プロローグ 七日後
二〇六X年、四月。
午前二時十七分。
アメリカ、ノースカロライナ州アッシュビル。
一人の男が、夢から目を覚ました。
白い衣。
表情の分かる顔。
その背後から広がる淡い光。
そして、頭から離れない一つの言葉。
七日後、最初の幸いが始まる。
男の名は、エリック・ウィルソン。
その時、彼はまだ、それをただの夢だと思おうとしていた。
十一分後。
アイルランド西部では、午前七時二十八分だった。
ノーラ・ケリーは、ベッドの上で目を開けた。
六十二歳。
カーテンの隙間から、朝の光が差し込んでいた。
彼女もしばらく動かなかった。
白い衣。
表情の分かる顔。
その背後から広がる淡い光。
そして、聞いたことのないはずの言葉。
ノーラは枕元のタブレットをつかんだ。
スタイラスを抜き、画面に走り書きした。
白い衣の者。
七日後、清い言語。
今ある言語は失われない。
さらに七日後、知力の回復。
その七日後、身体の回復。
手が止まった。
もう一つ。
これは忘れてはいけない。
あなた一人に告げられたのではない。最初に告げられた者を支えなさい。
ノーラは書いた文章を読み返した。
意味が分からなかった。
最初とは誰なのか。
なぜ自分が、その人を支えるのか。
考える前に、勤務先の地域教育施設の内部窓口へ送信した。
記録された時刻は、午前七時二十八分。
協定世界時(UTC)に直せば、アッシュビルでエリックが目を覚ました十一分後だった。
その時、二人は互いのことを知らなかった。
午前三時三十一分。
ブエノスアイレス。
眠っていた男が、突然目を開けた。
午前八時三十七分。
ヨハネスブルグ。
夜勤から戻り、遮光カーテンを閉めて眠っていた女性が起き上がった。
午後十二時十一分。
ニューデリー。
夜通し働いたあと、午前中から眠っていた男が目を覚ました。
午後一時四十三分。
バンコク。
昼休みに短い仮眠を取っていた女性が、アラームより先に顔を上げた。
午後三時四十五分。
東京。
電車の座席で数分だけ眠っていた男が、突然スマートフォンをつかんだ。
午後四時四十七分。
ブリスベン。
夜の勤務に備えて眠っていた女性が、暗くした部屋の中で目を開けた。
同時ではなかった。
だが、世界規模で見れば、ほとんど同時だった。
夜の睡眠。
夜勤明けの睡眠。
昼休みの仮眠。
移動中の、わずかなうたた寝。
眠っていた事情は違った。
住んでいる国も違った。
年齢も、仕事も、話す言語も違った。
最初の三つの幸いについては、奇妙なほど一致していた。
違っていたのは、それぞれに付け加えられた指示だった。
そして一人だけ、自分が最初だと告げられていた。
白い衣を着た者。
表情の分かる顔。
その背後から広がる淡い光。
十の幸い。
七日後。
清い言語。
その時、誰も全体を知らなかった。
九十六人を結ぶ連絡網もなかった。
世界のどこかに、自分と同じ経験をした者がいることさえ知らない人がほとんどだった。
最初の日に見つかったのは、その一部だけだった。
互いの存在を確認し、証言を集め、記録を照合するには三日かかった。
だが、九十六人が三日かけて夢を見たのではない。
三日かかったのは、九十六人だったと知るまでだった。
後に覚醒時刻をUTCへ換算すると、それらはわずか数十分ほどの範囲に集中していた。
そして、最も早い時刻を申告していた一人がいた。
午前二時十七分。
アッシュビル。
エリック・ウィルソン。
夢の中で、彼はこう告げられていた。
「あなた一人に告げられるのではない。だが、あなたが最初である」
その時のエリックは、まだ信じていなかった。
薬の影響かもしれない。
昨夜の話し合いが夢になっただけかもしれない。
そう考えていた。
それを夢のままで終わらせられる時間は、まだ残っていた。
七日。
世界が答えを知るまで、
あと七日。
七日後、最初の幸いが始まる。




