第一話
今晩の水を求めて、歩みをやめることはできない。
この生活が始まったのは数年前、目を覚ましたときからだった。
妹は何も言わなかった。無言のままただ付いてくる、その足音だけが背後に聞こえる。その妹のガスマスク越しの顔も、見たことがない。
妹は一体何を考えて、何を思って付いてきているのだろうか。顔が見えない以上、それを知る術はもうなかった。
数十分、かつて舗装されていたであろう道を歩く。ひび割れたアスファルトの隙間から、もう見慣れた青く光る花が伸びている。
やがてコンビニが見つかる。だがその電光板は、自分の手元の懐中電灯と同じように、とっくに輝きを失っていた。懐中電灯の電池もついでに探さなければいけないと思った。
コンビニのガラスは水垢やカビで中はもう見える状況ではなかった。
中に入ると、もう歩ける状態の部分はごく僅かだった。そして弁当コーナーには目も向けられない悲惨な状態だった。
雑誌コーナーでは比較的歩けるが埃や粉塵が床を覆っている。
レジコーナーはエアコンが落ちてきていたりとそれも歩けるようには見えなかった。
雑誌コーナーを歩いて冷蔵庫に向かおうとすると背後で何かがぶつかる音がした。
慌てて振り向くと、妹が地面に膝をついている。「…」それでも何も言わず、ただ防護服が下で擦過した音だけがした。
声をかけられないまま、2人で中に入る。散乱した品物の中に、今ではもう価値のないお金が点々としている。
散乱した品物と粉塵の中でも、冷蔵庫の近くにミネラルウォーターのラベルが微かに見えた。それらを集めていく。だが大半はひびが入っていて、使い物にならない。
電池は見つけたが液漏れで白い粉や結晶が付着していて一目で使えないとわかった。
手探りで水を探し、数十本は見つけた。そこにあった、かつてカゴとして使われていたものに入れて帰ることができるだろう、と考えた。
妹を見ると、顔は見えないが、その下を向いている姿はどこか心身がすり減っているように見えた。妹は目も合わせず、ペットボトルも見ず、ただ下を見つめている。
無言でペットボトルを手渡し、自分は数十本をかごに入れて運ぶ。思うように力が入らないが、生きるために持って行く。
妹の手は脱力していて、そこにあまり生気を感じることはできなかった。それでも2人とも立ち上がり、コンビニをあとにしなければならなかった。
帰りは妹に着いていく。折り返すように歩んで来た道のりを辿ると、喪失感がある。妹の後ろ姿は、自分よりも頼もしく背丈がある。
この喪われた都市の中、まだ硬いアスファルトの上を噛み締めながら、淡々と2人は歩みを進める。アスファルトには行きしと同じで、青く光る花が多く生えている。
道路の上には車が何年もの月日放置されてある。錆びていて、タイヤは潰れて、なのに色ははっきりと残っていて少し不気味さを感じた。
道路脇の木は枯れていたが何本かは赤色の錆びているような花が纏わりついていた。歩道だったところにはその花の根っこのようなものがびっしり生えていた。
なぜ道路を歩かなければいけないのか分かったような気がした。
何分経ったのか、今が何時何分なのかも分からない。そもそも今が何年なのかさえ、自分には分からなかった。
時は無情に過ぎて、妹との距離も開いていく。それに合わせて、足取りを速くする。
時の感覚はずっと暗く、時計もない世の中で狂ってしまっている。
いつものシェルターに着く。そこでも会話が始まることはなく、ただ時が過ぎていく。
自分が今すべきこと、それが何なのかも分からない。ただ白い鉄の冷気を感じながら、古びて硬いソファに横になっている。
シェルターの中でもガスマスクをしなければならない苦痛は、過去からは想像もつかなかった。同時に、今の汚染度の危険さが分かる。
シェルター内部は重い二重ドアで1つ目の後に洗浄装置がある。2つ目でやっと中に入れる。
広さはもともと研究所だったこともあり、2人には十分すぎる空間だった。
そんな空間の中、スマホを見ていたらあっという間に過ぎた時間は、今やゆっくりと一秒一秒を刻む気がする。
妹をふと見ると、椅子に座っていたはずが浄化装置に持って帰ってきた水を入れていっている。無口な妹。何かが胸を締めつけ、そこには欠乏感が残った。喋りたいが、今更話しかけるのは難しい。
そんなときだった。
ぐぅ〜
妹のお腹が、疲労の上にうなっているように聞こえた。この未来が黒い霧に包まれ、寂寥感だけの残るこの世界で、最も希少価値が高く枯渇しているもの、それが食料だ。
声をかけたい。なのにかけられない。これには思春期特有の気まずさと数年前から話していないのも相まった。だが恐ろしかったのは、妹の様態がおかしいことだった。
椅子に座っていた妹の体が前倒しになってそのまま椅子から落ちる。




