第十二話
バレンタイン。
それは女の子が勇気を持って男の子にチョコレートを渡して、気持ちを伝えるという重要な日。
気持ちはもう伝えちゃったけど……。でも、渡そうと思う。
とにかく、初めて男の人に渡すから、緊張が……。
それ以前に、入院中にチョコレートなんていいのかな……?
色んなことを考えていると、もうすでにすぐそこまでバレンタインが来ていた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
とりあえず作ってはみた。
……出来映えは、まあまあだと思う。
私は先輩のいる病室に向かった。
「今日は命ちゃんだけ?」
病人とは思えないような先輩。
笑顔がまぶしい……。
「はい」
バレンタインってことでみんなが空気を呼んでくれたから、私一人だけだ。
「いや〜、こんな早くから入院する必要があったのかなって思うんだよね」
背伸びをする先輩。
「まあ、万が一のためじゃないですか?」
「だろうね……」
ほのぼのとした空気が流れる。
……目的を忘れるところだった。
「あの〜、先輩? 今日は何の日だか分かりますか?」
「ん、バレンタインでしょ?」
「はい、そうです。……これ、どうぞ」
平静を保ってるように見えて、本当はもう逃げたくなるくらい緊張している。告白した時はそうでもなかったのに……。
「お、くれるの? ありがと」
丁寧に箱を開け、先輩は中身を取り出した。
「食べてもいい?」
「いいですよ」
……あ〜、変に緊張してきた。
早く、食べてほしい。
先輩はじっくり味わうようにチョコを食べた。
……失敗、してないから、大丈夫だよね?
「……おいしい」
「本当ですか!?」
「嘘はつかないよ」
「よかった……」
ほっと一息。
その後、パクパクと食べ進めていく先輩。
「ごちそうさま」
「お粗末様でした」
「料理、上手いんだね」
「はい。……なんだか、照れますね」
「今度、別な奴も作ってきてよ」
「いいですよ」
……よかった、大成功みたい。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
命ちゃんの作ってくれたチョコレートは本当においしかった。
料理上手って羨ましいな……。
「……先輩、手術まであとどれくらいですか?」
「あと……1ヶ月ちょいくらいかな」
そう。
残された時間はあと少ししかない。
目の前に迫ってくる『死』が怖い。どうしようもないくらいに。
命ちゃんも、昔はそうだったんだろうか?
「やっぱり、死ぬのは怖いよな……」
思わず、そんな台詞がこぼれた。
「……私は、死ぬときは先輩と一緒に死にたいです。それなら、怖くはないはず、です」
それは、彼女の望む死。
彼女なりに、気を使ってくれたんだな。
「……じゃあ、オレが死んだら命ちゃんも後を追ってくるの?」
「はい。……と、言いたいところですけど。それを言ったら、先輩怒りますよね」
「当然だよ。今、一番気がかりなのは、もしオレが死んだ時、君が自暴自棄になることだよ」
「私はもう大丈夫ですよ。……先輩のおかげでここまでこれましたから」
「そう、か」
その後、オレたちは何も話さず、そのまま時間を潰した。
無駄に時間を過ごしたようだけど、違う。
命ちゃんがそばにいてくれただけで、十分有意義だ。
せめて、生きられる今を楽しく生きたい。
そう、思った。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
カレンダーをめくるのも面倒に思えるほど、時は早く過ぎ去っていった。
「命ちゃん。コレ」
先輩は包装された小さな箱を私に渡してきた。
「これ、何ですか?」
「……命ちゃん。今日は何の日?」
「……?」
分からない。別に私の誕生日ではないし。
「……ホワイトデーだよ」
「ああ、そうでしたね」
今日はそんな日だったけ。
「まあ、オレはこんなんだし、買ってきた奴だけど……。貰ってくれる?」
「勿論ですよ!!」
嬉しい。
たとえそれが先輩が作ったものじゃなかったとしても。
……まあ、欲を言えば、先輩の手作りがよかったんだけどな……。
「……手作りじゃなくて、残念だった?」
「そっ、そんなことはないですよ?」
「なら、いいけど」
チョコは、甘めでおいしかった。
「おいしい、です」
「よかった……。それ、病院の中庭に放置してあった奴」
「えっ……」
「嘘だよ。ま、それでも、買ってきた奴だけどね」
「そうですか……」
私はチョコを食べ続ける。
「……ごちそうさま」
「……」
先輩は何も言わず、外を見つめていた。
「先輩?」
「……ねぇ、恋ちゃん。オレはさ、今まで生きてきて辛いこともいっぱいあったし、楽しいこともいっぱいあった。何でか分かる?」
「……分かりますよ」
分かるけど、口にはしない。
「君がいてくれたからだよ」
「……っ」
この人はよくそんな恥ずかしいことを……。
言わなくてもいいのに……。
「私も、先輩に会えてよかったですよ?」
現に、昔よりも死にたいなんて思わなくなった。
それはやっぱり先輩のお陰だ。
「そうか」
先輩は、優しく私の手を握ってくれた。
すごく、温かい。
「……今度さ、デートしようか」
「へ?」
いきなりでびっくりして先輩が何を言ったのか分からなかった。
「手術、終わったら。……遊園地なり動物園なり」
「いいですね、それ」
それは、先輩なりに生きようと思っているのかもしれない。
前は、今まで生きてきたことが無駄だとか言ってたのに。
「私も、先輩も、変わりましたね」
「そうだね……」
もうじき春になるであろう景色を病室から眺め、そんなやりとりをした一日だった。
手術の日まで、あと残りわずか。
我ながら、展開早いと思う今日この頃




