第2話
ガスマスク越しに荒くなっている息が聞こえてきて自分までパニックになる。
どうすれば良いのかわからないが救急車は来ない。
誰もここに助けに来ない。それが意味するのは今妹をどうにかできるのは自分だけ。
「水…みず…」
微かな声が耳に入るや否やすぐに浄水装置から濾過済みの水を取ろうとするが入れてまだ数分でまだ濾過し終わっていない。
脱水と疲労、そして長い間の食料不足。いくつもの原因が重なったのだろうか。そんなのを考えるのは13歳の自分には難しかった。
「ゴホゴホ…」
むせるような咳の音に自分の脳内は冷静さを失いそうだった。
水が手に入ってもすぐには飲めない。
これがこの世界の掟のようなものでもあると再認識させられた。
まず冷静に妹のガスマスクの外部の給水コネクターの位置を確認し、ろ過が完了するとすぐに専用の水筒に入れる。
絶対に冷静さを欠いてはいけない。このプレッシャーに汗をかいた。
まず初めに妹の外部レバーを細かく動かし、口元に寄せる。
次に専用の水筒のキャップが閉まっていることをちゃんと確認して音がするまで外部のコネクターに差し込む。
そして妹が咥えているのを確認すると水筒を頭よりも高い位置に持っていく。
焦っていても普段からの生活なので冷静に対処ができた。だが手は震え、視界がぼんやりしていて、音も籠もっていた。
幸い、意識はあり飲むことに成功した。すぐではないが咳の音、心拍数は安定してきているように感じる。まだ寝かせたままにし、食料を探す。
シェルター内には希少な食料は見当たらない。シェルターは大きく居住区、研究室、倉庫に分かれている。
自分は迷わず倉庫に向かったが、そこにはやけにきちんと整理された書類、備品、装置がある。
妹が毎回管理していて見ることが少なかった自分は少し驚きと同時に罪悪感が湧いた。倉庫はそんなに広くはない。
一つ目についたのが非常事態用と書いている箱だ。中を見ると、いろいろあるがそのなかにゼリー状食料があった。
消費期限、賞味期限は書いていない。0220と書いてあるがあまり意味は理解できなかった。
その食料を握って妹のいる研究室に走って行く。
妹はまだ鉄の冷たい床に横になっていて手でお腹を押さえている。ろ過完了後の水はもう無くなっていた。
水と入れ替えてゼリー状食料を差し込むと流れていく。この段階で吸引できるようなので少し安堵が生まれた。安堵と同時に今必要なことが何か分かった気がした。
次の目標は食料、そう思った。
初めてかもしれない。1人でシェルターを後にするのは。少し足取りが竦みながら歩き始めた。
1人で歩くのはいつもとは違った。
とても微かな陽光が見えるが地面を暖めたり照らすほどではない。青く光る花は発光が控えめになっていて、世界はまた違う景色を見せてくれた。
どこか儚く、どこか幻想的。
おぼつかなく見える陽光はどこか未来に希望を照らしているようにも見えた。
食料を求めて歩みを始める。
妹を1人にしたことを気がかりに思いながら歩く。この歩みは決して自分の食料のためだけではない。2人のために歩く。
途中でコンビニが目にはいって中を見て確認するが、その食料は最初に見たものばかりでどこにも安全そうなものは見当たらなかった。
自分の知っている知識をフル回転すると家の中にあるかもと思い青く光る花が纏わりつくビルのなかに入ろうとした。
一歩入り歩くと
パキパキ
という音やコンクリートの亀裂を見て断念した。
ふと考えた。
自分は終焉の瞬間をはっきり見た記憶はないが、なぜこんなにもボロボロなんだろうか。ここまで崩れるのだろうか。
しばらく歩いていく。
コンビニに行っただけのときは見たことがない景色。だけどどこか見たことあるように感じる不思議な景色が続く。
全く食料が見当たらない。これが現実だった。一切ない。言葉のとおりだ。
行きしに見えていた微かな光は今となれば沈んでいき暗くなっている。希望がすり減っている。
妹の回復を待つべきだっただろうか。何で待たなかったのだろうか。今さら後悔に苛まれる。
だが答えは一つ、明日明後日の生活のため。それだけだ。今しなければ明日がないかもしれない。その恐怖が足取りを速めさせた。
彷徨いすぎてここがどこなのかわからない。人がいないというのは、自分の感覚を狂わせていた。どこを見上げても同じようなビル。暗くなっているそら。
方向音痴ではない自信があったが、人もビルの目印も何もないとなれば話は別だった。唯一の目印は暗くなれば光出す花だけだ。青く光る花はほんの少し光にむらがある。だけどそんなの見る暇はない。
帰り道よりも先に目標を達成したかった。何かプレッシャーが支配している。もしかしたら明日はもう会えないかもしれない。それがどこか本当に胸を締め付けていた。
ずっと消えることのない違和感。ガスマスク越しの匂い、手袋越しの触感。五感をまともに感じることもできない。
だが途中、歩みを進めあのビルから遠く離れたところであろうとこで、目に映る道路、街並み。どこかで見た記憶が蘇る。
体が思うままに歩き進める。どこか見覚えのある形のマンション。身体が毎日、通っていたように、かつての自分の足取りをなぞるように、体が勝手に進んでいく
ふと手に感触。ドアノブに手がかかる。
頭に流れ始める。体の動きが止まった。手をかけたまま。開けているのは現実か、それとも、記憶か。
これは、あの日と同じ音。あの日と同じ光景。
後ろを見れば日差しが目に入る、足元を見ればコンクリート。
これは何気なく学校から帰ってきた日だ。カチャリと回してドアを開けると、母がソファに座ってテレビを見ている。そのテレビのキャスターの声、お母さんの笑い声。
「ただいまーー!!」
「今日さあ、学校でさー」
あの温かい空気、あの家の家族の匂い。
耳から入る母の声
「そうだったのー?――」
優しく柔らかい声、手で触れるあの柔らかいソファの感触。
外の景色は今とはまるで遠い景色。明るく、ビルの窓が陽光を反射して部屋に入り込む。
涙が頬を伝うのを感じた。マスクの中で、口の真横を伝い、顎へと、そして落ちる。一雫、噛み締めて落ちた。ぼんやりした目に映る、あのときとはまるで変わった部屋の光景。外を映すことをやめた窓。
無意識に、荒れ果てた部屋の中、1つの床下の倉庫を開く。脳は忘れても身体に染み付くように覚えているあの生活。そのなかの1シーンに隠されていた光景。
信じ難いがそこにはなけなしに残された缶詰が数個あった。涙が止まらない。
それを見つめながら、あの温かみを忘れられない。
コンクリートの亀裂も、ひび割れる音も今だけは気にならない。
ここは安全。そう思ってしまう。お父さんの部屋を開けて、中にはいるとふわっと汗臭い匂いがした気がした。足を踏み出すと足に何かが当たる。
『コツ』
骨だ。




