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【相愛・二人の物語】  作者: motomaru
第二章
9/10

トリニティーの使者

 小学五年生の時、佐理の複雑な家庭環境を知ってから希恭はずっと側に寄り添い気遣って来た経緯がある。

それに加え、自分の代わりに課題を実行させてしまった事で、申し訳無さとある種の後ろめたさを抱えてしまった希恭は、これまで以上に佐理を気遣うようになっていた。

しかし佐理はそんな希恭を疎ましがり、時には敵意を感じさせる素振りさえ見せるようになる。

困惑する希恭の思いに背を向けるように、何故か佐理は希恭を拒み、次第に距離を置くようになっていった。

 そんな中、佐理との関係に悩む希恭は心の拠り所を求めるかのように、時折グラウンドから見える女子部の小椋綾の笑顔にいつしか惹かれていき、ある事をきっかけに付き合い始めていた。

それでも、佐理の存在は常に希恭の心の大部分を束縛しているのだった。


そして二人は、そのまま三年に進級した。


「充〜恭ちゃんが来たわよ、早くしなさい!」

「直ぐ行くよ!!」

 この春、紫苑学園に進学したばかりの椎名充しいなみつるはハンガーに掛けていた制服の上着を取って急いで袖を通すと、ボタンを留めながら鞄を掴んで、リビングを飛び出した。

「おはよう」

玄関で待っていた希恭が声を掛けた。

家が隣で弟のように可愛がっている充が紫苑に入学してから、毎朝一緒に登校するのが今では日課になりつつある。

「毎朝ご苦労さま」

充はニンマリと笑って一礼しながら言った。

「何言ってる、そんな事言うなら明日からもう誘わないからな」

「ダメ!!ちゃんと誘ってよ、恭兄と一緒だと女の子にモテるもんね」

充が靴を履きながら言い返す。

「バーカ、俺には綾がいるんだぞ」

「だって女の子が寄ってくるじゃない、一人くらい僕に気移りする子がいるかもしれないもんね」

「俺はダシか!?それにそうゆーのはモテるとは言わないんだ、行くぞ!」

希恭が呆れ気味に言って充を促した。

 玄関でグズグズしていると、奥から充の母、郁恵が出て来た。

「充、忘れ物無い?」

進学して間もないからか、それとも取り越し苦労か、母親というものはどうしても口出ししてしまうようだ。

「無い無い、何時までも子供扱いしないでよ、もう高校生なんだから!」

充は不服そうだ。

「恭ちゃん充の事宜しくね、偉そうなこと言ったって甘えだから……」

「大丈夫ですよ、僕が付いてますから」

少し心配顔の郁恵に希恭は笑って答えた。

「本当に恭ちゃんと一緒だと安心だわ」

郁恵は希恭に絶大な信頼を置いていて、充の事なら何でも希恭に任せておけば大丈夫と思っているふしがある。

「じゃあ叔母さん行って来ます」

「行って来るよ」

 二人はそう言うと、玄関を出て歩き始めた。

「行ってらっしゃい、気を付けてね」

郁恵が急いでサンダルをつっかけて戸口まで見送りに出て来てにこやかに手を振った。

 充は母がドアを閉めるのを見届けると、急に真剣な顔つきになって

「恭兄……ビジルって知ってるよね?」

と聞いてきた。

「え……」

希恭は直ぐには返事をしかねた。

「昨日ビジルから呼び出しを受けたんだ」

充は不安気に俯いている。

「何ッ!!何時だって!?」

希恭は急かすように尋ねた。

「今日の放課後、案内を寄越すから付いて来いって……トリニティーの使者って言うの?対面式の日に少し聞いたけど、ビジルっていったい何なの?」

 ビジルがターゲットを呼び出す時、その知らせを伝える者をトリニティーの使者と呼んでいる、それが来たという事は充が選ばれたということだ。

「ああ、紫苑を牛耳ってる奴等だ、部員はメンバーズと言われる二年と三年で構成されてる。幹部は皆三年で、ターゲットに【課題】を出してそれを実行させて楽しんでるんだ……伝統ってヤツに胡座をかいて好き放題やってる……」

充の問いに眉を顰めた希恭が歩きながらゆっくりと口を開いた。

「行ったほうが良いかな?」

充がまた尋ねた。

「そうだな……出来れば行かせたくないけど、一度課題をクリアすれば暫くは大丈夫だから行ったほうが良いかもな……」

希恭はどちらとも言えないといった様子だ。

「だったら行ってみるよ、ビジルには逆らうなって聞いたし……」

「そうか、課題が出たら教えろよ、出来るだけ協力してやるから」

希恭は課題を他の者に漏らしてはいけない事を知っていたが、自分が出来る事なら手伝ってやろうと思い、そう言ったのだった。

「星河先輩、おはようございます」

 歩いている途中、何人かの女の子が寄ってきて挨拶をする。

「あ、お……おはよう……」

希恭は少し気遅れしながらも挨拶を返した。

「先輩、ご一緒しても宜しいですか?」

女の子の一人が充を押し退けて希恭の横に並んだ。

「宜しいもなにも、もう並んでるじゃないか……」

後に追いやられた充はブツブツと文句を言っている。

「ん……」

希恭はそんな充の方へ視線を移して困ったように苦笑いした。

どうもこういう状況は苦手で、何時までたっても上手く立ち回れない。

しかし無碍に断る理由も無いので、何時もそのまま学校まで一緒に行く事になってしまうのだ。

(佐理と一緒に登校してた時はこんな事無かったな……)

 希恭はふとそんな事を思ってしまった。

手の届かない存在というか、佐理のあの近寄り難い独特の雰囲気が女の子達を寄せ付けずにいたことを今更ながら認識する。

それも今では随分昔の事のように感じられて、希恭は小さく溜め息を吐いた。

束の間、感慨に耽った後おしゃべりに付き合いながら女の子達の歩調に合わせてゆっくりと歩く。

こんな所にも希恭の優しい性格が出ていて、充は少しイラついたりもするのだが、それでも希恭が大好きで一緒に登校する毎日なのだ。

 校門が近くなると女の子達は

「先輩、それではここで失礼します」

と手を振りながら女子部の方へ別れて行った。

 学校へ着くと、希恭は充と別れて三年の教室が有る北校舎へ向かう。

朝の校舎は何となく慌ただしい。

 教室へ足を踏み入れると、佐理の姿が目に留まった。

時計を見ると朝のホームルーム迄にはまだ十五分ほどある。

希恭は机の上に鞄を放り出すと、佐理の所へ行って声を掛けた。

「佐理、話しがある。ちょっと顔貸してくれないか?」

「どういう風の吹き回しだ?近頃碌に口も利かない癖に……」

佐理はそう言ってニヤリと笑った。

希恭は(碌に口も利かないのはお前のほうだろ)と言いたかったが、口には出さなかった。

「いいから来いよ」

 希恭は先に立って教室を出ると、体育館の入り口に通じる廊下へ向った。

ホームルームが近いので体育館への通路には人気が無い。

少し遅れてゆっくりと歩いて来た佐理が鬱陶しそうに口を開く。

「こんな所で一体何の用だ?」

「充の事……知ってるだろ?」

希恭は佐理を真剣な面持ちでじっと見詰めて尋ねた。

「お前も知っての通り俺はビジルの参謀だ、生徒の顔は皆知ってるよ」

佐理は窓に凭れながら答えた。

その制服の襟にはあかい縁取りのある襟章が着けられている。

「そうじゃなくて、充とは隣同士で、小さい頃から俺が弟のように思ってる事はお前だってよく知ってるだろ?」

希恭は佐理の横顔を見据えたまま言った。

「知ってるさ、それがどうかしたのか?」

佐理は物憂げに答える。

「それを承知で充を呼び出すのか?お前だって……充とは顔馴染みじゃないか」

「俺が決めた訳じゃない、ビジルの決定だ。それに……トリニティーの使者は誰にでも訪れる、それはお前も分かってる筈だろ?」

「それは分かってる、だけど……お前の力でなんとか取り消してくれないか?」

「いくらお前の頼みでもそれは聞けない……これは俺の意思じゃなくビジルの意向だ、彼は選ばれたんだよ」

佐理は何時ものように冷静に答えた。

「ビジルの意向はお前の意向だろ?今のビジルはお前が動かしてるじゃないか……」

希恭は真剣だ。

「買い被りだ、俺はあくまでもメンバーズの一人に過ぎない。残念だけど……力にはなれない」

佐理は窓の外を眺めながら答えた。

その瞳はどこか虚ろに見える。

「どうしてもか?」

希恭は尚も食い下がる。

「いくら参謀でも俺一人の我儘がビジルで通るとでも思ってるのか?お前が抜けた時だって俺はちゃんと責任を取った、誰だろうと……例外は認められない」

佐理は気怠そうに希恭を横目で見て言った。

「あの時の事は……本当にすまないと思ってる……」

希恭は苦しげに佐理を見詰めている。

自分がビジルを脱けた事で佐理が責任を負ったことを今でも心苦しく思っているのだ、いや、悲痛なほど責任を感じていると言っていい。

「別に思ってくれなくていい。お前をメンバーズに推薦したのは他でもないこの俺なんだから、まぁ……その内借りは返して貰うさ……」

佐理は含み笑いをするように言った。

 元々佐理は一年の時から葉月に見込まれメンバーズの候補に上がっていたが、二年になって次期会長候補として正式にメンバーに選ばれたのだ。

その時葉月は、佐理が会長になった時動きやすいようにと佐理自身に補佐役を選ばせた、それが希恭だったのだ。

「充の事は……?」 

 希恭はもう一度尋ねたが、佐理は少し肩を竦めただけで何も答えなかった。

「分かった。無理を言って悪かったな……」

希恭はため息混じりにそう言って話を打ち切った。

「話はそれだけか?」

佐理は素っ気なく尋ねた。

そして希恭が

「ああ」

と短く答えると、その場を立ち去ろうと歩き出した。

それから直ぐ思い出したように振り返って

「希恭、あまり表立ってビジルに逆らうな、目に余る様では俺でも庇いきれない……友達として忠告しておくよ」

と言うとまた背を向けて歩き始めた。

「友達!?今でもまだ俺を友達と思ってるのならビジルを解散させてくれ、それが出来ないなら……出来ないならせめて……お前だけでも……」

希恭は後の言葉が言い出せず、佐理の後姿を歯噛みする思いで見詰めていた。
















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