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幸福な王子 1

体調不良で倒れた梅吉は不思議な夢を見て――…。

気分が進まないと言うだけで身体はこんなにも重いのかと思わずには居られなかった。

生徒会室へと続く廊下はまるでゴルゴダの丘だ。それは新約聖書でキリストが磔にされるために十字架を背負って登った聖地。死ぬと分かっているのに向かわなければいけないこの苦痛は半端なものではない。

 勿論、身体的な死が待っているわけでも無ければ、自分は誰の罪も背負っていない。まして生徒会室は聖地ではなく、今後もそこは学生が集まるためのただの一室にすぎないだろう。

磔気分で校内の地図を見ながら進む。

(ああ、気が重い……)

 物理的苦痛と精神的苦痛、一体どちらがまだマシなのだろうか――そんな答えの出ない事を考えながら生徒会室へ向かった。

 生徒会室は特別棟の三階にある。特別棟は他にも図書室やパソコン室などがあるが実は一度も行った事がない。

 そもそも、梅吉がこの学園で自分の意思で行く場所と言えば教室と保健室、たまに呼びつけられて千景の研究室ぐらいであまり歩き回った事がなかった。

 もちろん移動教室や体育の授業や集会で『授業を受ける最低限の教室の場所』には行く事ができるが、必要性がないならなるべく移動したくない。

 何故なら

 「敷地が無駄に広いんだよ!」

 この学園は、まるで大学のキャンパスかと疑いたくなる広さで校内には学食と言う名のレストランなんかもあるらしい。一応地図はあるが迷いそうなのであまり今まで出歩かないでいたのだ。

 正直、自分には南校舎と北校舎と体育館以外無縁なものだと思っていたし『そういう設定』なだけで実在しないんじゃないかと思っていた。

 しかし、

 (実在しちゃったー!実在しちゃったよー!)

 そうなると、まだ出現していないキャラクターをこの広い校内から探さないといけないと言う試練も降りかかってくるわけで、

 (そもそも、この学園の生徒限定なのか?街も含めてとかになったら)

 ――頭が痛い。まだ風邪が治ってないのだろうか。動けるようにはなったがまだ喉も痛いし本調子ではなかった。とりあえず今は目の前の苦痛なイベントをなんとかやり過ごす事だけ考えよう。

 重たい身体と痛い頭をなんとか前進させてようやくたどり着いた特別棟三階。

 「やぁ、いらっしゃい」

 扉を開けるとロの字に机と椅子が配置されており、黒板を背に真崎千鶴が、席から外れた位置に椅子を置いて兄の千景が座っていた。

 他にも副会長や書記や会計なんじゃないかと思われる生徒が座っていて、両側と黒板とは反対側の方には各クラスと生徒達が座っている。

 「あっ、梅ちゃんこっちだよー!」

 梅吉の姿を見つけるとほづみがニコニコと笑いながら手招きをした。真澄も彼女の隣に座っていた。

 しかし、絶対生徒会なんてものには参加しなさそうな外見不良の真澄が真面目を絵に描いたような面子が九割を占めるこの場に居るの激しい違和感を覚える。

 (いかにも、学校の全ての窓を割って、盗んだ原チャリで走り出しそうなのに――…)

 外見とは裏腹に背筋をピンと伸ばして椅子に座る真澄とその横に座って梅吉を手招くほづみの方へと向かう。

 どうやらまだ周は着ていないようだ。見渡しても他に知り合いもいないし、知らない人間の横より知ってる人間の横の方がいい。例え不良と腐女子でも知り合いが居ると言うのは安心感が違った。

 来るまで面倒な人間ばかり集まって、本当に憂鬱だったが着てしまえばこの二人に関しては居てくれてよかったかもしれない。

 真澄は見た目不良だが中身は真面目だしほづみも中身は腐女子だが見た目は普通だ。

 問題は――。

 「梅ちゃんいらっしゃい!三度目ましてだね」

 にこっと柔らかい笑みを作って千鶴が近づいてくる。横で小さく悲鳴が聞こえて「ああ、腐女子が脳内変換してる」と思いながら無表情を作って聞かなかった事にした。

 それは、横の腐女子より目の前のチャラ男の方が脅威度が高かったからだ。

 腐女子と梅吉は世間的に大きく区別したならきっと同じカテゴリーになる。梅吉は自分がオタクだと言う自覚が薄いがアニメもゲームも好きだし作家は選ぶが同人誌も読む。箱で郵送しないといけないほどコミケで本を買ったり長い長い列に並んでまで企業ブースや大手サークルに並んだりはしないがコミケには行く。

 多これは世間的は十分『オタク』だろう。そして腐女子と言うものも、同人誌が好きな者と商業誌が好きなもので分かれるしそれによって同人誌即売会の参加の有無はあるかもしれないが世間的に見たならやはり『オタク』だろう。

 しかし目の前の男、真崎千鶴は『チャラ男』である。オタクの街が秋葉原ならチャラ男の街は渋谷、そもそも生きている世界が違う。喋る事が苦手な自分と喋らないと死んでしまうチャラ男。

 その中身チャラい男千鶴は梅吉が水なら千鶴が火、まったく正反対の生き物なのだ。

 「昨日は具合が悪かったんだね。大丈夫?」

 なんでこの男のところまで自分の個人情報が漏れているのか、兄の千景が言ったのか自分が主人公だから回りのキャラには自分の行動が筒抜けなのか。前者ならまだしも後者は少し嫌だ。

 しかし、このチャラ男でも人の心配をするのだと少し感心する。

 「もしかして、前日に僕に会って身体の火照りが抑えられなかったのかな?」

 だが、次に続いた発言に感心は直ぐに軽蔑へと変化する。やはりこの男、このゲームで一番苦手なキャラだ。

 「風邪を引いたみたいで――先輩にうつったら困るのでどうか近づかないで下さい」

 それでもいずれ、目的の為にはいつかこの男の好感度を上げなければいけない日がくる。多分ここでの答えは頬を赤らめて俯いて彼の言葉を肯定するような行動やセリフを言う事なのだろうが多分今自分は赤面どころか顔が青ざめている。

 だからなんとか引き攣りながら笑顔を浮かべてそう言うのが精一杯だった。マスクのおかげで引き攣った口元が相手に見られなかったのは本当にありがたい。

 そしてこの状況で『お前の妹に頭踏まれてから調子悪いんだよ!』と言わなかっただけ自分は頑張ったのではないだろうか。

 「遅れました!」

 扉ががらりと空いて、周が入ってくる。周は室内を見渡し梅吉の姿を見つけるとあからさまに嬉しそうな顔をしてこちらに向かってきた。

 (ああ、そんな犬が思いっきり尻尾振って来るみたいな様子で来るんじゃない)

 嫉妬深いヤンデレ気味の周なので千鶴とのやりとりが――……。

 「会長、俺の幼馴染に何か御用ですか」

 そんな心配は的中する。

 「君達、おさななじみ?いいね。幼馴染って響き、特別って感じ」

 甘いハニーフェイスとは裏腹に黒いオーラを背に纏う周とそんなもの気にもしない様子の千鶴。

 「そうです。子供の頃から僕らはずっと一緒なので」

 『子供の頃』と『ずっと』を強調されたセリフに千鶴がニィっと口元だけで笑みを作る。

 (!?)

 それがあまりに邪な感じがしてゾクリと寒気が走った。

 「うんすごくいい。そういうの壊すの凄く楽しそう」

 誰に言う訳でもない。限りなく独り言に近いその言葉、勿論、目の前にた周には届いている。周は今にも殴りかかりそうな勢いで睨み付けていた。

 ただのチャラ男だと思っていたがこれは本当にやっかいなキャラかもしれない。横でほづみが小さく歓喜の声をあげているが突っ込む余裕もスル―する余裕もない。

 兄の千景とは比べるまでもなく危険な男真崎千鶴は今後、このゲームを攻略するのにもしかしたら大きな壁になるかもしれない――。

 「こら、後輩いじめて遊んでないで早くはじめろ」

 その時、千鶴の背後からぬっと腕が伸び無駄のない動きでそれが首へと巻き付いた。

 「ぐえっ!」

 瞬間、蟇蛙が潰れたような声が聞こえて、千鶴は彼より少し身長の高い七三分け眼鏡に思い切り裸絞めされていた。なんて見事なチョークスリーパーだろうか。

 「ぎぶっ!ぎぶっ!頚動脈締まってる!頚動脈締まってる!」

 千鶴はじたばたと暴れながら顔を真っ赤にして自分の首を締め付ける腕をばんばんと叩いた。

 「真面目にやるか?」

 七三分け眼鏡は無表情でそう問いかける。

 「やる!やるから!」

 千鶴の顔色は赤から青に変わった。

 「ふざけないか?」

 そして青から土色に変わり

 「……」

 「おい、返事――おっと絞めすぎたか」

 千鶴は沈黙している。白目を向き、口はだらしなく半開きの状態だ。折角のイケメンが見事なまでに台無しになっている。

 「まぁいい、うちの会長は飾りみたいなものだしな。委員会を始めるぞ」

 七三眼鏡は動揺する様子もなく千鶴の後ろ襟を持つと引きずって黒板のある方へと歩いて行った。

 そして真ん中に屍となった千鶴を座らせ、自分はその左側へと腰掛ける。着席した席からして彼が副会長だろう。

 実の弟がぐったりと人形のように座らされていると言うのに、兄の方は涼しい顔をしているし他のクラス委員や役員も表情を変えていない所を見るとよくある事なのかもしれない。

 

 「それでは、今日は――…」

 

 副会長の華麗なチョークスリーパーで恐れていたよりは大分楽に委員会は終わりを迎えた。







 それから一緒に下校しようと言う周や真澄とほづみの誘いを断り保健室へと向かう。

 細かいデータが見たいと言う事もあったがある事が今朝からずっと気になっていたからだ。

 「失礼しまーす!」

 扉を開けると相変わらず鈴之助は乙女ゲームを攻略中だった。

 「お前、仕事しろ!」

 言ったところで無意味だと分かって居ても言わずにはいられない。

 「あら、いらっしゃい梅ちゃん」

 鈴之助は梅吉の訪問を確認するとくるりと椅子ごと回転してこちらを向いた。

 「御用はなぁに?まさか私に仕事しろー!って言いに来たの?それとも詳細データを見に?」

 梅吉の様子に不機嫌になるわけでも、発言を気にする訳でもなく鈴之助は笑顔で出迎える。

 「あ、データも見たいんだけど、ちょっと気になる事があって」

 それから梅吉は昨日見た夢の話しを鈴之助にする。

 最初の方は確かに『記憶』だと認識できるのに終わり際のそれは自分の『記憶』に残っていない。

 そもそも、この世界での夢と言うものは一体どんなものなのだろうか。ここに来て夢を見た事自体初めての事だった。だから昨日までここでの『眠り』は夢を見ないものだと思っていたし、他のVRも大体そんな感じだ。

 ゲームの中での『眠り』に夢はなかったはずだ。

 「へぇ、夢を見たの――珍しいけどないことじゃないわ。細かい所は違うけどVRゲームは『意図的に夢を見せている状態』なの。そしてこの世界で触るもの見るもの味わうものは『記憶』にあったものを探しだし同じもの、または似たものを見つけてきてリアルに感じるように作っているってわけ」

 基本は記憶を基盤に電気信号で脳に刺激を送り、補足しながら決められたストーリーの夢を見せるのがVRゲームのシステムだと鈴之助は語った。

 だから、脳は常に『レム睡眠』状態にある。レム睡眠は脳は起きているが身体は眠っている状態、だから脳を休めるためにこの世界での眠りに『レム睡眠』は基本的に存在しない。

 「記憶を常に掘り起こしてるわけだから、刺激されて昔の事を思い出したり眠った瞬間に見たりする事はないわけじゃないわ。でも、それはアバターと脳が一致してない場合によく怒る不具合なのよね」

 アバターと脳の不具合と言われてドキリとする。確かに自分の本体とこのアバターは一致していない。

 「もしかしてあんた、アバター設定するとき見栄でもはったの?そうは見えない外見だけど」

 鈴之助がニヤニヤしながら言った。まさか中身男ですなんていくら鈴之助でも言えはしないので梅吉は笑ってその言葉を誤魔化す。

 「でも、じゃああれは『記憶』なのか」

 一体あの青年は誰なのだろう。

 そして、あの青年とよく似たあの優しい声の人物はやはり夢なのか。しかし『夢』と言うもの自体はこの世界では見ない筈で見るのは『記憶』だ。

 (この世界に、昔、俺に会った事がある奴が居る?)

 しかしこれはMMOではない。ネットには繋がっていないし自分以外はNPCだ。もしかしたらハッキングでも受けているのだろうか。

 ログアウトできない事にそれが関係していたりするかもしれない。でも一体なんの為に。昨日見た『記憶』は優しかった。こんな嫌がらせをする程不快なものではないと思う。

 考えれば考える程分からなくなって梅吉は頭を抱える。

 「とりあえず、アバターが合ってないなら気を付けなさい。合わない身体で無理すると倒れるわよ」

 心配そうに鈴之助が顔を覗いてきた。一瞬、事情を話してしまおうかと思ったが喉元まで出かかった言葉を飲み込み腹の底に押し込める。

 「大丈夫」

 相談したところで、きっと彼は自分をログアウトさせることはできない。

 彼はサポートキャラでこの世界がゲームだと分かっているが、直接ゲームのシステムに介入できるわけではないだろう。言った所で仕方ない。

 それに、

 (現実の俺を知られたくない)

 自分が単なるコミュ障の生き甲斐の少ない、なんの才能も能力もない人間だと知られたくなかった。

 だって知られたらきっと嫌われてしまう。

 いや、彼らは「主人公の自分」に恋するように作られているからあからさま拒絶はされないだろう。もしかしたら受け入れてくれるかもしれない。

 それでも今は嫌だった。

 もう少し、自分がこのゲームの主人公に見合う人間になれたなら伝える事もできるかもしれないけど。

 「無理するのと頑張るのは違うんだからね」

 暖かい言葉をちゃんと本当の自分に向けられているとそう思えるまで――月見里梅の中身が男である事は秘密にしていたい。

 それにしても、結局あれは誰なのか――このゲームの中に存在するのだろうか、だとしたなら

 (そう言えば本当は生徒会は昨日だったんだよな、確か千鶴に急用ができたとかで)

 急用と言うのが梅吉の家に来ると言う事だったらどうしようか。

 あの青年は千鶴なのか、そして千鶴はNPCではなく中身があるのだろうか――もし自分に恨みがあるなら今日浮かべたあの邪な笑みにも納得できる。

 (よりによって)

 でも、ちゃんと向き合わないといけない。

 彼の正体を確かめなくては、そしてもし自分に恨みがあるならその理由もきちんと聞かせて欲しい。そして伝えたい。恨まれていても、嫌いでも、あの子供の時、みんなが帰って来るまで一緒に待ってくれた事は嬉しかったと。

 あの頃の感情を覚えてはいない。正直、今の今まで記憶であるかどうかさえ疑っていたのだから。でもきっと自分は嬉しかった。だからちゃんとお礼が言いたいのだ。

 「鈴之助、真崎千鶴の家ってどこ?」

 だから、逃げずに向き合ってみよう。

 

 

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