1-11 獣人の女の子
いよいよ冒険者の入団試験。体力と技術的に不安だが、これから魔法を新たに覚えれば良い。何か学べられる様なところがあるかはあとでウノーさんとドステさんに聞くとしよう。
鑑定部屋ですっかり話し込んでしまい、外に出ると人はまばらになっていた。
何人かは居たが、やっぱり新入りは珍しいのか視線は感じる。
視線の中に一際光る目を感じた。その正体は自分よりもいくつか幼なげで、夕暮れのようなオレンジ色の癖っ毛。三角の形をした鼻はひくひくと動き、金色に輝く目は隠す素振りもなく興味津々な様子で俺を見つめていた。愛らしい猫のような女の子で、思わずこちらも目を奪われてしまう。同じように視線を合わせたことに気づいた少女は少し焦ったようの手で顔を隠した。愛らしい顔には似合わず、手はオレンジと黒の模様をした毛で覆われていて、指先は鋭い爪が覗いている。光る眼光に気を取られて気付かなかったが、頭には丸形のふわふわな耳。そして頬に白銀のヒゲ。三角で可愛いお鼻。それはまるで、
「虎……?」
「ん?タカラ?」
「あ、はい」
呼ばれ振り向くと、ウノーさんは俺の視線の先を辿った。
「あーアンジェか」
「アンジェ?」
「虎の獣人魔族だ。獣人は初めてか?」
「はい。獣人?」
「獣人は珍しくないぞ。人間と同じくらいいる。獣人は身体能力は高いが、人間より魔力は低い……あぁ、ちょうど良いところに。おーい、アンジェ」
「わぁ!は、はいさ!」
ウノーさんの大きい呼びかけにびっくりしたのか、背中から細長い縞模様の尻尾が勢い良く立ち上がる。初めて見る獣人の女の子に胸が弾んだが、好奇心で人を見るなんて失礼……平常心を装い、小走りで向かってくる女の子になんて声をかけるか思案した。
「タカラ、こいつはアンジェ。お前と同じこれから試験を受ける子になる。」
「初めまして!私はアンジェ。さっきはまじまじ見ちゃってごめん……」
「こちらこそ、俺はタカラ。よろしくね」
アンジェは照れくさそうにはにかみ、胸の前で小さく手を振る。その様子はなんだか病院にいた頃仲良くなった幼い患者を思い出し、自然と笑みが溢れた。動きやすそうな革のベストはお腹上までしか面積がなく、短いスカートからのぞく黒いタイツは身軽そうで、首にはいくつものビーズネックレスがぶら下がっており、全体的に活発は印象を感じる。
「鑑定部屋には入って行ったから、もしかしたら同じ新人になるかなと思ってさ」
「そうなんだね。俺も試験これからなんだ、頑張ろうね」
そういうとアンジェは嬉しそうに俺とウノーさんを交互に見て大きく頷いた。
ウノーさんはご飯を食べようと誘ってくれ、アンジェと俺はまるで雛鳥のようにこの頼れるお姉さんの後ろを追いかける。外へ出ると美味しそうな香りの方向へ何歩か歩き、食事処へ辿り着いた。
空いているテーブルに着くと、店員が挨拶に駆け寄りおすすめの定食を紹介してくれた。
ウノーさんが1つ頼むとアンジェも同じものを注文し、この世界の食事情に詳しくない俺は2人をあやかる事にした。
「タカラとアンジェ。2人組に組んで試験を受けてみないか?」
「「え?」」
食事を待つ間、ウノーさんはそう問いかけた。丸いテーブルを3人で囲って、周りは食事とお酒を楽しむ騒音の中、俺とアンジェは声と顔を合わせる。
「タカラは身体能力が低いが、強化魔法が得意なんだ。アンジェは身体能力がずば抜けて高いけれど魔力があまり無い。」
「タカラ、そうなの?!」
「そのようで…アンジェが羨ましいよ」
「いやいや、魔力高いのいいじゃん!」
「うんうん。2人のスキルは正反対だからな。それを補え合えば試験は簡単に抜けられると思うんだ。もちろん自分の身を守る技も覚えないといけないけど、冒険者はパーティーになることが基本。単体で任務をこなせるようになるのはランクBから上になる。」
「ランク?」
ランクとはFから始まり、Aまで上がっていく。特別な功績を残した物はSという特別ランクまでに上がり、S級冒険者になると国からの依頼が降りることがある。つまりはFが新人。Aに近づくにつれランクが上がる仕組みのことを言う。魔物の討伐や採取などもランク別になっていて、一定の依頼をこなすとランク上げのポイントが貯まる。依頼が上がるごとに当然報酬も美味しくなる。ちなみに採取ついでに魔物討伐したり、逆のパターンでも追加ポイントが貰えたりするから、無理のない範囲で複数の依頼を受けることも問題無いらしい。
「ランクについてはとりあえず試験受かったらもう一度受付で聞くと良い。試験の概要だが、ギルド所属の試験官と実戦で戦ってもらい、そこで合格が貰えたら晴れて冒険者登録できるぞ。」
「実戦なんだね!私、ちょっと自信あるけど、魔法使われたら苦戦しちゃう……」
「俺は身体を使った戦いはちょっと…どうしよう!」
「体術、魔法両方あるからな。だからこそ2人で組んで試験を受けて欲しい。どうせ登録後は誰かとパーティー組まなきゃいけないし、仲間がいる状態での実戦の方が今後役に立つだろう。君達2人ならお互いの足りないところを補え合えるし、初級者同士、年齢も近いだろう?話も合うかなと思ったんだ。」
アンジェと再び顔を合わせると、どうやら彼女は嬉々とした様子で小さく何度も頷く。確かにウノーさんの言う通り、彼女と組んだ方が得策だろう。体力も戦闘能力もあまりない俺では試験に受かったとしてもその後すぐくたばりそうだ。楽しく冒険するには仲間を作るつもりでいたし、同じ初級者ならスタートが同じだから互いに刺激し合って成長できるかもしれない。何よりアンジェは獣人で身体能力も高い。自分に無いものを持っている彼女にはそばにいて欲しい。それに、こんな可愛くて素直で活発な子とは友達になりたいのだ!
アンジェにつられて頷くと、お互いの手を合わせて、ぎこちなく握手をした。自分より大きくてふわふわな手がなんだか気持ち良く、思わずほのかに暖かい肉球の感触を楽しんでしまった。同盟の握手をしたところでちょうどよく食事が運ばれた。空腹を刺激する香りがテーブルを埋めて、目の前に置かれたお盆を覗きこむと、豪快な肉の塊に濃厚そうなソース、サイドには野菜たっぷりのスープに香ばしい焼き目のついたパンが添えられていた。
3人が同じお盆を目の前にし、クールそうに見えるウノーさんも思わず微笑む。アンジェは両頬を緩ませ、ふわふわな大きな手が大きいスプーンを握る。
いただきます、を言おうとしたが2人は食事に対する祈りなんてする様子もなく空腹の欲求に手を委ねて、思い思いに肉、スープ、パンを頬張る。
何も言わないまま食事をするなんてなんだか居心地悪い気がして、こっそりテーブル下へ手を合わせて、聞こえない声でいただきますとつぶやいた。習慣とは中々抜けづらく、いざやめろとなったとしても無意識に出てしまう。食事にありつく前に気疲れを感じたが、美味しそうな食事で少しでも緩和しようと、自身も皿へと手を伸ばす。
異世界の食事は、自分がいた世界とさほど差異はなかった。なんなら病院食ばかりだったせいか、ここでの食事はどれもはっきりと味覚に刺激を与えて、鮮やかな味がとても楽しい。制限の無い食事はこんなにも美味しいものか、健康体で味わう新鮮なご飯はこれほどまでに身体に染み渡るなんて。新しい楽しみを見出したことによって、たとえ冒険者としてもダメになってしまったら俺は間違いなく料理を探求する者になろうと心に決めた。
今回もしっかり平らげ、ビーフシチュのようなこの料理もしっかりと自分の中でのお気に入りに追加する。美味しい余韻を身体に残したまま、少し騒がしい食堂を俺たち3人は後にした。
外の風は爽やかで、太陽はまだ高いところを位置している。首都街中なこともあって、人は多く、色とりどりのお店が不規則に街中に散らばる。布屋、武器、フルーツに肉屋、薬草に雑貨。名前をあげればキリが無いほどに賑やかで活気にあふれている。大声でおすすめを紹介する主人に、飴を落として泣く子供。婦人たちの井戸端会議、昼前から酒盛りしたであろう男たち。村にはなかった色気がこの街にはあって、その情報量に若干酔いそうになる。
「タカラ、アンジェ。私は組合に戻る。試験は3日後。それまでに準備しておくように。前日、宿屋で詳しい時間を連絡しよう。」
ウノーさんに手を振り、俺とアンジェは騒がしい街中で立ち尽くす。するとアンジェは俺の手を取り、下から覗き込むように笑った。
「タカラ!せっかくだから一緒に特訓しよう!私、タカラの魔法感じてみたい!」
ひょっこりと元気よく立つ耳に左右穏やかに揺れる尻尾。幼い獣人の妹分が出来たみたいで内心嬉しさで燻る。
柔らかそうな陽色の頭に手を置くと、きょとんと目を丸くするアンジェに慌てて手を離した。
「ごめんごめん、つい可愛くて。同じ冒険者になるんだから子供扱いはだめだよね」
「へ?そ、そお?別にいいけど!何からしよっか!」
当てもなく歩みを進めてみた。人間と魔族が共存している世界らしく、あちこちで見慣れない容姿をした人たちがいる。人間はそんなの気にする様子もなく、みんな日常を過ごしているようだ。
「俺、もう少し魔法について知りたいんだけど、どこか良いところ知らない?」
「あぁそうか、そうだよね!村を出たばかりだもんね。それなら公共の図書館があるから行ってみる?」
「図書館!いいね!」
そうして俺は元気な少女の後ろを追いかけて早足で街中を進んだ。




