59 錯綜
東端の桟橋近くの木陰で休んだ後、俺と白川は遠くに見える廃灯台を目指して森の中を進んだ。
「これまでの経緯は大体わかったけど……はっきりした裏付けも無いまま憶測で秋月先生を犯人だと決めつけるのは、ちょっと早過ぎない?」
後ろを歩く白川が声を潜めて言った。
「確かに俺の勝手な思い込みかも知れない。だけど生き残ってる職員が怪しいのは間違いない。とにかく迎えの船が来て安全が確保されるまで、一旦距離をおくのは正解だと思う」
周囲を警戒しながら答えると、白川は隣りに並んで俺の顔を覗き込んだ。
「考え過ぎかも知れないけれど……根本遥はバスに乗り込んでからずっと一の警戒心を煽ってた。意図的な情報を記した自分のメモ帳を一に渡して――職員たちに疑惑の目を向けるように仕向けた可能性だってあるんじゃない?」
「もし秋月先生の証言が本当だったとしたら、話はまた別の展開に変わってくる。……ちょっと訳が分からなくなってきたな」
俺が溜息を吐き出すと、白川はギュッと俺の手を握り締めた。
「いつもの冷静な一に戻るのよ。閉ざされた島の中で危険な状況になって、気持ちが焦っているのは分かるけど、宿舎にいる職員たちはこっちが気を抜かなければ対処できる相手だと思う。
むしろ私は、不安を煽って高みの見物をしようとしている根本遥が許せない。顔を合わせたら……一体何を企んでいるのか、しっかりと問い質してやるわ」
しばらく進むと、宿舎の屋根と木積の外壁が遠巻きに見えてきた。俺と白川は見つからないように身をかがめて様子を窺う。
白川はいつの間にか双眼鏡を首に掛けて、宿舎へ向けピントを合わせていた。
「用意がいいね……?」
「バードウォッチングをするために持って来たのよ。ちょっと例外的な使い方だけど、役に立ってよかったわ」
白川はどこかで聞いたようなセリフを言った。
「宿舎の周囲に動きは無いわ。こちら側の窓にも人影は見えない」
「よし。気づかれないうちに通り抜けよう――」
勢いよく踏み出そうとした時、突然激しい腹痛と吐き気が襲った。滝のような汗が額から滴り落ちて、我慢できずに胃の中のものを吐き出した。
「一! どうしたの?!」
白川がボストンバッグを投げ出して、蹲った俺の背中に手を当てた。
「毒茸の毒を盛られた可能性が高い。本来なら津田先生に診てもらいたいところだけど……」
太い釘で刺されたような痛みに耐えながら呟くと、白川は水筒の蓋に注いだ水を俺の口元に当てた。ゴクリと飲み込むと、僅かに痛みが和らぐような気がした。
「毒茸の毒はタイムラグがあるというわ。津田先生に何か……飲まされた?」
痛みに怯えながらゆっくりと息を吐き出して白川の問いに答える。
「勧められた缶コーヒーを何度か飲んだ。だけど毒が盛られていたかどうか……確証は無い」
「津田先生が一の症状を見越して……待ち伏せしている可能性もある――という訳ね。下痢の方は大丈夫? 私の事は気にしないで。毒を早めに出し切った方がいいわ」
脂汗をかいている俺に、白川は涼しい顔で言った。
俺は白川の介助を受けながら何度か嘔吐と排便を繰り返し、満身創痍の状態で廃灯台に辿り着く。
展望デッキに目を向けると、根本遥が茶色みがかった髪を靡かせながら――ボロボロの双眼鏡を、じっと宿舎の方角に向けていた。




