番外編〜僕のプロポーズ〜
中編からのアルフレッド視点です。
初めて至近距離で見たマグノリア嬢はとても綺麗な人だった。
凛とした立ち姿は隙がなく、意思の強そうな瞳と唇が強さを体現している。
ああ、うん。
これダメなやつだ。
無理無理。こんな美人な侯爵令嬢が僕を選ぶはずないじゃん。
でも、せっかく来てもらったんだし、楽しんで帰って欲しいよね。ついでに帰って宣伝してもらえればうちの収益にもなるしさ。
良し。接待頑張ろう。
僕じゃ申し訳ないからクラウドにもさせよう。
僕と違ってあいつ痩せてるし、そこそこ女の子に人気だし。
でも、婚約者いるから頻繁は無理かな。
そうなんだよ。気づいた?
弟の方が先に婚約者が出来てんの。
相手は幼馴染で親戚筋で、はとこだかまたいとこだかそんな関係の可愛い令嬢。
もちろん僕ともよく会うけど、普通に接してくれる。いい子だよ、ちょっとドジだけどね。
子供の頃から相思相愛で羨ましい限りだよ。
別に僻んでないからね。
もうそんな時期は過ぎました。
可愛い弟は、僕が結婚するまではって結婚は待ってくれてるから本当に申し訳ない。
父上に進言して先に結婚してもらおうかな。
無期限延期とか洒落にならないじゃん。
それが、いいよね。
マグノリア嬢の接待は思いの外、楽しかった。
料理を美味しいとキラキラした瞳で語り、領内の観光スポットを楽しそうに巡ってくれる。
行きたいとこ、したい事、欲しい物はちゃんと伝えてくれる。
でも、我がままじゃなくて、無理な時は理由があれば納得してくれる。
それも、メイドや侍従たちにじゃなくて、僕の目を見て話してくれる。
ちょっとくすぐったいけど嬉しかった。
温泉に行った時はヤバかった。
湯上り姿の色っぽくて、本当に色々ヤバかった。
薄化粧でも分かる上気した肌がほんのりとピンク色に染まってるとことか、少し濡れている襟足とか、ほぅと息を吐くぷくりとした唇とか。全部がヤバかった。
ちょっと死にそうになったよ。
僕とした事が好物のプリンの味が全く分からなかった。
プリンを食べる口元を凝視したの、バレてないかな。
バレてない、よね。
マグノリア嬢、ごめんね。こんな風に見られていたら気持ち悪いよね。
落ち着け!と両頬を思いっきり叩いて気合いをいれる。
そんな僕を侯爵夫人が微笑んで見ていた事は全く気がついてなかった。
そんなこんなで楽しい日々は過ぎて、明後日には帰る二人と晩餐を楽しんでいたら侯爵夫人が婚約の話を匂わせてきた。
うわ、きた。
ここで聞く?
給仕とかメイドとかいるんだよ。公開処刑じゃん。夫人容赦ないよ〜。
マグノリア嬢は決意を秘めた眼差しで僕を見るから、例え断りの返事でもちゃんと聞かなきゃ!と背筋を伸ばす。
内心、泣きそうだったよ。
「アルフレッド様。私、考えたのですが、1年半後が良いと思うのです」
ん?
1年半後?何が?
「…は?え、えっと、……はぁ」
「1年でもおかしくはないでしょうけど、衣装などの準備を考えると、やはり、1年半は必要かと思うのです」
「はぁ…」
あれ?婚約の話だよね?
衣装っているの?準備ってなんの準備?
あー、あれか。曲がりなりにも陛下からの打診だから登城して謝意弁明ってことだね。
真面目だなー。
陛下ってそこまで真剣に考えてないよ、絶対。朝食のクロワッサンとスープを賭けてもいいよ。
行くなら僕も行った方がいいよね。都合つくかな。またクラウドに頼まなきゃダメだなぁ。
でも、1年半後は遅くない?
内心で首を傾げる僕の耳に侯爵夫人の笑い声が届いた。
「マグノリア。貴女、婚約を飛ばして結婚のお話をしていてよ」
え?なんか、信じられない言葉が聞こえたんだけど。
またまた。侯爵夫人ってば冗談にしても笑えないよ。流石のマグノリア嬢も怒っちゃうよ。
苦笑いをして視線を戻せば、マグノリア嬢が両手で顔を隠して俯いていた。隠れきれない首とか耳とか真っ赤に染まっている。
え?……冗談、だよね?え?本当?現実?
っていうか、なに、これ。
よく見ればぷるぷると震えている。
恥ずかしがっているマグノリア嬢が可愛すぎるんだけど。
思わず見惚れていたら、横にいたクラウドから肘鉄を喰らわされた。
すんごい痛かった。
怖いぐらいの視線で「行け!」と急かされ、立ち上がってマグノリア嬢の隣に跪く。
え?本当に?いいの?
望んでもいいのかな。
「マグノリア嬢。その、……私で良いのでしょうか…」
望んでもいいなら、手を差し伸べても嫌がられないのなら、僕は……
「貴方が良いです。貴方だから、私は…」
両手を外し、赤く染まった顔は迷子のように頼りなくて、いつもの凛とした雰囲気との違いに胸が高鳴る。
潤む瞳に誘われるままに、細くてすらりとした手を取る。
僕には不釣り合いなくらいに美しい君。
強気で明るくて、眩しいほどに綺麗で可愛い君。
そんな貴女を、分不相応にも望んでもいいのなら。
「ずっと、この命が尽きるまで貴女を愛します。大変な事もあると思いますが、貴女と共に幸せになりたい。どうか、私と結婚してくださいませんか?」
震える声で願うと「はい」と答えてくれた言葉が泣きたくなるぐらい嬉しくて胸が熱くなる。
抱きしめたいけれど、拒否されたりしたらと思うと怖くて出来ない。
その代わりに白く華奢な指に誓いのキスを落とした。
後日、王都に帰ったマグノリア嬢の手紙を携えて、品の良い老紳士がやって来た。
スタンリー侯爵家の元家令というアルバートさんに薦められたので先に手紙を読ませてもらう。
流麗な文字で季節の挨拶から始まり、滞在のお礼と簡単な近況が書かれていた。
婚約者からの初めての手紙につい浮かれて読んでたら、首をひねる言葉が書かれていた。
『アルバートに全て任せていますので、アルフレッド様も一緒に頑張ってくださいね』
何を頑張るのかな?
明確に書かれていない内容に首を傾げる。
「すみません。貴方は何か任命されてるのですか?」
老紳士なアルバートさんはにっこりと微笑んで殺気を放ってきた。
肌の表面がピリピリする。
この人、強いな。
体術じゃ敵わない。たぶん父上と同等か少し下かな。
彼が僕を害する理由が思いつかないし、とりあえず様子を見てみようか。
僕は表情筋を駆使して笑ってその殺気を受け流した。
「お茶が冷めましたね。淹れなおしましょう」
扉で険しい表情のメイドに合図をすれば、アルバートさんの殺気がスッと霧散する。
淹れなおした紅茶を互いに一口飲む。
「まずは合格。素質は充分でございますね」
さっきの殺気の事かな。
……さっきの殺気。寒いダジャレになった。
ちょっと恥ずかしい。
真面目なアルバートさんの話の腰を折らないように顔に力を入れる。
「お嬢様の思惑とは別ですが、結果的に同じ事と思われてください。マークロウ卿、結婚式までに貴方に体術・剣術などの武術一般をご指導致します」
告げられた内容に目を見開く。
アルバートさん曰く、何らかの方法で魔法が使えない場合に自分の身もマグノリア嬢の身も守れるからだと言う。
確かに、僕は魔法使いだからと、武術は避けてた。それに魔獣を相手にする事が多いせいか、対人戦は苦手で師団のみんなに任せる事もある。
そうだよね。マグノリア嬢って宰相の娘だから、色々あるわけだし、辺境だからって甘えちゃダメだよね。
そんなワケで、僕の過酷なトレーニングが始まった。
ぶっちゃけアルバートさんは鬼だった。
トレーニングもそうだけど、食生活も改善された。
至福の揚げ物は制限され、脂身の少ない物や野菜が中心となる。
それはそれで美味しく料理してくれるんだけどね。
うちの料理長、本当に神だよ。崇めちゃうよ。
間食も禁止されたので、そこだけは泣きついてゴネて、どうにか週に一回だけ許可をもらえた。
もうね、週一のお菓子とマグノリアの手紙と来訪だけが心の支えだったよ。
みるみる落ちていた体重が90kgから停滞して、落ち込んだり焦ったりした話、聞きたい?
足をガクガクしながら階段を駆け上がったり、全身アザだらけでアルバートさんと模擬戦したり、極楽のはずのマッサージがすんごい痛かった話、聞きたい?
残念。僕はもう話す気力もないよ。
※終わり※
これにて完結です。
お読みくださりありがとうございました。
その後のお話もございます。シリーズからお読み頂けると光栄です。