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村月李冴2

 私と違って、李冴(りさえ)は昔から明朗快活な性格だった。まるで、私の元気をすべて妹が吸い取ってしまったかのように。

「――というわけだからさー、家にはおねーちゃんからもゆっといてよ。来月には帰るって」

 妹がGWに忙しいのはいまに始まったことではない。高校生の頃からコスプレを始めて、盆暮れを中心とした連休はそのイベントとやらに参加するとかで家族旅行すらままならなかったのだから。

 なので、後ろ倒しになるのが通例だったけど、今年は連休が明けてもまだ実家に帰れないと言う。何かあったのでは、と母が心配するのも無理はない。

 ということで、家族間グループチャットで協議した結果、姉である私がとりあえず様子を見に来ることになったのだった。この、東京・新歌舞伎町まで。そして、こうして喫茶店で現状報告を受けている。

 しかしまー……渋谷や六本木のような街でなくてまだ助かった。ここは、何というか……賑やかな中にも、ここにはどことなく後ろ暗さがある。私は人がいっぱいいるところは好きじゃないし、目立つことも嫌いだけれど――この街を漂ういい意味での無関心さ、というか。人は密集しているけれど、誰もが誰もに関心を持ってはならない、という恐ろしさがあるというか。

 だからこそ。

「――というわけで、今月いっぱいはこのカッコで生活しなきゃいけなくて」

 この恐ろしい街で、そんな格好で――しかも一ヶ月間――? だが、妹に恐れる様子はない。平然とコーヒーを啜っている。

「ところでおねーちゃん大丈夫?」

「うん?」

「私がこのカッコなの」

 この格好……ねぇ……。実のところ、お互い向かい合って座っているので、机の陰に隠れて上半身しか見えない。少なくともいまは。妹の方が先に店に着いていたので、テーブルから下がどうなっているか詳しくは知らない。

 慣れない街の慣れない店だったが、妹曰く『来ればすぐにわかるから』――確かにすぐわかった。妹は窓際の席に座っていたし。その格好で。ショーウィンドウの向こう側で全裸の女が座っていたらさすがにビビるわ。最初は見なかったことにして早足で通り過ぎようとしたけど、どう見ても妹本人以外の何者でもなかったので――先ずは正気を確認することにしたのだった。

 話してみると、李冴はいつも通りの平常運転そのもの。店員も何食わぬ顔でコーヒーを注いでいくので、何となくこっちも慣れてきた。

 なので。

「……いまの李冴より大丈夫じゃないことなんて何もないと思うけど」

 そんな皮肉めいたことを口にしてみる。

「そりゃそーか」

 楽しそうに笑う妹。しかし。

「……そんな私と一緒にお茶してて、おねーちゃんは大丈夫かなー、って」

 そんな念押しに、むしろ私は安心した。妹は気が狂ったわけではなく――正気のまま、狂気じみたこの企画に興じているのだと。

『一ヶ月間全裸生活』――妹が所属するアイドルユニット――“ストリップ”アイドルユニット、だったか――その劇場から、一ヶ月間全裸で生活しなさい、と言われているらしい。それも、部屋にこもったり創意工夫で乗り切るのではなく、なるべく普段と同じように過ごし、そこで起きたハプニングなんかをトークのネタにするとか。はっきりいって常軌を逸している。というか、警察沙汰待ったなしだ。

 ――と驚愕したものの、この街では不思議な非常識が横行しているらしい。実際、この店でも一切咎められることはないし――なんと、女子が全裸で徘徊していても、警察が動くことはないようだ。……まあ実際、こんな街に対して風紀が乱れるー、なんていまさら過ぎて非難する人もいないだろうけど。

 ゆえに。

「本人が大丈夫なら、私も大丈夫だよ」

 こっちとしては怒られたり、それに巻き込まれないようなら良しとしよう。

「へぇ、強いねぇ」

「李冴ほどじゃないけど」

 全裸の同席者より、全裸本人の方がヤバイに決まっている。いくら警察から看過されてるといっても限度はあるだろうし。しかも、よりにもよって窓際の席だし。李冴自身は大丈夫だとしても――この街に慣れている人も大丈夫だとしても――週末ともなれば様々な人が行き交う。何も事情を知らない人も。こっちに気づいてギョッとして目を逸らす人が続出中であり――多分、私が気づきやすいようこの席を選んだのだろうけど――だと思うけれど――だとしたら余計な負担をかけちゃったかも。

 外を眺める私に釣られてか、李冴もふいに視線を向ける。すると……どうやら、通行人と目が合ったらしい。そんな相手に軽く手を振ったりして。ストリッパーとはいえアイドル――そんな李冴の言葉を改めて思い出す。見られることに対して抵抗はないらしい。

 だからこそ思う。

「ストリッパーになれて良かったのかもね」

「うんっ」

 李冴もその仕事に誇りを持っているようで、力強く相槌を返す。実家にいた頃はよく相談されたものねぇ……。どうすれば胸が大きくなるのかと。部屋にはセクシー系のキャラのアニメポスターも貼ってたし、ああいう体型に憧れていたのだろう。憧れすぎていたといってもいい。

 それもようやく落ち着いたようだ。ストリップ劇場ともなれば、様々な好みの観客が来るのだろう。中には李冴のような胸が好きな男性もいるはずだ。

 ――と思ったが。

「胸は見られるほどに育つっていうからね!」

 そっちかい! と私は心の中でツッコむ。まだ豊胸を諦めていなかったとは。私の目から見てもそちらの成果はあまり出ていないようなのだけど……まあ、本人さえ良ければいいんでしょ。実生活に支障を来さなければ。

「ところで、大学はどうしてるの」

「いや、行ってるってば」

 それは着席して早々の世間話の中で聞いたけど。

「じゃなくて、今月」

 この街の中ならともかく、外ではそうはいくまい。

 という懸念を李冴は吹っ飛ばす。

「だから、行ってるよ。フツーに」

「ハァ?」

 ま、まさか……全裸で……?

 質問の意図を妹はようやく理解したらしい。

「構内はなるべく人通りのない講義中の時間帯に移動するようにとか何とか」

 あー……もう四年目だから講義で教室を渡り歩く必要がないからかー……。とはいえ……う、うーん……学校側がいいっていってるのなら私が口を挟むことはないんだろうけど……。

 むしろ、大学まで専用の車で送り迎えなので快適だと本人は言うが。

「てか、大学で襲われたりしない?」

 さすがに全裸でうろついてたら擁護のしようもなさそうだけど。

「ま、一周回ってね」

 そりゃ、男子どころか女子だってビビって近づかないか。と、ちょっと納得しそうになったけど。

「外ではともかく、研究室では一緒に過ごすんでしょ?」

 教授は年齢的に枯れてたとしても、若い男子大学生には目に毒では。

「うーん、そこはまー、みんな事情知ってるし」

「へぇ」

 意外と紳士な研究員たちらしい。

 というわけではなく。

「シンカブの住人を敵に回すと怖いからねぇ」

 脅迫だった。

 そのうえ。

「ちゃんと合意の上でだよー」

 あー……さすが李冴というべきか。彼氏がいた気配は長らくなかったけど、ワンナイトであれば何度かあったみたいだし。……まあ、そういうことに抵抗があるなら最初からストリッパーになってないか。プロとして活動しているのだから、むしろしっかりした部分もありそうだ。

 これまで――ストリッパーとして劇場に出ているところまでは聞いていたけれど。興味もさほどなかったし、わざわざ観に行くほどのものでもないと思っていたけれど――実際、いまも観たいとは思わないけれど――だからこそ踏み込むことがなく、よくわからないブラックボックスになっていたのも事実だ。

 だからこそ、今日は会いに来て良かったと思う。実家に帰ってきた李冴は実家での顔になってるから。新歌舞伎町での顔は、こうして新歌舞伎町に赴かなければ見えないし。実際、全裸生活のことまでは知らなかった。まあ、バレたところで劇場に怒鳴り込むような両親ではないけれど……バレるまでは隠しておいた方がいいだろう。私だって、店内の誰もが李冴の姿を受け入れてくれてることに、未だ違和感を禁じ得ないのだから。とてもじゃないけど、自信を持って大丈夫なのだと説得なんてできようもない。李冴って、色々楽天的なところがあるからなぁ。


       ***


 そんなわけで――李冴は元気にやっているし、来月には顔を見せるから問題ない……と親には伝えておこう。さすがに全裸で新歌舞伎町の街を出歩いてることは……私から言うことじゃない。

「駅まで送れなくてごめんねー」

 新歌舞伎町のアーチの下まででも十分すぎるんだけど。目の前は車が列を成す新宿通り。そんなところで全裸ってのは……ここまでうっかり馴染んでしまいそうだったが、人々の奇異の目が私に常識を思い出させてくれる。

 そんな私に。

「おねーちゃん、大丈夫?」

「何をいまさら」

 むしろ、李冴が冷えてないか心配なくらいだ。

 が、妹が気にしているのは自分の格好というより。

「んー、でも、外に出ると目立っちゃうから」

 それは――ああ、確かに、私は妹と違って注目を浴びるのが苦手である。こうして全裸の女子を連れているから――まあ、見るわな、やっぱり。みんな妹の方を見ればいいのに、中には私の方が気になる人もいるみたいで、流れ弾みたいな視線も飛んでくる。

 けど。

「それも……少しは慣れたかな」

 思えば、喫茶店のときからずっと見られてたし。妹のついで、って感じだったけど。それでも、いままでなら結構しんどかったかもしれない。ただ、それどころじゃないヤバさの李冴と比べたら……うん、さすがに大丈夫かな、という気がしてくる。

 という意味だったのだけど。

「だったらさ」

 シンカブゲートの下で別れ際に、妹は。

「今度はおねーちゃんも一緒に脱がない?」

 ……はは、それは遠慮しておくよ。例え、警察に捕まらない保証があったとしても――私は李冴のようにスレンダーじゃないから。


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