意外な繋がり
「大地、六時だぞ帰らなくていいのか?」
ゲームに興じていた大地に横で見ていた佐理が時計に目を遣って確認した。。
「うん、もう帰る。これセーブしといて良い?」
「良いよ、それ大地にやるよ」
「え、本当?」
「ああ」
「う〜ん、でも家ゲーム機無いから……」
「全部やるから持って帰れよ」
「本当に良いの?」
大地が目を丸くして期待に満ちた視線を向けている。
「ああ、俺は使わないから良いよ。待ってろ、今袋に入れてやるから」
佐理は厚手のビニールで出来たブティックの袋を持って来て、大地がセーブするのを待ってからゲーム機を入れた。
「ソフトも全部やる」
続けて残りのゲームソフトも袋に収めた。
それは佐理の事を何も知らない父が、ご機嫌を取るように使いもしないゲーム機やソフトを買ってきたもので、佐理にとって何の執着も意味も無い物だった。
「本当に良いの?」
大地がもう一度念を押す。
「良いんだよ、さ、帰ろう大地ん家まで送ってやる」
「うん」
大地が元気よく返事をした。
二人はマンションを出て通りへ出る。
「どっちだ?」
佐理が尋ねると
「こっちだよ」
大地は大通りへ出るのとは反対の方を指差した。
「ほら」
佐理は手を差し出した。
大地がその手を握ると、佐理も軽く握って歩き始めた。
緩い坂道を下って暫く歩くと、アパートが建ち並ぶ住宅街が見えてくる。
大地の家はその一角にある小ぢんまりとした白い壁のアパートに有った。
大地は一階の右端にあるドアを勢い良く開けて
「ただいま〜!!」
元気な声で帰宅の合図を告げた。
「おかえり」
奥から大地の母親らしき人物の声が返ってきた。
「じゃあな、また遊びに来いよ大地」
佐理は玄関の外に立ったまま大地に袋を手渡した。
「上がってってよ大地は佐理の腕を掴んで引っ張る。
「また今度な」
佐理はニッコリ笑って答えた。
「ダメ!僕だってお兄ちゃん家行ったんだから、お兄ちゃんも僕ん家上がってってよ」
大地は尚も佐理の腕を引っ張る。
「誰か来てるの?」
大地の母、水原マキがエプロンの裾で手を拭きながら顔を出した。
「あ……大地、どなた……?」
マキは佐理を見ると、不思議そうに大地に尋ねた。
「こんにちは」
佐理は丁寧に頭を下げた。
「こんにちは……」
マキも一応に挨拶を返したが、明らかに戸惑っている。
「僕、お兄ちゃん家でご飯食べたんだよ」
大地が楽し気に言った。
「え?ちゃんとお金あげたでしょ?」
マキが少し驚いて言った。
「無くしちゃった……へへ」
「じゃあご馳走になったの?」
「うん、オムライス作って貰った。それでね、お兄ちゃん家で遊んでたんだ」
大地はハキハキと答えた。
「まぁ、そうだったの……あ、とにかく上がって、汚い所だけど」
「あ、でも……」
いくら大地の家とはいえ、見ず知らずの人の家に上がるのはさすがに気が引ける。
「遠慮しないで、大地がお世話になったのにただ帰したんじゃ申し訳無いわ」
「そうだよ、上がってよ」
大地も佐理を促す。
「じゃあ少しだけ……お邪魔します」
佐理は遠慮がちに言って大地の後に続いた。
「お兄ちゃんゲームやろう!」
大地は佐理をダイニングと続きになった部屋へ引っ張り込むと、テレビの前に座って袋から取り出したゲーム機を繋ぎ始めた。
「よし、やるか!」
佐理は上着を脱いで腕捲りをしながら答えた。
「大地、それどうしたの?」
キッチンからマキが尋ねる。
「お兄ちゃんに貰ったんだ」
「え?そんな高い物ダメよ!」
マキは驚いて大地を嗜めた。
「僕は使わないから大地に使って貰ったほうが……そのほうが僕も嬉しいし……」
佐理が遠回しに同意を促す。
「そう……?本当に良いのかしら?」
マキが少し考えてから言った。
「ええ」
「じゃあ、お言葉に甘えようか?」
マキは改めて大地に尋ねた。
「じゃ、貰っても良いんだね!?」
大地が嬉しそうに聞き返す。
「そうね、お兄ちゃんもああ言ってるし……」
マキはまだ迷っているようではあったが、承知する事にしたようだ。
「やったぁ!!」
大地は喜びの声を上げた。
「名前、まだ聞いてなかったわね?私は水原マキ、大地の母です、宜しくね」
マキが笑って自己紹介した。
「僕は篠宮です、篠宮佐理と言います」
佐理はマキの柔らかい笑顔に何か温かいものを感じていた。
「そう、良い名前ね、高校生?」
「はい、紫苑です」
「紫苑?名門ね、優秀なんだ」
マキが感心したように微笑んだ。
「お〜い、今帰ったぞ〜!」
玄関先でこの屋の主、水原秀作の
野太い声がした。
「あ!お父さんだ、お帰りなさい!!」
大地は玄関に飛んで行って秀作に飛び付いた。
見慣れない靴に気付いた秀作は大地を抱き上げて。
「誰かお客さんか?」
と尋ねた。
「うん、僕の友達だよ」
「そうか」
友達にしては靴が大きいなと思ったが、秀作はそんな些細なことを何時までも気にしない質だ。
「お帰りなさい」
大地を抱えたまま入って来た秀作に向ってマキが言った。
「ただいま」
「こちら篠宮佐理君、大地がお世話になったのよ」
マキは立ったままの佐理を掌で示して紹介した。
「そうなのか?」
秀作が大地の顔を見て尋ねた。
「うん、オムライス作って貰った。お兄ちゃん上手なんだよ」
「やぁ、それはどうもお世話になりました」
秀作は軽く頭を下げる。
「いえ、此方こそお邪魔してます」
そう言って佐理も軽く頭を下げた。
「そういう事なら、お礼と言っては何だが、夕飯でも一緒にどうだい?」
「ああ、それが良いわね。そうして頂戴よ」
マキも一緒になって佐理に勧める。
「でも……突然来てご迷惑でしょうから」
佐理はやんわりと辞退した。
「大人みたいな事言うのね、遠慮しないで、お家の人に電話しときましょうか?」
マキが気を遣って尋ねた。
「いえ、家には誰も居ませんから」
「だったら尚さら食べていって、大地も喜ぶわ」
「でも……」
「ウチは何でも大皿盛りだから一人くらい増えたってどうって事無いし」
「お兄ちゃん、そうしようよ」
大地も佐理をせつく。
「それじゃあ……お言葉に甘えて……」
佐理は申し訳無さそうに答えた。
「良かった。じゃあこっちに座って」
マキがテーブルに食器を並べながらニッコリ笑って言った。
大地は佐理の腕を引っ張ってダイニングへ連れて行くと、何時もは空いている四脚の内の一脚に座らせた。
秀作はマキがおかずを盛った皿を並べている間に、自分で冷蔵庫からビールを取り出してから食卓に座ると、手酌でグラスに注いだ。
「佐理君もやるか?」
秀作は手に持ったビールを少し掲げて見せる。
「いえ、僕はお酒は……」
佐理はやんわりと断る。
「なんだ、大学生や社会人になれば嫌でも呑む事になるんだから、今からでも慣らしといたほうが良いぞ」
秀作が誂うように言った。
「本当にアルコールは駄目なんです」
「あなた、佐理君はまだ未成年なのよ、無理強いはダメよ。さ、食べて」
マキは茶碗にご飯を装って佐理に手渡しながら秀作を咎めた。
佐理は受け取った茶碗をテーブルに置いて
「頂きます」
と合掌した。
(さすが紫苑……)
マキは佐理の行儀の良さに妙に納得してしまった。
「そう言えば、佐理君恭ちゃんと同じ学校なんだって」
紫苑で思い出したマキは秀作に何気なく言った。
「へぇ~、じゃあ紫苑なのか」
秀作が佐理の顔を見る。
「あの、恭ちゃんって……?」
佐理は聞き慣れた名前に興味を示した。
「ああ、親戚の子でね、確か今年三年だったと思うけど知ってるかなぁ……?」
「男子部なら大抵分かります」
「星河希恭っていうんだけどね、再従姉妹の子なんだ」
「えっ!!恭が……」
「知ってるのかい?」
「ええ、友人なんです。今日、大地に声を掛けたのだって大地が恭の小さい時に似てたから何か気になって……それで……」
「そうか……そう言われてみれば大地は恭ちゃんの小さい頃と似てるかな……佐理君は恭ちゃんとそんなに古い付き合いなのかい?」
「古いと言っても五年生以来だから七年位かな……」
「へぇ~、世間って狭いわね」
マキが改めて実感したように言った。
「本当にそうですね……」
佐理はそう言って微笑んだ。
この意外な巡り合わせに佐理は希恭との縁を感じて嬉しかった。




