「風呂だな、分かった。直ぐ行こう」
「……ん」
というわけで銭湯に来た。
何時の間にか見知った顔も増えたが、挨拶などはしない。
顔見知りの他人が増えていくのは、なんだか変な感覚だ。
さておき、今日も今日とて更衣室についたみさきはバンザイをする。お手上げ状態なのは俺の方だよと思いながら服を脱がして、すっかり定位置となった最奥のシャワーまで歩いた。
みさきは綺麗好き。というか、お風呂好き?
髪や体を洗ってやると、明らかに機嫌が良くなる。
そんなみさきを見るのは好きなので、今だけは就活のことを忘れて手を動かそうと思った。
「キタァァァァァァ――――っ!!」
うわぁ、なんかキチガイが来てるらしいな。日曜だからか?
うんざりしながらも、怖いもの見たさで目を向ける。すると、直ぐ隣に変な男が居た。
跪いて、両手を擦りながら何か言っている。
「あぁ、神様仏様幼女様、ありがとうございます。疲れ切ったわたくしめにご褒美を与えてくださったこと、心から感謝致します」
なんだこいつ、お祈りしてやがる。
お祈りというか、みさきを拝んでやがる。
「……はぁ、はぁ、これで明日からも頑張れる。納期にも間に合う……くぅぅぅ、やっぱり幼女は最高だぜ」
なるほど。
こいつ変態だ。
「みさき、ちょっと目を瞑ってろ」
「……ん?」
「いいから、な」
「……ん」
まったく、いい度胸だよほんと。
何処の誰だか知らねぇが、みさきの裸を見て興奮するとか、命が惜しくねぇようだな。
みさきが魅力的なのは分かるが、まだ5歳だぞ?
まぁとにかく、こいつは半殺しにする。絶対に許さない。
というわけで、無防備な変態に回し蹴りを喰らわせてやった。最低でも気絶くらいはさせるつもりで蹴ったのだが、意外と丈夫だったらしい変態は、ぶつぶつ言いながら蹴られた頭を抑えた。
「……し、しまった。父上殿がいらっしゃるのを忘れていた」
スッゲェ罵ってやりたいが、みさきに聞かれるのはな……。
「まだ目を開けるなよ」
「……ん」
みさきに言った後、変態の耳に顔を寄せた。それからみさきが目を開けていないか確認しつつ、小さな声で耳打ちする。
「……遺言はあるか?」
「すみません、疲れてて、つい、理性が……」
「……知らねぇよテメェの都合なんて」
「ほんと、すみません。二度としないんで、なにとぞ」
「……今した事が問題なんだよクソ野郎」
「ごめんなさい! ほんと、マジ勘弁してください! 許して!」
「ちょ、大声出すな……」
慌ててみさきの方を確認すると、バッチリ目が合った。
やべぇ、と慌てる俺を置いて、みさきは見るからに不機嫌な表情になる。
「りょーくん、いじめ、だめ」
「……」
なんてこった、みさきに怒られちまった。
「いや、いじめてるわけじゃなくてだな、こいつは……」
こいつは変態で、みさきを見て興奮していた……どう説明すればいいんだ?
無理だよ無理無理。そんな、子供ってどうやったら出来るの? みたいな説明は無理だ! みさきにはまだ早すぎる!
「……ほら、なんかフォローしやがれ」
「…………」
なんだこいつ、金魚みたいに口をぱくぱくしやがって。
俺の顔に何か付いてんのか?
「……りょーくんって、おまえ、まさか……天童龍誠か?」
「あ? 誰だよおまえ。なんで俺の名前、しかもフルネームで」
こんな知り合い居たか?
声がデカくて丸っこい顔で……って丸いのは髪が濡れてるせいか?
とにかく、こんなヤツ知らねぇぞ俺。
「……ははは、だよな。覚えてないよな」
なに笑ってんだこいつ、まさか頭を蹴ったせいでおかしくなっちまったか?
慰謝料とか請求されたらどうしようと慌て始めた俺。
変態はふらふらと立ち上がって、妙に晴れ晴れとした笑みを浮かべた。
「和崎優斗だ。クラスメイトの顔くらい覚えとけよ、天童龍誠」
変態は堂々とした声で言って、やけに真っ直ぐな瞳に俺の姿を映した。
だが数秒後、その目が妙な動きをする。そこには、みさきの姿が映っていた。
「……」
「……」
俺に睨まれていることに気付かないまま、変態は一筋の鼻血を流した。
驚きと怒りと呆れが混ざりあって、もうどうしたらいいのか分からない。
ただ、ひとつだけ確かな事がある。
この出会いをきっかけに、俺の止まっていた時間が動き始めたんだ。




