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幸福な王子 2

体調不良で倒れた日に見た不思議な夢を見た梅吉。どうやらそれは過去の記憶らしい。微かな目覚め、夢と現実の間のような朦朧とした意識の中「大丈夫」そう梅吉の頭を撫で人物は夢の中で見た青年の面影があって――その出来事から、過去出会った青年がこのゲーム内にもいるのかもしれない。ゲームから出れないのはその青年が原因なのでは?と思うようになる。そして丁度倒れて学校を休んだ日に「用事がある」と委員会を開かなかった生徒会長真崎千鶴がもしやその人物なのではないか?そう考えた梅吉は彼の家を訪ねてたのだが――…。

 ガーデニングと言う物が昔流行ったらしい。それは自宅の小さな庭に花を植えたりハーブを植えたりと言うものだ。

 目の前に広がる光景はきっと『ガーデニング』なんだと思う。しかし、あまりにそれは規模が大きくて。


 (むしろジャングリングじゃね?)


 ――目的地のそこは、まるでジャングルでした。





 鈴之助に千鶴の自宅を聞き出し、書かれた地図を頼りに家まで辿りついた。

 彼の家はこの街の一等地にあり、敷地も広大だ。

 『坂の上に古い洋館があるから』そう言われ、たどり着いた場所には確かに説明の通り洋館はあったが、

 (緑に侵食されている……)

 鉄格子の門の向こう側に蔦の絡まった煉瓦の壁、西洋の城のような大きな屋敷があり回りにはシダ植物や極彩色の花、もみじや銀杏がランダムに植えられた、まさしくカオスな庭が広がっている。

 手入れされているのかいないのか、とにかく緑が草が葉っぱがすくすくと育ったそこはジャングルかお化け屋敷と言った風で、とてもじゃないが人が住んでるような場所には見えなかった。

 「……」

 思わず立ち尽くしてしまう。

 ある程度の事は覚悟していた。

 誕生日にワニが贈られるような家だし、この前のジェニファーの時、百花が言っていたセリフからして相当金持ちなんだと思って居た。

 だから家が大きいとか敷地が広いとかなら梅吉はこんなに驚いていなかったと思う。今、こんなにも立ち尽くしてしまっているのは家の大きさより敷地の広さより目の前の緑に圧倒されているからだ。

 自然の前では人は無力だとよく聞くが、なるほど心の底から理解できる。

 一歩立ち入れば、自分はこの植物たちの養分にされてしまうのではないだろうか?ふとそんな不安過ぎる。触手ものは好きだが、自分がされるのは御免だ『そんな馬鹿な非現実的な話はある筈がない』と思いきれないのは、此処ががゲームの中の世界でなんでもアリだからである。

そしてもし、この世界が誰かの手によってハッキングされてしまってるとしたら、今まで最低限保証されていた命の保証が一切無くなってしまうのだ。

 「や、やっぱり今度にしよう」

 そもそも、別に自宅に訪ねる必要無かったのだ。

 明日学校で話しかければいい、それだけの事だ。つい勢いで来てしまったがこの行動は全く無意味なもので――。

 「帰ろう!」

 そうだ帰ろうと梅吉はくるりと屋敷に背を向ける。そのまま一歩踏み出そうとした時だった。

 「君は!?」

 背後から聞こえた声にびくりと身体が大きく揺れる。どっと嫌な汗が流れ出し、一気に喉の渇きを覚えた。恐る恐る頭だけ回して後ろを振り返る。身体が嫌がっているのか、首が油の差されていない螺子みたいにぎくしゃくとした。

 壊れたロボットのようにゆっくりゆっくり振り返るとそこには、

 「また会ったな」

 七三分けの眼鏡、あの副会長が門の内側にいたのだった。

 「ふく、ふ、く、ふく!」

 梅吉は壊れたレコードようになってしまう。それは勿論、予想外の場所で予想外の人物に会ったからだが他にも理由がある。

 「うし、うし、うし!しししし!」

 副会長の背後から、ゆっくりと威風堂々とした様子であるいてくるその生き物は

 「ああ、これは牛じゃないぞ月見里――これは」

 「とら!トラ!虎!」

 赤茶の毛色に黒の縞模様、金色の目をぎらつかせながら一歩一歩と虎が近づいて来ているのだ。

 「ベンガルトラのルーシーだ」

 そう事も無さげに紹介されたネコ科の生き物は副会長の真横まで来ると大きな頭をその腕にすりすりと擦り付けている。

 「ところで何の用だ」

 頭突きの勢いで頭をすりすりするトラの存在など気にもせずに副会長は眼鏡のブリッチ部分を人差し指でくいっと上げてから抑揚のない声でそう問いかけてくる。

 「あ、のえっと、千鶴先輩に会いに」

 そもそもここは真崎千鶴の家ではないのかとか?いや、それ以前にここは日本と言う設定ではなかったか?だとか、トラと遭遇した場合人間はこんなにも冷静でいられるものだろうか?とか、これももしかしたらハッカーの仕業だろうか?とか、とにかくいろんな疑問が頭の中に湧き出て一杯になって今にも破裂してしまいそうだった。

 「ああ、あいつならまだ寝てるぞ?」

 目の前にはジャングルみたいな庭、そしてトラ、でもそんな背景に不似合いなキッチリと指定のブレザーを着た七三分け眼鏡。

 余りにも不自然な取り合わせで、脳の処理スピードが追いついていなかった。

 「よしじゃあ、いい加減起こすか」

 副会長はぽつりとそう呟いて、梅吉と自分の間にある鉄格子の門に手をかけた。

 「わっ、ちょ!開けないで!虎が!虎が!」

 梅吉は首を左右に激しく振ってその扉が開く事を拒否したけれど。

 ギギギギギィィィィ

 蝶番が高い泣き声を上げる。さび付いた鉄の音。さっきまで、驚き、怯えながらもその門のおかげで安全地帯だった筈のその場所が、途端に危険地帯へと変わっていく。

 「大丈夫。ルーシーは大人しくていい子だよ」

 七三眼鏡が大人の頭二つぐらいはありそうな大きな頭をわしわしと撫でる。

 グルルルゥ

 トラが唸ってるのか喉を鳴らしているのか梅吉には分からなかった。

 とにかく逃げなくては、そう思っているのに金縛りに合ったように身体が動かなかい。

 「さぁ、会長はこっちだ」

 そうやって固まっている間に腕を引かれる。

 「ちょっ、え」

 思ったよりも力強く腕を引かれて、身体が前のめりになりバランスが崩れた。視界がぐらりと揺れて転びそうになる。

 「おっと」

 けれど次の瞬間、目の前にあったのは固い地面ではなく白いワイシャツの襟だった。

 「大丈夫?」

 視線を上に上げると至近距離で七三眼鏡の顔があって、転びそうになって支えられたのだとようやく気が付く。

 抱き締められるような今の状態はきっと女の子ならドキドキして堪らないだろうけど、残念ながら自分は男なのでようやくそれで我に返った。

 (敷地内に入っちゃったよ!)

 そう、危険地帯に今、足を踏み入れてしまったのだ。

 ぐるるるるぅ

 真横から低いトラの唸り声が聞こえた。

 「ひぃ!!!!」

 思わず縋る思いで目の前の人物に縋りつく。

 「大丈夫、大丈夫」

 背中をポンポンと数回軽く叩かれる。怖がる梅吉を落ち着かせるようなその動作。

 (あれ?)

 その感覚に懐かしさを覚えた。

 『大丈夫』

 そう言って、あの青年も梅吉の背中を軽く叩いてくれた気がする。ゆっくりと、ポンポンと数回叩かれただけで心の荷が下りた気がした。

 (――ような、気がする)

 途端に湧き上がった不信感。

 そもそも、この七三眼鏡、モブキャラクターにしてはキャラが濃すぎないだろうか。だって彼は攻略キャラクターではない。その証拠に好感度を表すハートマークは表示されていないのだ。

 けれどこのタイミングで彼が出てくる事自体不自然なのだ。

 名前さえまだ分からない。このキャラ、もしかしてNPCでIAではなく中に人が居るのではないか。

 ハッキングしてこの世界に梅吉を閉じ込めているのは――もしかしたら、

 「あの……」

 でも一体どう聞けばいいのだろう。何か自分に恨みでもあるんですか?そう聞けばいいのだろうか?それで一体どうなるのか。ゲームのキャラやアニメの悪役ならその一言で「そうだ」と今までの悪行の数々そうしてしまった理由をツラツラと語りだすだろう。

 しかし、もし梅吉の予想通りだったなら彼の中身は人間だ人間は嘘を付く「一体なんのこと?」そう言われたらもうおしまいなのだ。だってなんの証拠もない。

 (ひ、と)

 人間、そう思った途端に怖くなる。

 何を考えているのか分からない。好感度のメーターがありわけではないから、心の底で自分の事を嫌悪していても目に見えては分からない。不愉快でも人は顔では笑顔は作れる。

 嫌いな相手でも上辺だけなら会話ができる。

 人、人、人、人、人、人――……。

 ゲームのキャラではない。自分に必ず優しくしてくれると言う確証がないものがこの中に入って今も自分を嘲笑っているかもしれない。

 人、他人、

 (――怖い!)

 膝ががくがくと震えだす。相手の反応に怯えて、突き飛ばす事もできない。

 少なくと自分はゲームの中に閉じ込められるぐらい嫌われてしまっている。相手は自分の事をもしかしたら殺してしまいたいぐらい憎んでいるかもしれないのだ。

 「ん?どうした?」

 口元に薄く笑みが浮かんでいる。眼鏡のせいで彼の目元は見えなかった。

 内心で梅吉のこんな反応を楽しんでいるのだろうか。

 ぎゅっと目を瞑る。とにかく冷静にならなくてはいけない。歯を喰いしばり拳を強く握って、大きく呼吸を二回する。

 (落ち着け、落ち着け、落ち着け)

 頭の中でそう何度も繰り返す。次に取るべき行動を今は考えなくてはならない。梅吉が「気が付いた」と知られたら本当に消されてしまうかもしれないから。

 とにかく落ち着かなくてはいけない。冷静になって、どうすることが最善の選択なのか考えなくては――。

 「!?」

 その時だった。

 膝の辺りに大きな毛玉のようなものを押し付けられた。

 「僕たちが仲良くしてるからルーシーがやきもちをやいている」

 閉じていた瞼を開けると赤茶と黒の縞々の毛玉が膝が膝の辺りにスリスリしている。

 「わー!わー!わー!」

 そう言えば、トラの存在を忘れていた。

 「大丈夫だよ。ほら、大人しいから」

 梅吉の様子に彼は小さく笑うとしゃがみ込んでトラの首に元をわしわしと撫でた。そうされるとトラは気持ちよさそうに目を細めている。

 「さぁ、会長に用なんだろ?」

 ひとしきりトラを撫でると彼は振り返り

 「こっちだよ」

 言って立ち上がり彼は歩き出す。

 右側にはまるで王様に付き添う家臣のようにトラが彼の歩調に合わせてゆっくりと寄り添って歩いていった。

 そうだ――と梅吉は自分の考えを改める。不信なモブキャラでも、彼が『そう』だとまだ決まったわけではない。昨日、委員会を休んだ千鶴もまた『誰かが中に入っている』可能性があるキャラクターの一人なのだ。

 思わず唾液を飲み込む。梅吉はぎゅっと拳を握り前を歩く背中を睨むようにして歩いた。

 閉じ込められている――もし本当にそうなら狙いはなんなのか。一体自分は何をしてしまったのか。

 それは謝罪をしたら許してもらえる事なのだろうか。

 (でも、もし)

 もし命を狙われているとしたらその理由ぐらいは知りたい。なんで殺されるかぐらい、知らずに訳も分からないまま殺されるなんて嫌だ。

 勿論できれば死にたくなんてないけど、それは向こうの気持ち次第だから、だから理由ぐらいは教えて欲しいと思ったのだ。

 (だから)

 やっぱり他人は怖くて、もし生身の人間相手なら――そう考えると今も身体が震えてしまって仕方ないけど。

 見えなくても、分からなくてても、分かろうという努力はしてみよう。

 今まではそれをしてこなかったから、最後ぐらいそういう努力をしてみてもいい。

 結果、何も分からなくても、理解できなくても、他人だと割り切って分かる事を破棄してしまうよりはきっとマシだろう。

 最後まで足掻いて、足掻いて、みっともなくても、無様でも、そうすることで少しマシな人間になれる気がする。


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