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十の幸い ― 世界を揺るがす奇跡と、失われた聖なる書  作者: CBR


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14/19

エピローグ 第11章 名前を呼ぶ声

第九の幸いから三日後、世界最大級の宗教連合は事実上、二つに割れた。正式な分裂宣言はない。本部も建物も残っている。だが、同じ完全版を読みながら、二つの道を選ぶ人々が現れた。

一方は言った。

「書かれていることに合わせて、私たちの方を変えよう」

もう一方は言った。

「私たちが受け継いできたものに合わせて、この文書の方を解釈しよう」

何が書かれているかは、もう見えないのではなかった。

次に問われたのは、それまで信じてきたものと食い違った時にどうするかだった。

ある宗教団体では、死と復活についての説明が最初に調べ直された。これまで別々に解釈されてきた記述を、同じ本文の中で読み直す。死者は何も知らないという言葉。死を眠りにたとえる記述。そして復活の約束。

その日の夜、団体は声明を出した。

私たちがこれまで説明してきた死後の状態について、本文と一致しない部分があると判断しました。見直します。

同じ作業が世界中で始まった。祈り。宗教と政治の関係。儀式。受け継がれてきた伝統。

結論は同じではない。

だが、問われることは同じだった。

その教えは、聖書全体から本当に導けるのか。

完全版は、正しい教理の一覧表ではなかった。聖句を集め、文脈を読み、別の記述と比べる作業は人間に残されている。ただ、自分たちの教えと本文の不一致を、翻訳や失われた原文のせいにすることは難しくなった。

伝統そのものをすべて捨てる必要はなかった。音楽、建築、衣服、習慣として残せるものもある。

しかし、

これは聖書が教えている

という言葉と、

これは私たちが歴史の中で選んできた

という言葉を、同じ意味にはできない。

エリックは、神の言葉が人の心にある考えや願いを明らかにする、という言葉を思い出した。

神の名の発音については、事情が違った。これは複数の聖句から教理を組み立てる問題ではない。完全版に記された名を、清い言語を理解するすべての人が同じように読んだ。古代から四文字で保存されてきた名の発音を、推測する必要はなくなった。

短縮形は、

ヤㇵ

だった。

エリックは、それを見た時に父を思い出した。

ジョシュアが好んで口にしていた、

「ハレルヤーㇵ」

という発音。最後の「ㇵ」は、強く独立した一音ではない。息のように軽く残る。父が古代の発音体系を完全に知っていたわけではない。ただ、その短縮形の発音については合っていた。

マイクが完全版を見ながら言った。

「じゃあ、おじいちゃん、当たってたんだ」

「そこはな」

エリックが答えた。

ジーンが尋ねた。

「ほかは?」

「父さんだって、間違って考えてたことはあるよ」

マリーが横から言った。

「いっぱいね」

「母さん」

「本当でしょう」

ソフィアが笑った。

「本人がいたら、一番大きな声で認めるんじゃない?」

エリックにも想像できた。

父なら完全版を読み、

神の名の正確な発音。原語の細かな語義。写本の異読。預言の細部。

自分が推測していたことと違う箇所を見つけるたびに、

「なるほど!」

と言っただろう。

そして、その後で、

「ハレルヤーㇵ!」

と叫んだはずだ。

死者や復活についての教えを、そこで初めて知る父ではない。神の王国が人類の希望であることも。神が地球と人間に対する目的を捨てていないことも。聖書を調べて確信していた。

その一方で、自分が聖書から確かに理解したことと、まだ推測にすぎなかったことを、父なら喜んで分けただろう。


                      ◇◇◇


完全版が与えられてから、神の民の教育活動はかえって活発になった。かつて拒まれていた地域からも、「聖書を一緒に調べてほしい」という要請が届いた。

派遣を希望した若者が尋ねた。

「何を教えればいいのですか」

「まず、聖書の基本的な教えです」

「完全版を読んでもらうだけではなくて?」

「それだけでは足りません。神の王国、死、復活、神が人間と地球について意図したこと。関連する聖句を一緒に調べて、どうつながるのかを示してください」

「私たちの理解も説明していい?」

「もちろんです。ただし、なぜそう理解しているのかを聖書から示してください」

「本文が直接言っているなら?」

「“書かれています”」

「いくつもの聖句から導ける結論なら?」

「どの聖句をどう結び付けたのかを示す」

「可能性の一つなら?」

「“可能性があります”」

「分からないなら?」

エリックは少し笑った。

「それは、僕の得意分野です。“分かりません”と言ってください」

完全版が与えられると、「神の民と共に歩みたい」という希望者も急増した。最初の集計だけで何千万人に及んだ。

「まとめて教えれば、かなり早く進められます」

一人の地域担当者が提案した。

エリックは首を振った。

「大勢への説明はできます。でも、人数を増やすために、考える時間まで短くするべきじゃないと思います」

希望者が何千万人いても、聖書を読み、質問し、自分が何を信じ、何を約束するのかを理解する時間は必要だった。

バプテスマにも一律の待機期間は設けなかった。住居、食料、仕事、第八の癒やしと引き換えでもない。

「何かを得るために受けるものではありません。自分で決めることです」


「人数が多いからこそ、急がせるのは親切じゃないと思います。何を約束するのか分からないまま、受けるものではありません」


◇ ◇ ◇


エリックのもとへ、宗教連合の議長から個人的な通話が入った。議長は公式の衣服を着ていなかった。小さな書斎に一人で座っていた。机の上には、印刷された完全版があった。

「四十年以上、人に聖書を教えてきました」

議長は言った。

「はい」

「そう思っていました」

エリックは黙って待った。

議長は完全版へ視線を落とした。

「死についても。復活についても。神の王国についても」

一度、息を止めた。

「私は、聖書が教えていることとは違うことを、聖書の教えとして人々に伝えてきた」

エリックは何も挟まなかった。

「違う読み方があることは知っていました。あなたがたが挙げる聖句も読んだ。それでも、自分たちの理解の方が正しいと思っていた」

「善意でした。人を慰めたかった。希望を与えたかった」

エリックは少し考えてから答えた。

「善意だったとしても、間違ったことを正しいことにはできません」

議長は目を閉じた。

「……そうですね」

しばらくして言った。

「四十年です」

「はい」

「説教があります。本があります。録音があります。私の説明を信じて、今もそれを別の人へ教えている人たちがいます」

今度はエリックにも、すぐには答えられなかった。

「まず、何を間違えて教えたのかを調べ直す必要があると思います」

議長が顔を上げた。

「全部?」

「神の王国、死、復活、崇拝。基本から調べ直して、そこにつながる教えも」

「そして?」

「間違っていたものは、間違っていたと言う」

「公に?」

「公に教えたなら、公に訂正する必要があると思います」

議長の顔がこわばった。

「それで、四十年は戻りますか」

「戻りません」

エリックは答えた。

「その説明を信じた人が失ったものも、全部は戻せないと思います」

長い沈黙。

「でも」

エリックは続けた。

「その人たちが、これからも同じことを信じ続ける時間は減らせます」

議長は完全版を見た。

「私は、もう教える側ではないのかもしれませんね」

「それを僕が決めることではありません」

「でも、少なくとも今は、教える前に調べる側へ戻る必要があるんじゃないでしょうか」

議長はしばらく黙っていた。

やがて、小さくうなずいた。

「四十年教えてきて、最初から学び直すのですか」

「僕なら、そうします」

「あなたは、優しい言い方をしないのですね」

「よく言われます」

「それでも、人々はあなたを柔和な人だと言う」

エリックは困った顔をした。

「その評価は、かなり疑わしいです」

議長が初めて笑った。

通話が終わった後、エリックは父の聖書を開いた。

余白には、ジョシュアの字が残っていた。何度も開いた跡。線を引いた聖句。短い書き込み。エリックは、その隣に完全版を置いた。

父が何度も読んでいた復活の言葉を開いた。

話したいことが、いくつも浮かんだ。

だが、それは今ではない。

父には意識がない。

エリックは父に向かって話しかけなかった。

ただ、ふと思った。

父が復活したら、この完全版を見せよう。

その時なら、清い言語のことも。九つの幸いのことも。神の名の発音のことも。全部、本人に話せる。

エリックは父の書き込みを見てから、もう一度復活についての聖句を読んだ。


◇ ◇ ◇


第十の幸いまで、あと四日。

エリックは夜中に目を覚ました。

午前二時十一分。

部屋は暗かった。

隣ではソフィアが眠っている。水を飲もうとして上半身を起こした。

その時、部屋の隅に光が現れた。

エリックは動きを止めた。

「またですか」

口にしてから、自分でも変な第一声だと思った。

背後の光が強くなった。

白い衣。

表情の分かる顔。

その背後から広がる柔らかな光。

以前と同じ者だった。

エリックはソフィアを見た。

眠っている。

「今回は起こしても?」

――必要はない。

「毎回、僕一人なのは、あまり公平じゃないと思います」

返答はなかった。

天使に冗談は通じない。

その点も変わっていなかった。

エリックはベッドから降りた。

「第十ですか」

――第十の幸いについて伝える。

――四日後、これまでと同じ時刻に、第十の幸いが始まる。

心臓が速くなった。

これまで九つ。

最後の一つだけが伏せられてきた。

エリックは手を握った。

「聞きます」

――終わりの日の期間に、忠実を保って死んだ正しい人々が、順に命へ戻される。

エリックは「終わりの日」を、神の王国が現在の体制を終わらせる前の、この世界の終盤に当たる期間として理解していた。

エリックは数秒、動かなかった。

言葉そのものは知っていた。

復活。

何年も信じてきた。

父を葬った時にも、その希望を疑わなかった。

だが、

今始まる

とは聞いていなかった。

「復活……?」

――そうである。

膝から力が抜けた。

エリックはベッドの端へ座った。

「父も?」

聞くのが怖かった。

――ジョシュア・ウィルソンも含まれる。

エリックは両手で口を覆った。

声が出なかった。

吃音ではない。

言葉そのものがなかった。

父が戻る。

一年前に死んだ父。

ジーンの最初の言葉を聞かなかった。

マリーの回復を見なかった。

川が清められるのを見なかった。

清い言語を話したこともない。

完全版を読んだこともない。

その父が戻る。

「い、いつですか」

――第十の幸いが始まれば、復活は段階的に進む。

「全員同時ではない?」

――違う。

「どの順番で?」

――それはあなたには知らされない。

「父は最初ですか」

――順番については知らされない。

エリックは目を閉じた。

また「分からない」が増えた。

だが、今度は苦にならなかった。

「この期間より前に亡くなった人は?」

――今回の幸いは、終わりの日の間に死んだ正しい人々についてのものである。

「では、それ以前に亡くなった人は、第十の幸いの対象には含まれない?」

――そうである。

エリックはうなずいた。

天使が続けた。

――第十の幸いは、復活全体ではない。

――神の王国のもとで、正しい者も正しくない者も復活するという約束は変わらない。

――あなたがたがこれまで読んできた聖書にも、完全版にもそう記されている。

――今回始まるものは、そのすべてではない。

――終わりの日の間に死んだ正しい人々が、先に戻される。

エリックは尋ねた。

「なぜ、この人たちが先なんですか」

――彼らは終わりの日を忠実に生き、自分たちの知る限り証しをし、約束の実現を待ち望みながら死んだ。

少し間があった。

――ジョシュアがそうだったように。

エリックは父を思った。

ジョシュアは十の幸いを知らなかった。

それでも、神の王国を信じていた。

復活を信じていた。

死が最後ではないことを、人にも話していた。

自分がいつ神に呼び起こされるのかは知らなかった。

それでも、その希望を持ったまま死んだ。

――彼らは、自分たちが伝えていた希望の始まりを見る。

エリックの目から涙が落ちた。

「父は、どこに現れるんですか」

――死んだ場所とは限らない。

「墓ですか」

――墓から体が移動するという意味ではない。

「では?」

――本人であると疑う余地のない形で、生活できる場所に復活させられる。

「服は?」

沈黙。

エリックは涙を拭いた。

「実務上、大事です」

――必要なものは備えられる。

「ありがとうございます」

少し安心した。

世界中で人々が戻るなら、衣服、住居、食事、身元確認、家族との連絡が必要になる。

その時、これまでの幸いが一つにつながった。

清い言語。健康。食料。安全な生活圏。完全版。

「復活する人は、清い言語を話せますか」

――話す。

「病気は?」

――ない。

「高齢で亡くなった人は?」

――健康な状態で戻る。

「何歳くらいに?」

――年齢を決める必要はない。

エリックは少し笑った。

「分からないことを残すのが、お好きですね」

――すべてが明かされることは、幸いではない。

エリックはすぐには答えなかった。

昔から知っている言葉が浮かんだ。

隠されている事柄は神のもの。明らかにされた事柄は、私たちのもの。

必要なことを、必要な時に知ればいい。

エリックは天使を見た。

今度ばかりは、言い返す言葉がなかった。

「一つ、怖いことがあります」

――言いなさい。

「“正しい人”という言葉です」

沈黙。

「人間が、それを判定し始めます」

誰が戻った。誰がまだ戻らない。世界は必ず一覧を作り、評価を始める。

「始まって一日戻らなかっただけで、その人を悪い人だと決める人が出ます」

――その判断をしてはならない。

「順番には、忠実さの順位という意味はない?」

――ない。

「まだ復活していない人を、人間が断罪してはいけない?」

――その通り。

エリックは強くうなずいた。

「もう一つ」

――何か。

「本人は、死んでからどれくらい時間が経ったか分かりますか」

――復活した時に教えられる。

エリックは考えた。

百年以上前に死んだ人にとっても、意識の上では死の直後になる。

目を閉じ、次に開く。

だが、その間に世界は変わっている。家族も、都市も、制度も。

「怖がる人もいるでしょうね」

――だから、迎える者が必要である。

エリックは、その言葉を重く受け止めた。

復活を待つことばかり考えていた。迎える側の責任を考えていなかった。

「準備します」

「世界中で」

天使の背後の光が弱くなり始めた。

「待ってください」

エリックは立ち上がった。

「父に、最初に何と言えばいいでしょう」

答えはなかった。

「これは教えてくれてもいいでしょう」

背後の光はさらに薄くなった。

――それは、あなたが決めなさい。

エリックは少し笑った。

「そうですよね」

天使は消えた。

部屋は再び暗くなった。

「エリック?」

背後から声がした。

ソフィアが起きていた。

「誰と話してたの?」

エリックは振り返った。

言おうとした。

だが声が出なかった。

ソフィアが身体を起こした。

「また来たの?」

エリックはうなずいた。

「第十?」

もう一度うなずいた。

ソフィアの顔が緊張した。

「何が起きるの?」

エリックは口を開いた。

「父さんが……」

そこで詰まった。

「ジョシュアが?」

「も、戻ってくる」

ソフィアは動かなかった。

「何て?」

「父さんが、生き返る」

数秒間、二人とも何も言わなかった。

ソフィアの目に涙がたまった。

「本当に?」

「第十の幸いは……終わりの日に亡くなった正しい人たちの復活だって」

エリックは泣きながら笑った。

「父さんも含まれるって、名前を言った」

ソフィアは両手で口を覆った。

それからエリックを抱きしめた。

「マリーに知らせないと」

「うん」

「子供たちにも」

「うん」

「九十五人にも」

「うん」

「世界にも」

「うん」

ソフィアが少し離れた。

「でも、まず寝た方がいい」

エリックは涙を拭いた。

「今の話を聞いた後で?」

「あなたなら、また四日間起きていそうだから」

「あと四日しかない」

「だから寝るの」

「復活の準備が――」

「九十五人います」

エリックは黙った。

「またその顔」

「何の顔?」

「何でも一人でやろうとする顔」

「そんな顔があるの?」

「結婚して何年になると思ってるの」

エリックは抵抗を諦めた。

「分かりました」

「よろしい」

「でも母さんには今、話していい?」

ソフィアは時計を見た。

午前二時三十五分。

「朝にして」

「起きてるかもしれない」

「起こさない」

「ハレルヤーㇵって叫ぶと思う」

「あなたが?」

「母さんが」

ソフィアは笑った。

「それなら、なおさら朝にして」

◇ ◇ ◇

午前七時、九十五人への緊急集会が始まった。

エリックは天使との会話を共有し、公表時に三点だけは最初から明確にすると確認した。

これは全死者の復活ではない。復活の順番は、価値や忠実さの順位ではない。まだ戻っていない人を、人間が断罪してはならない。

そして

「ジョシュアも戻ります」

ノーラが目を閉じた。

「名前を言われたのですか」

「はい」

「よかったですね」

エリックの声が震えた。

「はい」

準備は、その日のうちに始まった。これまでの幸いによって広がった生活圏には、宿泊場所と食料があり、新しく建てる力もあった。医療、歴史、家族関係の確認、心理的な支援ができる人々が受け入れに加わった。

ただし、誰が復活するかを予測した名簿は作らない。

準備するのは、人の名前ではなかった。

迎える場所。衣服。食事。休める部屋。現在がいつなのかを伝える最低限の説明。家族へ連絡する仕組み。

最初の指針も簡潔だった。復活した人を見世物にしない。同意なく撮影しない。死んだ時のことや現代の情報を一度に浴びせない。宗教的・歴史的な地位で待遇を変えない。

そして、家族との再会を不必要に遅らせない。本人が状況を理解し、「会いたい」と望み、家族も待っているなら、長い手順を挟む理由はなかった。知っている顔を見ることが、「自分にはまだ居場所がある」と理解する最も早い助けになる人もいる。静かな場所や時間が必要な人には、それを用意した。全員へ同じ手順は課さなかった。


◇ ◇ ◇


第十の幸いの公表後、世界の反応は、これまでのどの幸いとも違った。歓声を上げる人。泣き崩れる人。古い写真を取り出す人。墓地へ向かう人もいた。

そこから死者が歩いて出てくると思ったからではない。ただ、愛する人を待つなら、そこにいたかった。

今回戻されるのが、終わりの日の間に死んだ正しい人々であることは、すでに世界中に知られていた。神の民が「神に忠実に生きる」とはどういうことだと考えているかも、何度も報道されていた。神に身を捧げ、それをバプテスマで公に示し、王国について人々に伝え、その生き方を最後まで保つことだった。

それでも、愛する人のことになると、その線は急に曖昧に見えた。

「バプテスマを受ける前に亡くなったけど、本当は決心していたかもしれない」

「最後に神を求めていたことを、誰も知らなかっただけかもしれない」

「神なら、本当の心を知っているはずだ」

本人たちも、自分の愛する人が公表された条件に素直には当てはまらないことは分かっていた。それでも、「絶対に戻らない」と自分の口で言うことはできなかった。

一方で、条件に当てはまりそうな人々の名前を集める動きも始まった。古い映像、家族の証言、公開されていた記録が掘り起こされた。「この人は戻るのではないか」と予想する番組が現れ、誰が先に戻るかを並べるサイトや、賭けを行うサイトまで現れた。

そして反対のことも始まった。戻ると思われていた人がまだ戻らない。それだけで、その人の過去を疑う声が出た。

神の民は、復活が遺体のある墓から歩いて出てくることではないと改めて説明した。人は、安全に生活できる場所へ戻される。

エリックは記者会見で強く言った。

「人の復活を娯楽にしないでください。神がまだ示していない個々の人について、僕たちが先に判定することはできません。発表の時にも言いました。戻る順番は、価値や忠実さの順位ではありません。まだ戻っていない人を、それだけで裁かないでください」

記者が尋ねた。

「では、今回の対象になると広く予想されていた著名人が復活した場合、記者会見を求めますか」

「本人が望むまで、そっとしておいてください」

「世界中がその人の名前を知っていても?」

「復活した瞬間から、その人はニュース素材ではなく人間です」


◇ ◇ ◇


その後三日間、世界各地では受け入れ準備と説明が休みなく続いた。

第十の幸いの前夜。

エリックの家族は、一緒に夕食を取った。

マリーは落ち着いているように見えた。

少なくとも、エリックよりは。

「母さん、平気?」

「何が?」

「明日」

「平気なわけないでしょう」

「そう見える」

「七十年近く生きれば、落ち着いて見せる技術くらい身に付くのよ」

ソフィアが料理を運んできた。

「エリックは全然身に付いてないけど」

「まだ三十五だから」

「あと三十五年あっても無理だと思う」

マイクが尋ねた。

「おじいちゃん、僕のこと覚えてる?」

「もちろん」

エリックが答えた。

「ジーンは?」

ジーン自身が尋ねた。

「覚えてる」

「僕、話してなかったよ」

「それでも君のことは知ってた」

ジーンは少し考えた。

「僕が話したら、びっくりする?」

「すごく」

「最初に何て言おう」

マイクが言った。

「ハレルヤーㇵって言えば?」

「それ、おじいちゃんが言うよ」

「じゃあ先に言った方が勝ち」

マリーが笑った。

「競争にしないの」

エリックは食事を口に運んだ。

味がほとんど分からなかった。

ソフィアが気づいた。

「食べて」

「食べてる」

「噛んで」

「そこまで指示される?」

「明日まで倒れないために必要なら」

「今は病気じゃないよ」

「喉に詰まらせることはできるでしょう」

第三の幸いでも、人間が食べ物を気管へ入れれば苦しい。

奇跡のある世界でも、妻の注意は現実的だった。

エリックはきちんと噛んだ。


◇ ◇ ◇


夜。

眠れなかった。

ソフィアは先に眠った。

エリックは隣で何度も姿勢を変えた。

父が帰ってきたら、何と言う。

「おかえり」

死者に「おかえり」は変だろうか。

「父さん」

それだけでいいかもしれない。

十七歳の時のことも、まだ謝り足りない。最後の一年に、もっと会いに行けばよかった。もっと話せばよかった。最後の電話を急いで切らなければよかった。

伝えたいことが、次々に浮かんだ。

その全部を最初に言えば、父は困るだろう。

ソフィアが目を閉じたまま言った。

「考えすぎ」

エリックは驚いた。

「起きてたの?」

「あなたが五分ごとに寝返り打つから」

「ごめん」

「最初に言うことなんて、決めなくていいのよ」

「どうして分かった?」

「結婚して何年になると思ってるの」

数日前にも聞いた言葉だった。

ソフィアは目を開けた。

「顔を見たら、勝手に出るから」

「出なかったら?」

「抱きつけばいい」

「三十五歳で?」

「息子でしょう」

エリックは天井を見た。

「そうだな」


◇ ◇ ◇


翌日、正午。第十の幸いの開始一時間前。

九十六人が、一つのオンライン集会につながった。世界各地の受け入れ拠点も接続されている。ただし、一般公開する映像は最小限にされた。復活そのものを、世界最大の娯楽番組にしないためだった。

エリックは家族と共に、小さな屋外広場にいた。ジョシュアがそこへ現れると教えられたわけではない。教育施設には、複数の受け入れ場所が準備されていた。広場の周囲には木々がある。少し離れたところを、清められた川が流れている。空は晴れていた。

開始十分前。

マリーは椅子に座っていた。両手を強く握っている。ソフィアはその隣。マイクとジーンは何度も時計を確認した。

「パパ」

ジーンが言った。

「おじいちゃん、ここじゃなかったら?」

「連絡が来る」

「外国だったら?」

「清い言語があるから大丈夫だ」

「海の向こう?」

「迎えに行く」

「遠いよ」

「行く」

ソフィアが口を挟んだ。

「あなたはまず連絡を待つ」

「分かってる」

「本当に?」

「多分」

「分かってないじゃない」

開始一分前。

エリックは清い言語で世界へ語った。

「今日から始まる復活は、死者すべての復活ではありません」

「終わりの日の間に亡くなった正しい人々が、段階的に命へ戻されます」

三十秒。

「戻る順番を、価値の順位にしてはなりません」

「今日戻らない人について、裁いてはなりません」

十五秒。

「戻ってくる人々は、私たちの証拠でも、所有物でもありません」

「一人一人が、自分の人生を持つ人間です」

十。

九。

八。

七。

六。

五。

四。

三。

二。

一。

第十の幸いが始まった。

何も起きなかった。

風が木の葉を揺らした。

鳥の声がした。

エリックは息を止めた。

五秒。

十秒。

二十秒。

世界各地からも、まだ報告はない。

一分。

二分。

マイクが父の手を握った。

五分。

エリックの頭の中に、不安が入り始めた。

聞き間違えたのか。

時刻を間違えたのか。

復活はもっと後なのか。

開始から十分。

端末が鳴った。

一件目。南米。七十九年前に亡くなった女性。本人確認中。二件目。東アフリカ。百年以上前に亡くなった男性。三件目。ヨーロッパ。四十八年前に亡くなった夫婦。

四件。十件。百件。

報告数が急速に増え始めた。

世界各地の神の民の生活圏で、人々が現れていた。

墓からではない。建物の一室。庭。宿泊施設のそば。農地の端。人が安全に迎えられる場所。

彼らは混乱していた。

だが健康だった。

そして全員が、清い言語を理解した。

「始まった」

ノーラの声が画面から聞こえた。

ジョシュアはまだだった。

一時間。

戻らない。

家族はいったん、広場に隣接する受け入れ棟へ移った。

ジョシュアがどこへ現れるか分からない以上、広場に立ち続けても意味はない。

エリックはそう説明した。

自分自身にも。

二時間。

復活者の報告は、もう一件ずつ数えられる量ではなくなっていた。そして、別の事実が注目され始めた。最初は、報告体制の違いだと思われた。神の民の生活圏には、最初から受け入れ担当者がいる。だから、そこで復活した人だけが早く発見されるのではないか。だが、各国政府。警察。自治体。報道機関。それらが確認を進めても、傾向は変わらなかった。復活は世界各地で起きている。しかし、確認された場所には明らかな共通点があった。

神の民が共同で生活している地域。

そこから離れた場所では、本人確認まで終わった復活例が一件も見つからなかった。

第六の幸いの時にも聞かれた問いが、もっと強い形で戻ってきた。

なぜ、あの土地だけなのか。

食料だけではない。

清い水だけでもない。

今度は、

死者だった。


◇ ◇ ◇


第十の幸いが始まって五時間余り。世界の主要な報道局は、ほとんど通常番組を止めていた。ある特別討論番組では、同じ問いが繰り返されていた。

なぜ、復活する場所は神の民の生活圏に限られているのか。背後の画面には世界地図があった。復活が確認された地点が表示されている。宗教問題を扱う記者、ダニエル・クロスが言った。

「病気の回復は世界中で起きた。災害警告も世界中の人を救った。ところが、復活だけは違う」

地図を指した。

「死者が戻る場所は、神の民が暮らしている所です」

神の民の代表者が首を振った。

「改宗は条件ではありません。私たちは土地を聖地だと宣言したこともありません」

「しかし、結果は同じでしょう」

それまで黙っていた聖書史研究者のミリアム・ヘイルが、地図を見た。

「……もしかすると、私たちは宗教団体の問題として考えすぎているのかもしれません」

「どういう意味です?」

「問題は、土地なのかもしれない」

彼女はスタッフへ言った。

「エゼキエル二十章六節を出せますか」

画面に本文が表示された。

神の民に与えられる土地。

乳と蜜の流れる土地。

すべての土地の中でも特に美しいと表現される地。

クロスが言った。

「古代イスラエルの話でしょう」

「これだけなら、そうです。ダニエル十一章四十一節も」

画面が切り替わった。

敵対する王が、美しい地へ入る。

「さらにエゼキエル三十八章。八節と、十一、十二節」

諸国から集められた民。

回復した土地。

安心して暮らしている人々。

そこへ敵対する勢力が押し寄せ、奪おうとする。

クロスが身を乗り出した。

「待ってください。今の出来事が、その預言だと?」

「いいえ」

ミリアムは即座に答えた。

「そこまでは言えません。ただ、この構図は気になります」

神の民の代表者が口を開いた。

「私たちは、最後に神の民が攻撃を受けること自体は、以前から聖書を読んで考えていました」

「でも?」

「十の幸いが、その時の状況までこんな形で整えていくとは考えていませんでした」

ミリアムが地図を指した。

「食料がある。回復した土地がある。清い水がある。世界中の人と話せる。同じ聖書本文を調べられる」

復活地点が集中する地域へ指を動かした。

「そして今は、復活した人々まで、そこへ戻されている」

スタジオが静かになった。

「だから、私が気になっているのは、預言そのものではありません」

「では?」

「舞台です」

クロスが地図を見た。

「十の幸いによって?」

「そう見える、というだけです。神の民自身も予想していなかった形で」

クロスが眉をひそめた。

「つまり、神の民だけが特別扱いされているのではない?」

ミリアムは少し考えた。

「もし、この読み方が正しいなら」

地図を見た。

「特等席にいるんじゃありません」

一拍置いた。

「最前線にいるんです」

◇ ◇ ◇

27. 名前を呼ぶ声(4)

放送が終わっても、その言葉は世界中で繰り返された。

最前線。

エリックには、その意味を考える余裕がなかった。

六時間を過ぎても、ジョシュアは戻っていない。

順番は、忠実さの順位ではない。

まだ戻らなくても、判断してはいけない。

自分で世界へ言ったばかりだった。

それでも、

待つ側の心まで、その原則にすぐ従えるわけではない。

西から差す光が、受け入れ棟の窓を長く横切っていた。外の果樹園では、木々の影が東へ伸びている。

第十の幸いが始まって七時間三十分。

端末が鳴った。警備担当者からだった。

「エリック」

声が震えている。

「はい」

「南側の果樹園です」

エリックは立ち上がった。

「誰ですか」

「復活した方を一人、受け入れました。本人確認も終わっています」

エリックの喉が詰まった。

「名前を言ってください」

一瞬、間があった。

「ジョシュア・ウィルソンさんです」

エリックは息を止めた。

「状況の説明は?」

「済んでいます。亡くなってから一年が経っていることも伝えました」

「家族のことは?」

「ここにいると伝えました。ご本人が会いたいと希望しています」

エリックは走った。

「エリック!」

ソフィアが呼んだ。

返事をしなかった。

三十五歳で。

世界中へ慎重な行動を求めてきた人間が。

警備担当者の指示も待たず。

息子たちより先に。

全力で走った。

後ろからマイクとジーンが追ってくる。ソフィア。マリー。警備担当者たち。

果樹園の道を曲がった。

西の空が、金色から橙色へ変わり始めていた。

低い夕日が、果樹の葉の間から長い光を差し込ませている。

その光の中に、一人の男性が立っていた。

晩年の衰えはない。

だが、若い別人でもなかった。

エリックが知っている父の顔だった。

少し白い髪。大きな鼻。笑う前から少し下がって見える目尻。簡素な服を着ている。

男は周囲を見回していた。困惑は残っていた。自分が死んでいたことも、一年が過ぎたことも、すでに聞かされている。それでも、説明を聞くことと、変わった世界を自分の目で見ることは同じではなかった。

その視線が、走ってくるエリックに止まった。

数秒。

ジョシュアが最後に見た息子は、二百キロ近い身体で、度の強い眼鏡を掛け、頭を剃っていた。

今、こちらへ走ってくる男には、そのどれもなかった。

だが、見知らぬ顔ではなかった。

肥満に隠れる前の、若い頃の息子の面影がそこにあった。

そして何より、その目はエリックだった。

父の顔が変わった。

「エリック?」

声も同じだった。

エリックは止まれなかった。

挿絵(By みてみん)

そのまま父へぶつかるように抱きついた。

「父さん」

それしか出なかった。

考えていた言葉は、全部消えた。

「父さん」

ジョシュアはよろめきながら息子を抱き返した。

「エリック……本当に、おまえなんだな」

エリックは答えられなかった。

「ぼ、僕……」

最初の音が止まった。

ジョシュアは何も言わなかった。

一年前と同じように、続きを待っていた。

エリックは息を整えた。

「会いたかった」

泣いていた。

背後から声がした。

「ジョシュア」

父の身体が固まった。

ゆっくり顔を上げる。

「マリー?」

妻は立っていた。病気もなく。記憶も明瞭で。一年前の別れから、そのまま続きが始まったように彼を見ていた。

ジョシュアの目にも涙が浮かんだ。

「マリー……」

彼が手を伸ばした。

マリーはその手を取る代わりに、一歩近づいた。

そして、夫を抱きしめた。

ジョシュアも、強く抱き返した。

その時、マイクとジーンが横から飛び込んだ。

「おじいちゃん!」

ジョシュアは驚いて腕を広げた。

「マイク?」

「僕だよ!」

「大きくなったな」

死者にとっては一瞬でも、マイクには一年があった。

ジョシュアは次にジーンを見た。

「ジーン」

ジーンは祖父を見上げた。

「おじいちゃん」

ジョシュアの表情が止まった。

ジーンは、はっきり言った。

「僕、話せるようになったよ」

ジョシュアの口が開いた。

何も出なかった。

ジーンは少し得意そうに続けた。

「清い言語も話せるよ」

ジョシュアはエリックを見た。マリーを見た。ソフィアを見た。もう一度ジーンを見た。

「何が……」

今度は、彼自身の言葉が止まった。

エリックは泣きながら笑った。

「長い話になる」

ジョシュアは自分の身体を見た。

手。

腕。

果樹園。

空。

家族。

「一年……なんだな」

エリックはうなずいた。

「うん。一年だよ」

聞かされていた数字が、目の前の家族を見て、初めて時間として形を持ったようだった。

一年前には話せなかったジーンが話している。マイクは大きくなっている。病気だったマリーは健康な姿で立っている。ジョシュアは、もう一度家族を見回した。

それから、空を見上げた。西の空は、沈みかけた夕日の金色と橙色に染まっていた。その上には、まだ夏の青が残っている。一年前に閉じた目で、今また見ている空だった。胸いっぱいに息を吸った。

そして、

「ハレルヤ!」

大声だった。鳥が何羽か飛び立った。

エリックは笑った。マリーは泣いた。ソフィアも笑いながら涙を拭った。マイクとジーンは祖父にしがみついたままだった。

「やっぱり言った!」

ジーンが叫んだ。

ジョシュアは意味が分からず、孫を見た。

「何の話だ?」

「みんな、おじいちゃんが言うって言ってた」

ジョシュアは笑った。

「そりゃ言うだろう!」

それから、急にジーンを見た。

「待て」

「なに?」

「おまえ、本当に話してるな」

「だから言ったよ」

ジョシュアはもう一度笑った。

そして今度は、

「ハレルヤーㇵ!」

と言った。

父が何年も大切にしてきた発音だった。

エリックは笑った。

「父さん」

「何だ」

「それ、合ってたよ」

「何が?」

「その発音」

ジョシュアは眉を上げた。

エリックは涙を拭った。

「だから、長い話なんだよ」

父は完全に事情が分からない顔をした。

それでも笑っていた。

一年前には、もう聞けないと思っていた声。

その声が、夕暮れの果樹園を抜け、清められた川の方まで響いていった。

世界各地では、その瞬間にも新しい名前が呼ばれていた。

一人。

また一人。

死によって途切れていた人生が、次々に再開していた。

終わりの日は、まだ終わっていなかった。むしろ最後の局面へ入ろうとしていた。

それでも今、エリックの目の前では、父が笑っていた。


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