強さ
「さて、水連よ」
「はい、なんでしょう?」
「とりあえずお前は今日、この我が家の修理をしろ」
「な、なんですって――――!」
ムンクの叫びのように、ヘルメット頭の両頬部分に手を当てる水連。
そんな水連に、ジンタは冷めきった目を向ける。
「あのな、お前のせいでイヨリが暴走したんだぞ。そしてイヨリはこうしてみんなの朝食を作って食べさせて、今は洗濯までしているんだ。家の修理ぐらいはおまえがやるべきだろう?」
居間は完全崩壊、隣の部屋にまで被害を及ぼしたイヨリの暴走も、なぜか台所だけは無傷だった。
無意識的に自分の居場所である、大事な場所を避けたのかも知れない。
結果、昨日の出来事と色々な感情、そのすべてを清々しいぐらいすっきりとさせた様子で、イヨリはにこにこと全員分の朝食を作り、今は洗濯物を干している。
「むむむ、そうですか……。それでは仕方ありません。もっともこれ位の修理ならば私にとっては朝飯前と言った感じですが!」
はっはっはっ、と高笑いをする水連に向け、あーちゃんがとことこ近づき、
「すいれん? 朝ご飯もう食べたよ? もうお腹空いた?」
困った顔で首を傾げた。
「いや、朝飯前というのは別に本当にそういう意味ではなく……」
高笑いを止めた水連が、困ったようにヘルメットの頭を掻く。
「さて、水連が家の修理をしている間どうするかな……」
ちゃんと修理を始めた水連を見て、ジンタ呟いた。
「じゃあジンさん、わたし達と一緒に街に行こうよ!」
「ジンさ、行こうよ~。お菓子買おうよ~」
目を輝かせているミリアとあーちゃんの二人の目当ては、どうもお菓子らしい……。
「いいけど、俺お金持ってないぞ?」
「「ええ~~~~」」
悲しい顔を二人にされた。
「それならジンタ、お前ちょっとおれに付き合え」
うな垂れる二人に苦笑していたジンタを、今度はミトが誘ってきた。
「いいけど、どこに?」
「すぐそこだよ、ちょっとおれと稽古をしようぜ」
いつもより真顔のミトに、ジンタは快く頷いた。
「ああ、じゃあちょっと手合わせお願いするよ」
※※※※※※※※
武器であるフォースソード、そして鎧を着てジンタが我が家から少し離れたいつもの稽古場所に行くと、そこには今家を修理している水連以外のみんながいた。
「あ、あれ、みんなどうしたんだよ?」
「ちょうど手が空いたので、少し見学に」
「部屋の中で本ばかりを読もうとするロンシャン様を少し外に連れ出す口実に来てみただけですわ」
「俺っちは昼寝をしに来たついでだ」
それぞれが一応の理由を口にする。
そんなみんなの中心にミトがいた。
「お待たせ」
「いやいやそんな待ってもないぜ」
「そうか」
「おれの方は準備出来てるけど、ジンタはもういいか?」
「ああ、もう出来てる」
「じゃあ、早速始めるか」
鼻を擦るミト。
ジンタが構えると、ミトも獣人化し、下半身を真っ白なうさぎのようにさせる。
「あれ? ミト脛当てしたのか?」
ミトの脚、その脛部分に真っ赤な脛当てが装着されていた。
「コレか? これはあの倒したドラゴンの牙と鱗から作ったやつだ。武器屋のおやじがおれ達全員分を、それぞれのために作ってくれてるぜ。きっとジンタのもあるはずだぞ」
「そうなのか? じゃあ後で取りに行かないと」
ぷらぷらと脛当てを見せるように振っているミトを、羨ましげに見つめていたジンタが嬉しそうに言う。
「さってそれは後で、だ」
振っていた足を止め、ミトがすっと目を細める。
「いくぜ」
言うと同時にミトの姿がブレる。
ッガシン!
揺らりとした動きで、ジンタはフォースソードを逆手に持ち変えた。
そこにミトの蹴りが当たる。
ッガッガッガ!
現れては消えをくり返し、その都度攻撃を繰り出すミトに対し、ジンタはそのすべてを一歩も動かず防いでいく。
四撃、五撃、六撃、さらに繰り出されるミトの攻撃が徐々に徐々に間隔を詰め、激しい音を響かせ勢いを増していく。
ここまで攻めるミトに対し守るだけのジンタだったが、ついに攻撃に転じる。
大剣であるフォースソードをさっきまでのゆらりとした動きから一変、力強く動かし構え、一瞬の攻撃の合間を突いて、横にチカラを込めて薙いだ。
つむじ風が巻き起こるんじゃなかろうかという風切り音と突風。
そして、一瞬遅れて十歩ほど離れた位置にミトが現れる。
睨み合う中、ジンタはゆっくりと大剣を正中に構え直す。
「ふぅ~~~~~っ」
これから、そう思っていたジンタだったが、ミトはすべてを吐き出すほどの深い溜息と同時に獣人化を解き、張り詰めていた空気を一気に弛ませた。
「お? どうした?」
拍子抜けしたようにジンタが聞くと、
「悪いけどもう終わりにしようぜ」
くるりと背を向けたミトが、あっさりと言った。
「え?」
面を喰らったようなジンタ。
どうもミトの反応がおかしいと思いながらもジンタが周りを見ると、全員がジンタに向ける目を鋭くさせて、まるで睨んでいるような感じだった。
「え?」
あまりの状況にたじろぐ。
ゴクリとツバを飲み、ゆっくりみんなを見てジンタは口を開く。
「えっと、なんかみんな恐い顔してるん、だけど…………」
尻窄みしながら言った言葉に、反応する声が返ってこない。
視線に晒され、なんとも居心地が悪くなり、ジンタは輪を作るみんなの外に出ようと、後ろに下がろうと歩き始めたとき、
「ジンタ!」
背を向けたままのミトが声を大にして呼び止めた。
「は、はい!」
下げた片足を勢いよく戻し、敬礼よろしくなほどビッと姿勢を正しジンタは返事した。
「お前、この一年寝るとき以外のほとんどを剣の稽古に費やしたって言ってたよな?」
背を向けたままのミト。
「そ、そうだけど」
その時のことを思い出すだけで、気が滅入ってくる。
「その稽古を付けてくれていたのが、昨日お前に向かって殺気を放ったあのラーナと同じような格好した奴なんだよな?」
「あ、ああ、シリルって言って、隣に居たマスターであるマリーの『召喚されし者』だけど……」
「お前さ、あの時あいつの放った殺気を受けても、あんまり動じなかったよな?」
「え? そりゃあ、あれ位の殺気ならいつも稽古で……」
ジンタは分からないとばかりに首を捻る。
「やっぱそうか……」
声のトーンを落としたミトが納得したように頷く。
「ジンタ、お前はさ、この一年で――」
「うん?」
なぜ、そこでミトが言い淀むのかさっぱり分からないが、とりあえずジンタは相づちを打った。
「お前はこの一年ですげえ強くなったんだよ」
「え?」
まったく想像してなかった言葉に、ジンタは呆気にとられた。
「お前は、まだそのことをまったく自覚してないんだろうけどさ、さっきの稽古、あれな、おれは結構本気でやったんだぜ」
「え?」
まだ肩慣らし程度のつもりでいたジンタは心の底から驚いた。
「今のお前からすればまだまだ序の口だったんだろ?」
「あ、いや、それは……」
どう答えていいのか困り果てるジンタのその迷ったような曖昧な言い回しが答えとばかりに、ミトが振り返り俯きながら頭をボリボリと掻いた。
「まったく参っちまうよな。お前のことを心配してよ、それでもおれだって稽古はしてたんだぜ? それなのに、そんな心配していたおれよりずっと弱えと思ってたお前に、こうもあっさり追いつかれて――――、いや、追い越されているなんてよ」
ミトのだらりと下げた片手の拳が震えるほど強く握り締められる。
「悪いけどジンタ。おれはしばらくお前とは稽古出来ねえ。おれは別の場所で、今からお前以上に稽古をする。お前に追い越されたままでいるのは正直納得出来ねえから。せめて追いついて見せるからよ!」
バッと頭を上げたミトは引き攣りながらもニッと笑顔を見せた。
そしてすぐにジンタへ背を向け歩き出した。
歩き出したミトの元に、雪目と水音も付き添っていく。
「ロンシャン様、申し訳ありませんが――――」
「うん、僕の事は気にせずに行って来るといいよ」
ミト達を見送っていると、そんなやり取りが聞こえた。
見れば、リカとラーナとリゼットがミト達とは別の方向にジンタに背を向けて歩き始めていた。
「さって、おれっち達も行くか」
「そうだすね」
「ベ、ベンジャミン、す、少し行ってくるのでお留守番お願いしますね」
「うん、大丈夫だから行って来るといいわ」
同じく松竹梅の三人も別の方向へ背を向けて歩き出していた。
「みんな一体……」
まだどこか納得出来ないでいたジンタの口からつい漏れた言葉だったが、
「ジンタさんは、どうも強くなりすぎたみたいですね」
隣に立ったイヨリが答えた。
「俺が? 強く?」
自覚のないジンタが困ったように顔を顰める。
一度だって、シリル相手にまともに一本とれなかったジンタ。
そんな自分のことを強いと言われても、やっぱり実感が追いつかない。
「ジンさ、あーちゃんと稽古しよ」
ジンタの前に立ちあーちゃんが獣人化する。
「あーちゃん……」
ジンタが見たことないような真面目な目を向けてくるあーちゃん。
「あーちゃんもジンさより強くなりたいよ、だから稽古しよ」
やる気が構えから漲ってくる。
「あーちゃんの次は私にもお願いします」
邪魔にならないよう、ジンタから離れていくイヨリからもそう言われた。
そうして始まった家族だけでの稽古。
「ミリアちゃん、エルちゃん、ベンジャミン、僕達はどこか別の場所に行ってよう」
「そうだね」
「はいですわ」
頷く、ミリアとベンジャミン。
エルファスは俯いている。
「エルちゃん?」
ミリアがエルファスを覗き込む。
「あ、あの、私ね、本当はミトと一緒に稽古する予定だったんだけど……、なんかミト達が行くとき、乗り遅れちゃって……。どうしたらいいかな?」
現状のミトのしごきから逃れた嬉しさと、その後のミトの対応に色々な感情を顔に滲ませる、年頃のエルファス。
「あ、ああ……、どうなるんだろうね……」
「そ、そうですわね……確かにミトさん達はそのまま行ってしまったようですし……」
「エルちゃん、いざとなったらわたしも一緒に謝るよっ!」
そんな会話をしながら四人のマスターはまだ修理中の我が家、その中の無事だった部屋へと消えていった。
そして、そんなやり取りをしていたジンタ達みんなを、修理の手を休めることなく見聞きしていたアンドロイドの水連。
「これはこれは、かなり面白そう――いえいえ、いい傾向ですね。こうなれば、私も少し手を貸してあげますか」
と、水連はマスクの下で嬉しそうに笑んだ。




