みさきと出会った日
※あらすじを読んでいない方へ
※この小説は改稿前の小説です。
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俺の名前は天童龍誠。
厳つい名前のワリに女々しい面をした男だ。
現在は23歳独身で、月々の家賃が1万のボロアパートで1人暮らしをしている。ちなみに、1人暮しを始めてから既に5年は経っている。
中学で華麗にドロップアウトした俺は卒業と共に家出した。そっから友達を頼りながら根性で生き続けて、早くも8年が経った。
武勇伝なら語り尽くせないくらいにあるが、最大の収穫はコレだ。
生活保護。
俺は働かずして、月に20万の金を得ることが出来る。
昔テレビで生活保護の金額が多いとか騒がれていたが、俺はそうは思わねぇ。さけ煙草ギャンブル……20万なんてあっという間だ。勝負に勝った時は余るが、負けた時は直ぐに足りなくなる。そういう時は、日雇いの肉体労働で小遣いを稼いで繋いでいる。
不正受給? 知らねぇよ、俺に金を渡した役人の責任だろ。
さて、ここまで語れば俺がどういう人間かは馬鹿にだって分かるはずだ。
社会の底辺。
これ以外に俺を形容する言葉は存在しないだろう。
だが勘違いしてもらっちゃ困る。俺は自虐しているわけじゃない、誇っているんだ。何の柵も義務も無く悠々自適に思うがままに生きられる今の生活……最高だ。不満を言えるヤツが居るなら、是非あってみたいと思うくらいだ。
俺は底辺ライフを満喫している。
満足している。
何も望んじゃいない。
特別な出来事だとか、起きたとしてもウザイとしか思えねぇに違いない――と、本気で思っていた。
季節は冬。
手の動きが鈍くなるくらい寒い朝に、部屋で気持ち良く煙草を吸っている時のことだった。
「りょーちゃん? いるぅ?」
聞き覚えのあるような無いような女の声に反応して、俺はドアを開けた。
そこにはマジで見覚えの無い女と、1人のガキが居た。
「何の用だよ」
俺は覚えていないが「りょーちゃん」という呼び方から察するに、古い知り合いに違いない。
……いや待てよ。こいつアレだ、中学出てから暫く一緒に遊んでた女だ。遊ぶつってもカラオケとかゲーセンとか、そういうガキ臭いことだけでイカ臭い遊びはしてねぇ。名前すら覚えてないが、とにかくそんな相手だ。それが、どうして俺の家なんかに?
意味不明過ぎてギラギラとガンを飛ばす俺に向かって、そいつはアッサリとした態度で言った。
「この子、あげる」
「……は?」
「じゃ、そういうことで」
「いや待てコラ、意味分かんねぇよ」
「昔遊んだでしょ? 多分それりょーちゃんの子じゃない?」
「ふざけんな、テメェとは手ェ繋いだこともねぇよ」
「そだっけ? ……えー、他の人さがすのメンドクサイィ」
このクソビッチ殴りてぇ……。
「じゃ、そゆことで」
「そういうことじゃねぇよタコ。おい待て、逃げんなコラ――てめっ! 車のエンジンかけっぱなしとか最初から逃げる気満々じゃねぇか!? おい待てコラ! 待ちやがれ!!」
颯爽と去る1台の車に向けた怒鳴り声が、寂しく辺りに響いた。握りしめた拳を震わせながら舌打ちと共に振り返ると、ボロアパートの前に取り残されたガキが子供らしい大きくてクリクリした目で俺を見ていた。すっげぇ腹立つけど、俺はガキ相手に怒鳴るほど小さいタマじゃねぇ。そもそもここでガキに切れたら八つ当たりにしかならねぇし、そんなダセェことしたくない。
「なんか言いたいことはあるか」
ガキの傍に近付いて、見下ろしながら言ってやった。
俺の脚よりも背丈が小さいガキは首が痛くなりそうなくらいに見上げて、小さな声で返事をした。
「……みさき。よろしく、します」
よろしくしますってなんだ、よろしくお願いしますだろうが……クソがっ、あのクソビッチ、そんなことも教えてねぇのかよ。つぅか、なんなんだこの状況、どうすんだコレ……っと、イケねぇ。なんか睨んでるみたいになっちまった。ちょっと怯えてやがる。
「ま、そのうち迎えに来んだろ。外はさみィから部屋でぬくぬくしてやがれ」
世界をぶっ壊したくなるような不快感と共に、ズボンから煙草と火を取り出しながら部屋に戻った。
ドアを開けて少し待ったけど、ガキはその場から動かない。
「おい、さっさと入らねぇと風邪ひくぞクソガキ」
口を一の字にしたガキは、さっきと同じように俺を見上げたまま動かない。
「んだよ、言いたいことあんなら言えよ」
「…………みさき」
なんだコレ、名前で呼べってことか? ……クソめんどくせぇ、どうせ今日だけの付き合いだろ。まぁ、名前呼ぶだけなら別にいいか。
「みさき、さっさと入れ」
コクリと頷いた後、素直に部屋に入った。
そのまま奥までトコトコ歩き、窓際に立った。
電気も水道も通っていなくて、部屋は6畳で壁は腐りかけの木。ドアの向かいに少し大きな窓があるけれど、その先にはデカいマンションがあるせいで景色は最悪。だけど不思議と雨漏りは無く、風もほとんど入ってこない。雨風を凌ぐという最低限の機能だけはしっかり満たし、逆にそれ以外は最悪としか表現できない場所。それがこの部屋だ。
他の住人は知らねぇが、俺は家具なんてひとつも置いてない。だから、脱ぎ捨てられた服以外の物が部屋の中にあるというのは少し不思議な気分だった。なるほど、これが刺激ってヤツなのかもしれない。かれこれ4年くらい同じような生活を繰り返していて、しかも不満が無かったから考えもしなかったが、新しいことをしてみるのもいいかもしれない。
窓際にある小さな日溜まりで俺を見上げるガキ――みさきを見て、ふと思った。
そして、これが全ての始まりだった。