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【相愛・二人の物語】  作者: motomaru
第二章

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家族の団欒

 マキは佐理が遠慮しなくて済むようにさり気なく惣菜を佐理の皿に取り分けた。

「あの……これ何ですか?」

タレの掛かった惣菜を口にした佐理がマキに尋ねた。

「あ、それ鯨の南蛮漬けよ」

「クジラ……ですか……」 

「口に合わなかった?大地が居るから少し甘めにしてあるのよ」

「いえ、とても美味しいです。でも初めて食べる味なので……何かなと思って……」

「鯨食べたこと無いの?世代の違いかなぁ、私、大好きなの、特に尾の身のお刺身なんかホントに美味しいのよ」

 マキが目を輝かせて楽しそうに笑った。

「こいつ鯨に目がなくてね、里から時々送ってくるんだよ」

秀作も笑いながら付け加えた。

「そうなんですか……」

 佐理は箸を持った手をテーブルに置いて視線を落とした。

「どうしたの?何か嫌いな物でも有った?」

その様子に気付いたマキが優しく尋ねた。

「いえ、こんな食事久し振りだなと思って……」

 家族で囲む食卓から離れてどのくらい経ったのだろうかと、佐理はふと思い出したのだ。

「お母様作って下さらないの?」

「母は亡くなりました」

「あ……ごめんなさい、私余計な事聞いてしまって……」

 マキは差し出がましい事を聞いてしまったと、少し後悔した。

 佐理の母、麗華は彼が中学二年の時に自殺している。

そして彼は、麗華が自殺する前に殺されかけた経緯を持つ。

それでも佐理が麗華を憎み切れないのは、幼い頃に母が与えてくれた温もりを憶えているからだ。

その頃は温かい家庭も団欒も有ったし、確かに母に愛されていたと……そう思えるのだ。

いや、そう思いたいのだ。

「気にしないで下さい、もう慣れました……それに恭が何時も側に居てくれたから落ち込まずにいられました」

佐理はマキに向ってニッコリ笑って言った。

「恭ちゃんが……?」

「これ菜の花ですか?辛子が効いてて美味しいな」

 佐理はさり気なく話題を変える。

「ええ、冷凍してた物だけど結構いけるでしょ?」

「家は和食が多くてね、大地は不満みたいだけど」

秀作が大地を見遣って笑った。

「そうだよ、僕、お魚嫌いなのにお魚のほうが多いんだから」

大地は不満気に口を尖らせる。

「好き嫌いしてると大きくなれないぞ、魚は体に良いんだ、栄養だって豊富だし」

佐理は隣に居る大地に優しく笑って言った。

「だって食べにくいんだもん、お兄ちゃんはお魚好きなの?」

「好きだよ、お兄ちゃんは好き嫌いなんて無いんだ」

「へぇ、凄いのね、近頃の子にしては珍しいわね」 

それを聞いたマキが感心して言った。

「母が亡くなってからよく恭の家で食事をよばれてたんです。恭ん家のおばさん結構厳しくて、そのせいか恭も好き嫌いが無いし……何でも食べさせられちゃって……お陰で僕も好き嫌いが無くなりました」

佐理は思い出し笑いをするように小さく笑った。

「まぁ、そうなの?恭子さんらしいわねフフフ……でも恭ちゃんと佐理君がそんなに仲が良いなんてね」

「僕が恭のところへ行かないと『飯食ったのか〜』って、おばさんの手料理持って三日にあげずやって来てたんですよ、僕が独りで居るのを知ってるから恭は何時も心配して……」

「恭ちゃんは昔から優しい子だったけど、変わってないのね」

「ええ、恭は全然変わらない……」

希恭のことを思っているのか、佐理は伏し目がちになる。

「恭ちゃんも小さい頃はよく家に遊びに来てたんだけど、中学に入ってからちっとも来なくなっちゃって……もう五、六年は会ってないかなぁ……恭ちゃんも大きくなってるんでしょうね?」

 マキは希恭を懐かしんでいるようだ。

「背格好は僕と同じくらいかな、恭のほうが少し高いんです」

「そんなに大きくなってるのね」

マキが少し驚いたように目を見開いて言ったが、直ぐに感慨深げに目を細めて、座っていても背が高いと分かる佐理を見直った。

「ねぇ、恭ちゃんって誰なの?」

 大地がご飯を食べながら佐理に尋ねた」

「お兄ちゃんの友達」

「お兄ちゃんみたいに優しい?」

「うん、もっと優しいよ」

「ふう〜ん」

そう言った大地を見て佐理はにこやかに笑った。

「あ、佐理君おかわりは?」

 最後の一口を口に入れた佐理にマキが尋ねた。

「いえ、僕はもう充分頂きました」

「あら、遠慮しないで」

マキがそう言うと、秀作も

「そうだよ、若いもんは遠慮なんかせずに沢山食べないと」

と笑う。

佐理は箸を置くと

「本当にもうお腹いっぱいなので、ご馳走様でした」

と合掌して言った。

「小食なんだなぁ……ところで、篠宮ってこの辺じゃあまり無い苗字だけど、ひょっとして篠宮グループの?」

 秀作が何気なく尋ねた。

「あれは……僕とは関係有りません」

佐理はそう答えた。

「まぁ、そりゃそうだ」

秀作がそう言ったので、佐理は自分の意図を汲み取って貰えたことを認識して、頷くほど軽く頭を下げて微笑んだ。

(この子……恐ろしく聡いな……)

秀作もまた、何かしらの事情が有るのだろうと察して、目の前に居るこの利発そうな少年を少し憐れに思った。

 それから四人は他愛の無い話をして楽しい時間を過ごした。

佐理にとって、それは忘れていた家族の団欒という風景・・だった。

佐理は水原家に家庭の、そして家族の温もりを見ていた。

「佐理君、お家はこの近くなの?」

 マキが食卓の片付けを始めながら尋ねた。

「はい、この少し先のグランドコーポというマンションです」

「ああ、坂の上のマンションね?」

「ええ、あ、手伝います」

 佐理が腕捲くりをしながら立ち上がった。

「あら、いいのよ座ってて」

「いえ、こういうの慣れてますから、やらせて下さい」

 佐理は食器を運んでシンクの前に立つと、スポンジを湿らせてから洗剤を含ませ、洗い桶に浸けた食器を洗い始めた。

「本当に手付きが良いわね」

マキが朗らかに笑う。

「よく恭と一緒にやってたから、僕が洗って恭が拭くんです、あいつ洗うの苦手だから何時も僕が洗う役で……」

「まぁ、そうなの?」

マキは水切りラックに収められた食器を布巾で拭きながら愉快そうに笑って言った。

「ええ、そうなんです、あいつブキッチョだから……」

佐理がそう言って笑う。

「日曜なんか『メシ作りに来てやったぞ〜』とか言いながらほとんど僕が作ってたんですよ」

そう言いながらも佐理は楽しそうだ。

「まぁ、それじゃ作りに来たんじゃなくて食べに来てたってわけね」

マキが苦笑するように言った。

「そうですよね」

佐理も苦笑する。

「佐理君って、恭ちゃんのこととっても好きなのね」

「え……どうしてそう思うんですか……?」

「だって恭ちゃんのこととても楽しそうに話すんだもの」

「そう……ですか……」

 佐理の口調が急に静かになった。

マキはそれに気付いて

「あ〜、お陰で早く片付いたわ、有難う。コーヒーでも淹れましょうか、と言ってもインスタントだけど」

腰を伸ばしながらさり気なく言って、佐理にタオルを手渡した。

「ええ、お願いします」

「じゃあ、そこに座ってて」

 そう言われて佐理は食卓の椅子に座ると、大地の方へ目を遣った。

食事を終えた大地はテレビの前に陣取って秀作とゲームに興じていた。

「おッやったな、それ!!」

秀作は大地相手に悪戦苦闘中だ。

「へん、軽い軽い!」

大地は軽くあしらっている。

「これでどうだッ!あ〜やられた!!」

「へへん、やりぃ!!」

大地がVサインを示して言った。

「よし、もう一回だ!」

 秀作はリセットボタンを押して再度挑戦する。

佐理はそんな二人の姿にじっと見入っていた。

「子供みたいでしょ?」

 マキがコーヒーの入ったカップを佐理の前へ置きながら言った。

「何時もああなのよ、プロレスごっこやったり、二人でお風呂を泡だらけにしてみたり……子供が二人居るようなものよ」

マキは半ば呆れているようだ。

「僕は父にそんな風に遊んで貰ったことが無いから……なんだか大地が羨ましいな……」

佐理がしみじみと呟いた。

「佐理君……」

「あ……ごめんなさい、コーヒー頂きます」

 佐理は取り繕うように言ってコーヒーを口に運んだ。

「大地、そろそろ終わりにして宿題しなさい」

マキは何も気にしないていを装って大地に声を掛けた。

「え〜明日日曜だよ、明日やるから……」

大地は不服そうに答える。

「ダ〜メ!何時もそんなこと言って夜遅くなるんだから」

「だあ〜って……」

大地は尚も不服そうだ。

「お兄ちゃんか見てやるから今のうちにやれよ……な?」

佐理も大地を促す。

「うん、分かった」

「もう、他人ひとが言うと素直なんだから……」

今度はマキか不服そうだ。

「じゃ、また明日な」

秀作もそう言ってスイッチを切った。

 佐理はコーヒーを飲み干して

「ご馳走様」

を言ってから席を立つと、仕方なくリビングのテーブルに宿題を取り出した大地の横に来て座った。

「どれ、今なに習ってるんだ?」

と覗き込む。

「かけ算だよ」

「九九は?もう習ったのか?」

横から大地の顔を見る。

「うん、もうだいたい覚えたよ」

大地は宿題に視線を落としたまま答えた。

「そか、じゃあ簡単だ」

 秀作はその様子を見ながらソっとダイニングへ引き下がった。

「マキ、俺にもお茶淹れてくれないか」

椅子を引いて座りながら秀作が言った。

「はいはい」 

マキは『分かってますよ』というように愛想良く答えてお茶を淹れると、秀作の前に置いて自分も椅子に座った。

「良い子だな……」

 秀作はお茶を啜ると、小さな声で言った。

「そうね……それに話し方が大人っぽい……」

マキも静かに答えた。

二人共、佐理に少し影があることに気付いていたが、口には出さなかった。

「お母さん宿題終わったよ!!」

 大地が大きな声でマキに知らせた。

「え、もう?えらく早かったわね……」

マキが意外そうに言った。

「うん、お兄ちゃんが見ててくれたから頑張ったんだ!」

大地は少し得意気だ。

「まぁ、それじゃ毎日来てもらおうかなぁ?」

マキが冗談めかしに言う。

「うん、いいよ」

大地は事も無げに答えた。

「何言ってんだ、佐理君だって都合ってもんが有るだろ、それより宿題終わったんなら風呂入ろう」

秀作が割って入って大地を風呂に誘う。

「それじゃあ、僕はそろそろ失礼します」

「あら、まだいいでしょ?」

「いえ、帰って風呂にでも入ります。それに僕も宿題しないと……」

「あ、そっかぁ……学生だもんね、じゃあ遅くなると悪いわね」

 マキが納得したように言った。

「お兄ちゃん帰るの?」

大地もそれと気付いて尋ねた。

「ああ、また遊びに来いよ大地」

「うん、行く行く!!」

「きっとだぞ?」

「うん、絶対行く」

大地がそう答えたので、佐理はニッコリ笑って頷いた。

「あの、今日は本当にご馳走様でした。久し振りに美味しい食事を頂きました、有難う御座いました」

 佐理は、家族皆んなして玄関まで見送りに出て来た水原家の人達に向って丁寧に頭を下げた。

「あ、いやぁ……御丁寧にどうも……」

秀作は彼の礼儀正しさに少し戸惑っているようだ。

「あんな物で良かったらまた食べにいらっしゃいよ、佐理君なら大歓迎よ」

マキが気さくに声を掛ける。

「はい、また伺わせて頂きます。それじゃあ、お休みなさい」

佐理はもう一度頭を下げた。

「お休み、気を付けてね」

マキ達が優しく言った。

「バイバイ!」

大地も両手を振りながら元気に挨拶を返した。

 佐理は大地に向ってニッコリ笑いながら手を振ると、玄関を出て静かにドアを閉めた。

そして、扉の前で小さな深呼吸を一つすると、西の端に太陽の名残りを微かに残しながらも、もう星がキラキラと瞬いている空の下に足を踏み出したのだった。













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