幸福も蜜の味
いらっしゃいませ。
「ねーねー結希くん!今度ピアノ教えてよ!」
「私も私も!」
俺の机は窓側の一番前の席なのだが、その机の周りに女子生徒が数名いて、わちゃわちゃしながら話しかけてくる。
俺は机に座って彼女らの話をうんうんと聞いているが、それよりも真後ろから感じる静かな殺気が怖い。女子たちには全然伝わっていないようだし、俺だけに向けられているものなのだろうか・・・・・・・・・・・・今日は家に帰るのが怖い。
友達をたくさんつくる作戦は成功したはずなのに——————
作戦はこうだった。
まず、新学期始まったばかりの授業ではまともに始まることの方が少ない。
音楽の授業であれば、ピアノを弾くか、歌うかだろう、と踏んでいた。
自慢ではないと言ったら嘘になるが、これでも自分はピアノの全国大会で2位を取ったことがあるので、一応それなりの腕はあると自負している。というかそれ以外得意なことが浮かばない。
そこで、もし授業でピアノを弾けるのであれば、その時に皆を驚かせて仲良くなろう、というわけだ。まあ短絡的ではあるが行けるのではないかと思っていた。
だが、一つ見当を誤ったことがあった。
「男子からの評判」だった。自分はピアノを年中から習っているので「ピアノ」に興味があった。それが誤診だったのかもしれない。
だから、きっと男子もピアノを聴けば仲良くしてくれると思っていたが・・・・・・・・・
そんなことはなかった。
むしろ「あいつ調子乗ってる」と思われたらしい。
教室に入るたびにすごい顔をされるのは少し嫌だった。
と、まあ結局女子からしか話しかけてもらえなかった。
しかも、後ろの水帆はすごい不機嫌そうで、授業中になると定期的に席を蹴られる。
実平にも「お前女子にモテた代わりに男子からの好感度ダダ下がりだぜ?」とからかわれた。
———ある意味失敗かもしれない・・・・・・
その時。
ガラガラッ、とドアを乱暴に引き開けて、歳をとった小太りの男性教師が入ってきた。
「やばいって授業始まる!」
「え?!あっやば!」
俺の机の周りにいた女子たちは慌ただしく自分の席に戻って行った。
はぁ、と少しため息をついて机の中から教科書を引っ張りだそうとしたそのとき、つん、と後ろからつつかれる。
ビクッとしたが、何事もなかったかのように、ん?と後ろを振り返ると水帆が口元に微笑を浮かべながら手に持った紙片を差し出す。
少し躊躇したが、その何とも言えぬ圧に負けて受け取ると、水帆はそのまま人差し指を立てて唇に当て、秘密だよ、というような素振りをした。
・・・・・・・・・・・・可愛い。
その可愛さに溺れかけていると、始業のチャイムが鳴り、俺は慌てて前に向き直った。
「起立!」
後ろから聞こえた威勢のいい声で、クラスが一斉に立ち上がる。
「気をつけ!礼!」
皆が揃って礼をしていると、なんだか中学校との違いを感じて新鮮味を感じた。
筆箱を開いて筆記用具を取り出しながら、先の紙片を開く。
『今日の帰り、例の場所に来て』
うーん。なるほど。
・・・若干嫌な予感はするが、まあどうにかなるだろうと楽観視して授業に集中することにした。
—————————————————————————————————————————
「礼!」
「「「「さようなら!!」」」」
ようやく放課になり、生徒たちの口から安堵の声が聞かれるようになった。
そそくさと準備を済ませ帰ろうとすると・・・後ろからものすごい圧を感じた。
「ひっ・・・!」
怯えながら後ろを振り向くと笑顔の水帆が立っている。
「・・・・・・・・・あの、すい、その満面の笑みをやめて欲しいんだけど・・・・・・」
「・・・・・・・・・なんで?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・怖いから」
「ひどいね、女子の笑顔を怖いなんて・・・」
「いやいやいや?!笑顔の中に何か違うものを感じるから!!」
可哀想ムードを出そうとしていたので全力で言い訳する。
「気のせいだよ??」
そう言ってにっこりと笑う。
「いや無理だから、笑っても誤魔化せないから」
「え、でも何かの小説で笑って誤魔化してたよ?」
「・・・・・・絶対誤魔化せてないって言われてたでしょ」
「ん〜?」
あくまで、あたしは間違ってない、というスタンスを崩さないのがすごいと思う。
別に褒めているわけでもなく、単純に。
「ま、とりあえず行こ?色々話したいことあるしさ」
そう言うと水帆は俺の手を掴んで半ば引きずるように歩き始めた。
周りの女子は「え?あの二人ってどう言う関係なの?!」「幼なじみらしいよ?」「えーっ、うらやましー」などと驚いている様子だ。
「———ちょい、ちょっと待って?!ちゃんとついて行くから!」
その瞬間、水帆は急に立ち止まって手を掴んだまま振り返った。
俺は勢いのままだったためよもや水帆にぶつかる直前で止まる。
そのせいか、水帆の目線が上目遣いになる。
「ダーメ、さっきまでのゆーちゃん見てたら信じられないから」
「ぐっ・・・・・・あれはごめんって」
確かにあの時は女子と喋っていたことに浮かれていたが、いたが!
「決してやましい気持ちは・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・何?」
「・・・・・・すみませんちょっとはありました」
「ちょっと?」
「・・・・・・・・・結構」
「・・・・・・・・・・・・ふーん」
確かに?!確かにもしかしたらそういうことができちゃうかもって妄想していたところもあるが?!でも、それでも決してやましい気持ちだけではなかったことを声高に主張したい!
「・・・・・・・・・・・・あたしのことはそう言う目で見てくれないのに」
「・・・・・・?!」
え?急に・・・・・・え?
「・・・・・・んー、とりあえず行こうか」
水帆は何事もなかったかのように俺の手を掴んだまま再び歩き出した。
少々驚きながらも俺も仕方なくそのまま付いていく。
昇降口に着いてやっと手を離してくれた。
「・・・・・・・・・逃げないでよ?」
可愛げがないわけでもないが決してフリではない言い方なので、結構マジらしい。
「・・・・・・・・・はい」
靴を履き替え、外に出ると水帆もちょうど出てきた。
「じゃ、いこっか」
「お、おう」
通学路は決して狭くはない歩道だが、二人で並んで歩くと道の半分近くを占拠してしまう。なので先を水帆が歩き、後を俺が歩くことになった。
流石に二人で歩いている時に無言なのは気まずいので、
「・・・・・・・・・で、すい、話したいことでもあるのか?」と訊ねるが、
「着いたら話す」
こんな感じでいくら聞いても後で話すの一点張りだ。
仕方がないので世間話で紛らわすことにした。
「・・・そういえばさ、うちの担任の人、独身らしいよ?」
「へぇー、ぱっと見そうは見えないけどね?」
「だよねー」
「・・・・・・・・・」
やっぱり無理だ。
結局今はどうにかこの気まずさを耐え忍ぶしか方法はないようだった。
しばらくして現れた林の自然の中を掻き分けると、ようやく『例の場所』についた。
例の場所、というのは、土手のことだ。
しかし決して河川の堤防の話ではない。
野馬土手、といって、かつて馬を育成していたときの土の囲いらしい。
とはいえそれなりに高さはある。かといって目立つか・・・といえば、自然の一部と化しているのでそんなこともなく、一番上に登れば人に話を聞かれることもない。
秘密基地、というにはお粗末だが、それでも何か二人きりで話をしたいときにはよく来ているのだった。
「・・・さて。」
水帆が胸の前で手をパン、と合わせる。
「・・・・・・・・・何で呼ばれたか・・・・・・分かるよね・・・・・・?」
そういってジト目でこちらを見る。
「・・・・・・・・・・・・・・・女子と喋ってたから・・・?」
そう言うと水帆は少し黙り込んで思案する。
「・・・・・・まあ無くはないけど、それだけで呼び出したりはしないよ?」
「・・・・・・うーん・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・ゆーちゃん、すっごい浮かれてたよね?」
「ぎくっ」
思わず声に出た。
「・・・・・・・・・別にいいんだけどね?ゆーちゃんが幸せそうなら。どうせあたしなんてただの幼なじみだし。」
「・・・・・・」
「・・・・・・でも、それでもちょっと寂しいんだよね・・・・・・・・・・・・」
そう静かに訴える声には、確かに友愛以外の何かを感じていた。
その言葉は「異性の友人」として寂しいのだ、という意味を含んでいるのだろうか。
「・・・・・・ごめん」
「・・・・・・・・・謝るだけなら誰でもできるんだよね」
「・・・・・・そうだけど・・・」
「態度で示してほしいな」
すごい既視感のある流れだ。
「・・・・・・どういうこと・・・?」
瞬間、水帆の顔がいたずらっぽくなる。
「・・・・・・それ、女子の口から言わせようとするんだー?」
「・・・・・・」
「黙っても意味ないからね?」
「・・・はぁ・・・・・・」
「ふふっ、可愛い」
水帆はキャッキャ、と楽しそうにしている。
まあ、機嫌が治ったならいいか・・・・・・
「あそうだ、今日うち親いないんだよね」
「ぶふっ———」
突然の爆弾発言に吹き出す。
「え?どうしたの?」
水帆はニヤニヤしながら聞いてくる。
もともと水帆は身長が高い方ではないので、特に何もしなくても上目遣いなのだが、たまに若干膝を曲げて下から覗き込むような上目遣いをしてくる。
今回に関しても、今はどちらも座っているからそんな小細工はできないが、それでも十分に威力のある上目遣いだ。
「・・・・・・・・・いや、なんでもない」
「・・・・・・そういうこと考えちゃったんだ??」
案の定突っ込んでくる。ここで突っ込まずに引けばいい感じに優位を確保できただろうに、少し下手なのもまたご愛嬌、といったところか。
「・・・・・・・・・俺はそんなこと一ミリも考えてなかったけど・・・すいは考えてたのか?」
「・・・・・・・・・」
今度は水帆が黙る番だった。
少しして絞り出すように言う。
「・・・・・・そっか、じゃあ来なくていいよ」
「?!」
自分が驚いたのは決して内容にだけではない。
その声が涙声だったからだ。
「・・・・・・そうだよね、そんなことを考えてる女子の家になんか来たくないもんね・・・」
「・・・いや、あ、えーっと・・・」
「・・・・・・」
目の前で女子が、それも幼なじみで、とても親しい子が、泣いている・・・という状況で突き放せる男子など、この世に存在しないだろう、というかいたら速攻で首根っこ掴んで富士山の火口にでも放り込んでやる。
「・・・・・・わ、分かったよ行くよ」
それを聞くと、水帆はパッと顔を上げた。
「・・・・・・そっか、来てくれるんだ!じゃあサービスしちゃおうかな・・・?!」
驚くべき切り替えの早さ・・・・・・いや、そもそも泣いてはいなかったのかもしれない。そういう男子の純情を弄ぶのは少しやめていただきたい・・・・・・と思ったが、それよりも。
「・・・・・・サービス・・・・・・」
その言葉を聞いて、いかがわしいことを考えなかったと言ったら嘘になる。なんなら7割ぐらいそういうことを考えていた。だが、残りではもっと別のサービスを考えてもいた。「料理を振る舞ってくれる」とか。
「・・・・・・・・・ん?」
そんなことを考えていると、水帆がこちらの顔を覗き込む。
そして、そのまま目を閉じた。
「・・・・・・・・・」
・・・・・・・・・・・・?
困惑する。
どうしても行動の意味を見出せない。どういうことなのか・・・?
そこから5秒ぐらい———体感だが———二人とも無言だった。
と、水帆が目をパチリと開ける。
「・・・・・・・・・どうだった?」
「・・・・・・どうって・・・・・・え?どういうこと?」
「!?」
そう言った瞬間、水帆は顔を真っ赤にした。
「・・・・・・・・・ゆーちゃんのバカ」
その声には羞恥と怒りが混在していた。
そこでふと、あれは「キス待ち顔」だったのかもしれないと気づいた。
そして、水帆はそれをサービス・・・・・・・・・・・・・・・ん?
これは「キスさせてあげる」のがサービスなのか、はたまた「キス待ち顔を見せてあげる」のがサービスなのか・・・??
・・・いや待てつまり・・・・・・結構やばい反応をしたのでは・・・?
そう気づいた瞬間、自分の顔が火照っていくのを感じた。
「・・・・・・ごめん」
「・・・・・・今日の料理は激辛にするから」
「やめてくれ・・・・・・」
やはり料理を作ってくれるつもりだったのか、と嬉しくなるが、
しかし激辛料理にされてしまってはたまらないので、どうにかやめてもらおうとする。
「・・・えー、でもなー、どうしても仕返ししたいなー」
「ごめんって、謝るから・・・!」
その言葉を聞いて何を思ったのか、
「・・・・・・・・・まあいいや、ちゃんと作ってあげる」と赦された。
ほっ、と安堵の息をつく。
というのも、水帆の作る料理は本当に美味しいのだ。
頬がボトボト落ちるほどに美味しい。
前そんなことを母さんに言ったら少し拗ねていたが・・・。
そんなわけで、水帆が作るのだからきっと激辛料理も美味しくはあるのだろうが・・・・・・やっぱり純粋に楽しみたい。
「じゃあ楽しみにするね!」
「いい心がけ・・・ね!」
水帆はそう意気揚々と言ったあと、
「・・・・・・・・・・・・・・・そうだね・・・・・・楽しみにしてなよ」
ボソっと何か言ったのは聞こえたが、何と言ったかは聞こえなかった。
そのまま、陽が傾いて橙色に染まり始めるまで、他愛無い話をしながら二人で夕風に吹かれていた。
そろそろ帰るか、と野馬土手から降りて、草を掻き分け、いつもの通学ルートに戻る。
帰宅している生徒もぽつぽつといるが、ほとんどの生徒は帰った後のようで人もほとんどいない。
しばらく通学路を進むうちに、無意識に並んで歩いていた。
決してそんなに近い距離でもないのだが、並んで歩いていると水帆の方からほのかに暖かみを感じる。それこそがかすかな幸福感かもしれなかった。
「・・・・・・ねぇ、ゆーちゃん」
「ん?」
「・・・・・・ゆーちゃんは彼女作る気ないの?」
ぎょっとして水帆を見るが、水帆はただ前を見ている。
決して自分をからかうような意図はないらしい。
「・・・・・・・・・・・・・・・ない・・・と言ったら嘘になるな」
「・・・・・・ふーん、欲しいんだ?」
「・・・まあそりゃな。駅とか行ってリア充を見かけるたびに羨ましく思ってるし」
「へぇ?可愛いとこあるじゃん」
水帆は少し意外そうにしている。
「・・・・・・可愛いか?」
「うん」
あまりにも素直に頷くので少し驚く。
「・・・・・・そういうすいこそどうなんだよ?」
「・・・・・・あたしは・・・」
水帆は悲しそうに呟く。
「・・・・・・・・・欲しい」
「・・・・・・そうか」
どう掘り下げたらいいのか分からず、黙ってしまう。
そのまま、どちらも何も言わず黙々と歩き、信号で止まり、また歩く。
気まずい、とは思いつつも、どうしてもその話題を再開する勇気が出なかった。
気づけば家が見えてきてしまっていた。
「・・・・・・ね」
ふと、俺の制服の袖をぎゅっと掴んで立ち止まった。
「?!」
水帆を見ると、こちらを見てぷるぷるとしている。
「・・・ゆーちゃん」
「・・・・・・・・・すい・・・・・・・・・?」
水帆は顔を赤らめたまま続ける。
「・・・あたし・・・・・・ね」
一瞬伏せた目を上げ、じっと俺の目を見つめる。
「・・・・・・・・・ずっと前から・・・・・・・・・・・・ゆーちゃんのことが・・・・・・・・・・・・」
しかし言葉は続かない。
「・・・・・・・・・」
水帆の顔は緊張のためか真っ赤になり、手もぷるぷると震えている。
「・・・・・・?!」
俺はいつのまにか、水帆の右手を取って両手に握っていた。
「・・・ど、どう・・・・・・え・・・!?」
水帆は突然のことに目を白黒させる。
「・・・・・・・・・震えてたから」
そこで初めて、俺は水帆のことを「守ってあげたい」と思っていたことに気づく。
この感情は、「幼なじみの、親しい女子」へ向けられたものなのか。
・・・・・・きっと、それ以外にもあるような気がした。
「・・・・・・・・・ゆーちゃん・・・・・・」 水帆の瞳がこまかに揺れる。
俺の視線が、その可憐で美しく澄んだ瞳に吸い寄せられる。
「・・・・・・・・・・・・すい」 名前を、無意識に口にする。
その言葉の続きを紡ごうとするも、頭の中でからまってうまく出てこない。
「・・・・・・・・・・・・す・・・・・・あ・・・・・・・・・」
水帆はこちらをじっと見つめたまま、所在なさげな左手をふるふると震わせて続きを待っている。
「・・・・・・・・・・・・」
『好きだ』 そう伝えるだけなのに。
「・・・・・・」
「ねぇ」
しびれを切らしたのか、水帆が口を開く。
しかし意外にも、その口調は柔らかい。
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・無理に言わなくていいよ。あたし、その続きを・・・・・・・・・ずーっと待ってるから」
大好きな幼なじみのその健気さに、そして、自分の不甲斐なさに、涙がこぼれそうになる。
でも、そんな姿は見せられまいと、必死で堪えた。
「・・・・・・・・・ごめん」
「・・・・・・いいから」
水帆は少し寂しそうであったが、それでも凛としていた。
「・・・・・・あたしも・・・・・・言えてないから」
二人の間を涼風が吹き抜ける。
「・・・・・・じゃあ、また明日」
「・・・・・・・・・・・・あ、ああ、また明日・・・」
俺はそのまま水帆が家に入るのを見ていることしかできなかった。
いかがでしたでしょうか?
今回も相変わらずの内容ですが、お読みいただきまして本当にありがとうございます。
もし、お気に召していただけましたらぜひ!感想もよろしくお願いいたします!




