四ノ二十三 朱天 その一
退却する村人達の流れに流され、上ノ原へと続く山道へと入りかけた時であった。
朱天をひっぱっていた村人の手がはずれた。
村人達に肩をぶつけながら、強引に体を後ろに回した。
そこは、坂の一番上であったので、振り返れば中ノ原の戦場全体が見渡せた。
中ノ原のなかばまで押し寄せていた敵軍の塊が、入り口までぐいぐいと押し返されている。
それは、熊八がひとりで突進している光景であった。
「だ、誰か、熊八を助けてくれーっ!」
朱天は叫んだが、どこかから、
「もう遅い!」
そんな声が返ってきただけであった。
さらに熊八のこちら側、つまり中ノ原のさっきまで朱天のいた位置には茨木の部隊が陣取っている。
「いかん!」
朱天は戻ろうとした。
熊八だけでなく、茨木まで死なせるわけにはいかない。
だが、それを察知した誰かが朱天の肩をつかんだ。
「なにをしている、退却しろ、大将!」
ふりかえれば、大工の棟梁である。
「放してくれ、茨木を助けに行く」
「馬鹿を言え、さっき茨木にたしなめられたのをもう忘れたのか。お前はこの村の長だ。お前が死んだら困るのは村人だ。ひとり決死の覚悟で頑張っている熊八の気持ちを無駄にするな!」
「だが、茨木をほうってはおけない」
「わかった、俺にまかせろ。俺がぶん殴ってでも連れてきてやるから。おい、誰か朱天を連れていけ!」
ふたたび、村人達に押され、ひっぱられて、朱天は村人の流れのなかへと没していくのだった。
「熊八!」
全身矢で覆い尽くされたまま、それでも敵をくいとめようとするかの如く、死しても立ち続ける熊八の後ろ姿に、茨木は叫んだ。
――よく頑張った、よく頑張った、熊八。次は俺の番だ。
なんとしても奴らを叩きふせてやる。
「おおい、茨木!」
茨木はうるさそうに、声のしたほうへと顔を向けた。
「なんだ、棟梁じゃねえか」
「朱天の命令だ、もうさがれ」
「いや、熊八がやられた。今度は俺達が踏ん張って敵の軍勢をくいとめる番だ。綱とは決着をつけなくっちゃならねえしな」
「馬鹿を言え。死ぬぞ」
「覚悟の上だ」
「そうか」
棟梁があっさりと納得した。
したと思った直後に、茨木の首筋に衝撃が走り視界は真っ黒になった。
腰砕けに倒れていくのが自分でもわかった。
棟梁が当て身をくらわせたのであった。
「おい、誰かこいつをかついでいけ。退却だ」
薄れゆく意識のなかで、そう言う棟梁の声だけが聞こえた。
細道から出たところで、村人達がとまっている。
茫然と立ち尽くしている、と言ったほうが適当であろうか。
朱天は、不思議に思いつつも、村人達をかき分けて、最前列へと出た。
と、その前方二十メートルばかりのところに、敵の一軍が、残っていた村人を集め、それを取り囲むようにして並んでいた。
「村人達は我我が大切に保護している」
真ん中に立つ青年が言った。
碓井貞光であった。
「安心しろ、我らがこの村人達に危害を加えることは断じてない。そうして、お前たちもおとなしく武器を置き、首謀者たる朱天を我らに差し出せば、反逆の罪には問わぬ」
そして貞光は沈黙した。
今の提案を村人達に熟考させようとするかのごとく。
村人達の視線が朱天にそそがれた。
「かあちゃん!」村人兵達の中から声がした。
「ここじゃあ」向こうの村人達の中から老婆が手を振った。
「おまえさん、生きてるかい!」続けて、向こうから女が叫んだ。
「ああ、生きてるぞ!」こっちからも叫び返される。
あっちとこっちで家族の無事を確かめる声が飛び、返される。
朱天が口をひらいた。
「誰か、俺を縛れ」
「いや、そんなことはできねえ」村人の誰かが言う。
「できぬことはない。やれ」
朱天は静かに、刺すように村人に命じた。
そして、ためらいがちに青年がひとり、進み出てきた。
「すまねえ、朱天さん」
そう言いながら、縄を朱天に巻き付けた。
「もっときつく縛れ。そうだ、それでいい」
朱天は、自分を縛った青年にうなずくと、歩き始めた。




