第十話
「先輩……。大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だよ」
「そうには見えませんが……」
「……そう、かな」
立ちくらみというのは意外と恐ろしい。
……オレは、着実に病魔に蝕まれている。
命ちゃんの前では、気丈に振る舞ってみたものの、実を言えばかなりキツい。
「本当に大丈夫ですか?」
心配そうに見つめてくる命ちゃん。
「もしかして、オレって信用されてない?」
「そ、そんなことないです!!」
手を振り、否定をする命ちゃん。
「もう、大丈夫だから。心配しなくていいよ」
「……」
命ちゃんは何も言わなかった。
ただ、オレの手を握っていた。
「もう少しだけ、休みましょうよ」
「はいはい」
……そんなすがるような目で見られると、ね。
オレはそこで腰をおろす。
「だいぶ寒くなったな……」
もう冬だもんな……。
肉まん喰いたい。
「そんなに寒いですか?」
「オレは寒がりなんだよ」
来ていた服をさらに体を包み込むように着る。
「私、コーヒー買って来ますね」
「ああ、ありがとう」
気遣いが、あたたかい。そう思う今日この頃。
……ふと、空を見上げてみる。
あと、どれくらいだろう?
刻々とタイムリミットまで近づいてきている。
昔なら、受け入れて死ぬしかない。そう思っていたけど。
命ちゃんに出会ってから、変わった。
良くも悪くも、変わってしまった。
いや、悪くはないな。むしろ、生きようって気になった。
生きよう。
最期まで。
自販機から戻ってきた命ちゃんを見つめながら、そんなことを思った。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「う〜。冷えた体に熱いお茶は温まるね〜」
ずずっ、とお茶をすすってみる。
「お行儀悪いですよ?」
と命ちゃんは言ってるがニコニコしてる。
「気にしない気にしない」
テーブルに突っ伏し、一息ついた。
「それにしても疲れましたね」
同じく、命ちゃんもテーブルに突っ伏した。
「そうだね」
あの後、まだ時間に余裕があったので、家に寄ることにした命ちゃんを家に招き入れた。
今回もまた、命ちゃんの買い物に付き合っていた。とはいってもほとんどデートな気がするけど。
今は、オレの家で二人だけでくつろいでいる。両親はお出かけ中みたいだ。
「先輩〜。肩を持んでください〜」
「はいはい。……うわ、凝ってるね〜」
「そうですか〜……。もう少し上の方を〜」
「はいはい」
「行き過ぎです。あと一センチ下を……」
「はいはい」
「もう少し強くお願いします」
「……注文が多いと胸を揉むよ?」
「むっ、胸を……」
いきなり起き上がり、手で胸を隠す命ちゃん。
それを見て俺は……。
「あー、……なんかゴメン」
「何で謝るんですか?」
「世の中には揉める胸と揉めない胸があるということを、今日知りました」
「し、失礼な!!」
顔を真っ赤にして怒る命ちゃん。
「大丈夫!! オレは小さい方が好みだ!!」
「ありがとうございますねぇ!!」
笑顔だけど、なんか怒ってる。
この後輩は恐ろしいな……。
「……先輩は小さい方が好みなんですね」
「まあね」
「へー……」
「特に命ちゃんの胸が一番好きな形をしています」
「さりげに変態発言ですね、先輩は」
「あっはっは、照れるな〜」
「褒めてません」
……そんなやりとりを十分くらい交わしていると。
「先輩は……」
「何?」
そっと近づいてくる命ちゃん。
「まだ、ですよね?」
「……うん、まだ死ねないからね」
「私は、先輩とずっと一緒にいたいです」
「オレもだよ」
どんどん距離が近づいている。
そっとオレは命ちゃんの頬に手を添える。
目をつむり、何かを待っている命ちゃん。
彼女が何を求めているのかは、分かっているような、分かっていないような……。
もう、お互いの距離は一センチもない。
……ああ。
なんとなく、いや、はっきりと分かった。
そっと、オレは命ちゃんの可愛らしい唇に……。
「帰ったぞ〜」
「空気読め!! こんのクソ親父ぃ!!」
父、ここに帰宅。やけに早かった。いつもならあと二時間くらい遅いのに。
「まあ、お楽しみのところを邪魔して悪かったが……。一つニュースがある」
「なんだよ」
別に怒ってる訳ではない。恨んではいるがな!!
「手術のことだが、三月二十日になったぞ」
「そう、か」
あと、四ヶ月くらいだ。手術が成功すれば長く生きられる。失敗すれば……。考えたくないな。
成功する確率は絶望的らしいが……、何もやらず、犬死にするのは御免だな。
「先輩……」
心配そうに見つめてくる命ちゃん。
「大丈夫。ちゃんと生きるから。もう、悲しませたりしないから」
「先輩……」
悲しそうな顔しないでほしい……。
……オレも悲しくなる。
その後、命ちゃんは帰り、母さんも帰ってきて、家族で晩御飯を食べた。特に勉強したりせず、マンガを読んだ。
もしかしたら、こんな生活を遅れるのは……、もう……。
……やめよう、こんなことを考えるのは。
今を精一杯生きよう。
そう、誓った夜であった。
俺だって、後輩とキスし(ry




