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歪み

 夏の長い日が沈み、夜の帳が辺りを包んでも、一年ぶりに帰った我が家には笑いが広がっていた。


「いや、ほんっっっとおれは、お前が帰ってくるって信じてたんだぜ、な、エルファス」

「はいはいそうね、ミトは信じてたよね」

「おれっちだって信じてたぜ、な、ベンジャミン」

「はいはいですわ。松も信じていましたわね」

「私もそうでしてよ。そうですよねロンシャン様」

「そうだねリカ」


 もう何度も、いや何十度もくり返される言葉のやり取りに、ジンタも笑みを返す。


「ジンさん、これおいしいよ」

「ジンさ、これもだぉ~~」

「これもおいしいぞ」


 食いしん坊のはずの三人が、嫌な顔をせずに食べ物を手渡してくるやや異様な光景にも、つい頬が緩んでしまう。


「飲み物ないですね。すぐ持って来ますね」

「お、お手伝いします」

「わっちも手伝うだ」


 四つの家族が座っても、まだ余裕がある大きなテーブルには、所狭しと料理や飲み物が並べられていた。


 ジンタの前のジョッキは、空けばすぐに誰かが次を差し出してくれるほど気前良い状況だった。


 もう何杯飲んだか覚えていないビール。その酔いのせいもあるだろう、しかし何よりみんなの笑っている顔、楽しそうな姿を見ていると、本当に自分がここに帰ってきたんだと実感出来た。


 些細なことに笑みがこぼれる。

 一年ぶりなのに、あの頃と同じようにみんなと話が出来て、そして弾む。


 楽しい宴の時間は、夕刻頃から始まっている。なのに誰も退席せずに、こうしていまだに続いている。


「ジンタさんがやっと帰って来たんですね、私の元へ」

「いやいや雪目殿、ジンタ殿は私を踏むために戻ってきたんですよ」

「私も帰ってくるって信じてました~」


 言い合う雪目とラーナの二人を巻き添えにして、酔った水音が二人に倒れ込む。


 みんがそれに大笑いする。


 そんな光景を、そして一緒に居たい家族や仲間との楽しい時間が、このまま永遠に続くことを疑わなかった。


 ジョッキの中のビールを飲み干し、深く頭を下げたジンタ。


 つい嬉しさに涙が溢れる。


 ここに来てやっと実感が追いついてきた。

 帰って来れたと、心の底から思えてくる。


 ふ~~と吐き出した吐息は酒臭かった。


 しかし、全然嫌な感じはしない、最高な気分だった。


 もう一度酒臭い息を吐いて、ジンタは微笑みながら頭を上げた。


「…………あ、あれ?」


 口角をつり上げたまま、ジンタは首を傾げた。


 今まで笑い合い談笑し合っていた和やかでほんわかした雰囲気が一転、なぜか全員ジンタを見下ろしていた。


「えっ……と?」


 反対側にもう一度首を傾げたジンタに、ミトが冷めた目を向けながら言う。


「まあなんだな。おれたち全員、ジンタ、お前が帰ってきたことを本当に嬉しく思っている」


 そこで、いったんミトの言葉が止まる。

 ジンタを見る全員も、それに同意するように一度大きく頷いた。


「しかし、だ。この一年、全然連絡もよこさない。どうしているのかも分からない。すっげえ心配もしたし、色々とやり切れない思いも当然してきた。いやむしろそっちの方が大きかった!」


 力説し、バンッとテーブルと叩き、胸前で拳を握るミト。

 全員がそれに対して激しく同意するように深く大きく頷く。

 さっきまでの笑みが全くない。

 むしろ恨んでいるように睨んでくる。


「で、だ。つまりだなジンタ」

「はい?」


 ずいっとテーブルの対面側から、顔を近づけてくるミトにジンタは返事をして姿勢を正す。


「とりあえず、お前が帰ったことの嬉しさや喜びは今までの宴会で終わりだ。これからは今まで心配かけた件や、何をやっていたのかを色々聞く!」


 もう一度ダンッとミトがテーブルを叩くと、周りの全員が席を立ち一斉にテーブルに置かれた食べ物の乗った皿や飲み物を台所へと運んでいった。


 そしてジンタの前に置かれていたビールの入ったジョッキも持って行かれ、代わりに水の入ったカップだけが置かれた。


 あ、ああ……。なんか俺の幸せな時間が、今終わったんだ……。


 やっと、場の流れを理解したジンタは、さっきまでの至福の時間に激しく後ろ髪を引かれながら、重い溜息を吐いてガックリと肩を落とした。




           ※※※※※※※※




 和気あいあいとした宴会ムードが一変して、尋問モードへとなった我が家の居間でジンタは聞かれたことに対し、一つ一つ分かる範囲で説明をした。


「それってつまり、ジンタさんはあの爆発の時に、この第二階層から第四階層まで飛んでいってしまったと?」


 みんなと別れることになったドラゴン討伐後の大爆発から、今日この場に戻って来るまでの話をし終わり、目の前に唯一置かれていたカップの水を一口飲んでいるジンタに、それまで黙って聞いていたロンシャンが興味深げに目を輝かせ聞いてくる。


「そう、なるのかな。ただ戻って来るとき、一応目隠しされていただけって俺が認識しているだけで、実際はもっと、こう、幻術? 的な何かで俺にそう思わせていただけかも知れないから、あまり正確かどうかは俺にも分からないけど」


「でもよ、もしジンタの言うことが間違えじゃなければ、このリリフォリアは少なくとも後二階層は上があるってことだろ?」


「そうだな、でも時々話をしているのが聞こえてたんだけど、それでは『上』って言葉が時々使われていたから、少なくとも俺の見立て通りならまだ三階層分は上があるのかもな」


「三階層分……ですか……」


 自分に言い止めるように呟き、ロンシャンは考え込みだした。


「で、お前がこの一年、おそらく第四階層に居たと言うのは分かった。それで、だ。おれが一番気になったのは……」


 ミトが見つめる先はみんなが座る場所ではなく、部屋の端に置かれたジンタの鎧と剣だった。


「お前の持っていたあれって、どう見てもすげえ重そうだけどよ。今日の戦いでお前はあれを軽々と振り回していたよな?」


「ああ、あれは『浮遊石』を使って作られている剣と鎧だからだよ」


 尋問中でありながらも、ジンタは待ってましたとばかりに口を開いた。


「『浮遊石』を?」


「そうそう、それのお陰で俺はあれを軽々と使いこなしているように見えるんだ」


「それって、私やロンシャンやベンジャミンでも扱えるってことですか?」


 エルファスの問いの中に一人入っていないマスターがいるが、それは言わんと知れたミリアだ。

 ミリアだけは、『エターナル』である膨大な魔力が『浮遊石』に魔力を与え続けてしまい暴走状態にしてしまう。

 まあ、つまるところミリアが触れれば、とんでもない勢いで浮力が働き、天井などがない場所だとどこまでも空に飛んでいくのか分からないのだ。


「そうなるかな。それに剣の方はちょっとした特別な機能があるんだ」


「特別な機能?」


「ああ」


 返事しながら、ジンタはフォースソードをとりに行く。


「これは、フォースソードと言って、この状態では一本の剣だけど、こうすると四つの剣になるんだ」


 言いながら、ジンタは剣を分解していく。


「「「おぉ~~~~」」」


 分解し床の上に置いた武器を見にエルファスが来る。

 そして、やはりみんな興味があるのか、やってきて一つ一つを手に取った。

 中でも、一番興味津々な顔をしていじっていたのはあーちゃんだった。


「そっちにある丸い、円形の刀身をした剣二つはシールドソード、そしてこっちのが両手剣が二つに割れて、二刀用の剣に変わるんだ」


「ほほ~~、それはバリエショーンが豊富ですね」


 武器を扱うと言う意味で同じような視点を持つラーナが、感心したように武器を手に頷く。


「確かに、分解した状態なら重さ的には私でも十分持てるぐらいですね」


「わ、わたしでも、一つ一つなら十分持てます」


「わっちでも大丈夫だす……」


「私は魔力を放出すると、まるで鳥の羽のように軽く感じるわ」


「私も、魔力を通せば十分扱えそうですわ」


 それぞれが手に持ち、どんな感じか確認し、それぞれに感想を述べていった。


「これを考案した持ち主から直接確認したわけではないけど、きっとこれは俺一人で扱う武器ではないと思うんだ」


「なんだな、これはみんなに使ってもらうための武器ってことか?」


 足技メインの手で持つ武器を扱わないミトが、悔しいような残念なような何とも言えない表情をする。


「まあ、ミトにはあまり関係ないだろうけど、武器を扱う者にとってはこれもあると思えれば、少しぐらいは戦術の幅が広がるかも知れないって認識する程度かな」


「なるほどなぁ~」


 それでも渋々と納得してくれた。


「それでジンタさん、他にはないんですか?」


 すべてを見通すような目(疑うような目)で見つめながら、イヨリが言ってくる。


「え? 他? …………」


 小首を傾げ、他に何かあるかな? と考え始めたジンタの頭の中に、どす黒い黒歴史とも言える人物の顔が思い浮かんだ。


「…………い、いや、他には……、何も……」


 頭の中の人物を消そうと躍起になりつつ、そう答えるが、


「ジンさん、すごい汗かいてるよ?」


「かいてるよ~~」


 ミリアと、この一年で呂律がしっかりしてきた、一番成長したあーちゃんに言われた。


「何か隠してますよね?」


 笑みを浮かべたまま、ずいっと顔を寄せてくるイヨリに思わず目を逸らしてしまう。


「「「「「…………………………」」」」」


 如何にも隠してますよね? って雰囲気が辺りの空気を漂う。


 それが数十秒経って、ジンタは諦めた。


「あ、あ~~。これは別にだな、隠そうとして隠しているつもりじゃなくて、本当に何というか、俺も忘れたいというか、絶対会わせたくないというか、もう喚ばないというか、喚ぶ気がないというか…………ん?」


 ジンタが頭の中でどう説明しようか必死に悩み、ふと頭を上げると全員があ然というかぽかーんというか、そんな顔をしていた。


「え、えっと……?」


 全員の顔色の異常さに、ジンタの方がどうしたの? と尋ねるように首を傾げると、


「いや、ジンタ、お前、その後ろのそれ、一体何なんだ?」


 引き攣った顔で、ミトがジンタの右側を指差す。


「それ?」


 訳が分からずジンタもミトの指差す右側を見た。


 …………………………驚いた。


 思わず、息をするのを忘れるほど驚いた。


 苦しくなって息を吐き出し、荒く息継ぎをしながらジンタが声を発した。


「なんだ、これっ!」


「「「「「いや、聞いてるのはこっちだから」」」」」


 周りの全員に異口同音で言われた。


 それは異常な光景だった。


 まるで中空に透明なサランラップを広げ、そこを透明な何かが押したり引っ張ったりしているような、そんな光景なのだ。


「ちょ、ちょっとほんとなんだこれ?」


 もう一度そう言って、ジンタはミトの隣まで後退った。


「いや、だから、そもそもそれおれ達が聞いてるから」


 ミトの隣に行ったのに、ミトに盾にされるジンタ。


「す、すごい光景だね」

「ダメですわ。ロンシャン様」


 興味津々にその光景を見て、近づこうとするロンシャンをリカが止める。


「あなた達もダメですっ!」


 興味本位に目を輝かせ、指をわきゃわきゃさせていたミリアとあーちゃんをイヨリが小脇に抱える。


「それより、本当にこれは一体何なんでしょう?」


 雪目がとりあえずとばかりに、右手人差し指でサランラップの伸びたような縮んだような歪みの場所をつんつんとした。


 おぉ~~と全員が、雪目の行動に色々な感情を込めた声を上げる。


「どんな感じ、雪目?」


 エルファスが尋ねると、


「そうですねぇ、何というかぷにぷにした感じ、でしょうか?」


「「「「「ぷにぷに?」」」」」


 また全員の声が揃った。


「はい、例えるならこんな感じです」


 雪目はおもむろに水音の大きな胸にぷにっと指でつついた。


「「「お、おぉ~~~~」」」


 改めて感嘆の声が上がる。

 その光景を凝視していたごく一部の者から。


 名を上げるならば、エルファス、ミリア、あーちゃん、そしてジンタの四人だった。それ以外のメンバーからは、なぜかジンタだけにジト目が向けられた。


「あ、えっと、なんだ」


 ジト目を向けてくるみんなの体裁をとるために、ジンタは何かを言おうとしたが、つい目だけが水音の胸の感触に似ているという空間の歪みに向いてしまった。


 そして気付いた。


 ジンタの頭は一気に酔いから覚めた。


 全員から向けられる蔑みに近い視線さえも忘れ、ジンタは即座に四つへと分解したまま置かれていたフォースソードの中心である二本のバスタードソードタイプをくっつけ、大剣の形へと変えて、歪んだ空間に構えを向けた。


「ジンタさんっ⁈」

「お、おいっ⁈」

「な、なんですの⁈」

「なんだなんだ⁈」


 ジンタの動きに反応した、イヨリ、ミト、リカ、松の四人が、即座にマスター達を背に隠す。


 他のメンバーもジンタの対応とその表情を見て、これがおかしな状況であることを察し、それぞれに歪みを囲み、警戒を強めた。


「あ、あのそれでジンタさんこれは?」


 視線は歪みに向けたまま、イヨリが全員を代表し尋ねてきた。


 ジンタは逡巡し、少し間をあけてからゆっくりと言葉を選んで話し始めた。


「もしこれが俺の推測通りの奴なら、こっちに出しちゃまずい奴だ」


「おい、それってどういう意味だ」


 獣人化して構えるミトが先を促す。


「俺がこの一年、修行している間にいくつかの可能性についての実験もやったんだ」


「可能性? 実験?」


 ロンシャンが興味深げに目を輝かせる。


「そう、俺が獣人化出来ないこと、そしてマスターであるエルフと同じ魔法を扱えること、それならもしかしたらアレも出来るんじゃないかって考えたやつがいて……」


「アレとは、一体何をなんですの?」


 リカが焦れたように催促する。


「『召喚の儀』を、だ」


「「「「「「「「えっ!」」」」」」」」


 一瞬にして全員の目が歪みからジンタに向いた。


「そ、それで、成功したんですか?」


 ここまで聞くと、驚きよりも好奇心が先に立ったのだろうロンシャンが促してくる。


 ジンタはもう一度、今度はどう説明しようか、言うべきか言わないべきか悩み、黙った。


「ジンタさん、ここまで来たら隠し事はなしですよ」


 踏み出せずに悩むジンタの背中をイヨリが押す。


 それでいくらか踏ん切りが付いた。


 一度だけ深呼吸し、ジンタは口を動かす。


「成功と言えば成功だった」


「「「「「「「「おぉ~~~~」」」」」」」」


 部屋中に響く感嘆の声。


「じゃあ、じゃあジンタさんも私達同様に『召喚されし者』である家族を持っているということですか?」


 エルファスの興奮する声、そして全員の興味津々の目にジンタは苦笑した。


「一応、そういうことになるんだろうけど……。俺はそいつを騙して俺の前から追い払ったんだ」


「なぜですの?」


 興奮しているのだろうベンジャミンが自分の髪である縦巻きロールを目一杯に下に引っ張りながらふんふんと鼻を鳴らす。


「あ~~、えっと、それは……」


 言うとは決めていても、それでもやはり躊躇ってしまう。


『それはマスターの愛玩具であることの、この私がお教えしましょう』


 言い淀むジンタとは別に、まるで部屋の中全体の空気を振動させて声というよりは音を出す者がいた。


「誰だッ!」

「誰っ⁉」


 聞いたことのない振動(声音)に全員が警戒を強くする。


『私です!!!』


 言い切る振動(声音)。


「だから、どこだっ!」


 短気なミトの叫びに、


『ここですっ! ちょっと皆さんこれ引っ剥がして下さいっ』


 振動(声音)は必死に言っている。


「ここって、この歪み、ですかね?」


 振動のたびに、色々と動きを見せる歪み、しかもその歪みの範囲はかなり広がり、もう人の形をかたどっていた。


 ばたつくその姿は、女性の形。


「えっと、ジンタさん。どうも彼女はそう言ってるようですけど?」


 イヨリの鋭い視線。


「いや、ダメだ。こいつは色々と問題ある奴だから」


 しかし、そんなイヨリの鋭い視線も、今の必死すぎるジンタには届かない。


「一体何が、そんなに問題なのジンさん?」


 イヨリの後ろからヒョッコリ顔を出してミリア。


「そ、それは……」


「ジンさん、何が問題なのぉ~~」


 ミリアの下側からあ―ちゃんも顔を出す。


「だ、だから……」


「ジンタしっかり言え」


 さらにリゼットまで顔を出した。


「ぐっ…………」


 ここまで言われても言い出せないジンタに代わり、玄関の扉が大きく開け放たれ、


「それは私が説明しましょう」


 振動に似た声がした。

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