第5話・悪魔の力
いつの間にか立食パーティーのような形式になっていた謁見の間が解散となり、俺とティファは、クローディアに案内される形で、城の中を闊歩する。
クローディアが身に纏う鎧がガシャガシャと音を立て、すれ違う使用人達をいちいち振り向かせる。そして、兜だけ外したそこにある姫殿下の顔を見て、皆が一様に頭を下げる。
廊下のひとつをとっても、カーペットは皺ひとつなく、白い壁にも汚れが無い。窓の外には、瑞々しい緑の林があり、林の向こうが見える程度には高所に建てられているためか、赤レンガの街が少しだけ見えた。遠くのほうには、巨大な時計台も見えて、その時計台を中心に、蜘蛛の巣のように町が広がっている。
「綺麗な街だな……」
思わず口から漏れる心。思った事が口から出るという悪癖は、美智子との日々のせいで着いてしまった癖だ。黙っていると不機嫌になる事があるので、何かを感じたら呟くようになってしまった。美智子はここには居ないというのに。
だというのに、美智子の変わりのように、俺の悪癖に反応を示したのはティファだった。
「でしょ! 後で案内してあげる!」
得意げな表情をこちらに向けてくれるところ悪いのだが前を向いて歩いて欲しい。
「案内出来るほど詳しくないだろう、勇者も」
と、前を歩くクローディアが苦笑した。どうやらティファはこの土地の出身では無いらしい。
聞いた所でこの世界の地名など解らないのだが、念のために、どこ出身なのか聞いたほうが良いのだろうか、と思い、ティファの顔色を伺うと、ティファも苦笑を浮かべていた。なんとなく覚えがある。嫌な方向に話が進みそうな時の、気まずさを抱えた表情に見えた。
なら、この話はこれ以上掘り下げないのが吉だろう。召喚された身だからか、美智子に似ているからか、彼女の嫌がる事はしないと、本能が制限してくる。
「それで、今俺達はどちらに向かっているのでしょうか、姫殿下」
そう尋ねると、クローディアは答えた。
「訓練場だ」少しだけ振り向き、横目で俺のほうを見るクローディア。「貴殿の能力がどういう物か判明していないようなので、実験可能な場所へ行く。悪魔殿にとっても、そのほうが都合が良かろう?」
その提案は本当に渡りに船だった。何も無いなら無いで悲しいので何かはあって欲しいのだが、その何かが危険な物だとしたら試すに試せない。積極的に試験場を貸して貰えるというのは、本当に助かる。
ふと、そういえば、美智子がアニメやゲームが好きだった事を思い出す。というか、客と話を合わせられるように、客のおすすめに合わせて色々な趣味事に中途半端に触れていたので、その多趣味の一環にアニメがあった。一緒に見るのに丁度良くて、たまに一緒に見ていたのだ。
その中に、ゲームの世界のように、ステータス、と唱えるとステータスが見えるような作品があった。いや、あれは本当にゲームの世界だったか。記憶は曖昧だが、ああいうものがあったら良かったのに、と思いながら、クローディアの後に続くのだった。
訓練場に到着する。城の中にも訓練場はあったようだが、外にもあったようで、俺達が案内されたのは外の訓練場だ。最悪でも城を壊さないように、という配慮だろう。
この世界には、大きく分けて2つの『力』が存在しているという。その説明と共に、実験は進められた。
ひとつは、魔法だ。相当才能が無い限り、習得さえすれば誰でも使えるようになるらしい。
もうひとつは、加護だ。エイティマという女神を信仰しているこの世界曰く、エイティマの加護が原則として1人1つ以上付与されており、前提として『なんでもあり』だそうだ。ただし、この加護については、おそらく俺には付与されていない。というのも、どうやら加護は、誰に言われるまでもなく、産まれ持って自覚があるらしいのだ。
例えば、ティファは『望んだ何かを召喚出来る』と確信していたらしい。最初は動物等で試してから、この度、悪魔召喚に臨んだとか。これだけ聞くとチートと呼ぶに相応しい強さだ。
しかし、クローディアは『遠距離攻撃完全無効化』と合わせて、3~5つの加護を持っているらしい。遠距離攻撃無効以外は公表していない国家機密らしいので聞く気も無いが、どちらにも、ズルいという感情が芽生えてしまう。
何日か色々な事を試したが、特筆した長所は、この悪魔の身体には無さそうだった。
「そんな事無い! 見た目が既に長所! 見た目の加護!」
とティファは言うが、それこそそんな事は無い。顔もここ数日のうちに鏡で見たが、どうにも前世の俺が小奇麗になって若返った程度の顔にしか見えない。いや前世と比べたら小奇麗になっているので調子に乗ってしまいそうな見た目ではあるが、しかしその程度だ。悪魔として召喚されて、ちょっとカッコいいだけ、というのは、あまりにも情けない。
ああ、自分のステータスを見れるあの能力があったら、すぐに解るだろうに。数日の疲れから、そんな現実逃避を本気で願ってしまった。その時だった。脳内に直接、声が響く。聞いた事のある男の声。
『梶谷純一、第一の願いを受理。内容:ステータス分析能力の付与。承認しますか?』
それは、機械のように平坦に喋る、俺の声だった。若返っていない、大人の頃の、つまり前世での俺の声だ。
だが、それが何を言った? 唐突だったので、もう一度脳内で再生しようと記憶を漁ったが、その必要は無かった。音声は親切にも、もう1度同じ文章を読み上げる。
『梶谷純一、第一の願いを受理。内容:ステータス分析能力の付与。承認しますか?』
梶谷純一。前世での俺の名前。
第一の願いを受理。第一?
内容:ステータス分析能力の付与。さっき俺が願った力だ。
承認しますか? 俺の願いを、俺が聞き届けるという事か?
俺の願いを俺が叶える事が出来るとして、第一とはなんだ。
「どうしたのだ、難しい顔をして」
と、クローディアが俺の顔を覗き込むと、
「近いの禁止!」
と、ティファが間に割って入る。接触禁止からいつの間にか難易度がひとつ上がっている……。
ええい、覚悟を決めろ、元・梶谷純一、現ピッピ! 試さなければ進めないから試験するんだろう!
心の中で唱える。
承認。
と。
「…………」
しかし、何も起こらない。
変化らしい事は起きず、その変わり、音声は再び脳内に響く。
『梶谷純一、第一の願いを受理。内容:ステータス分析能力の付与。承認しますか?』
え、無視?
承認って心を込めたじゃん。承認しますかって問いかけに答えたのに、無視?
困った。返答の仕方が解らない。
いやしかし、これを承認したらどうなるんだ? ステータス分析能力の付与と言われてもイメージが湧かない。それを、俺が承認した所で、何が起きるというのか。
試しに考えてみる。
思い浮かべるのは以前見たアニメの映像と、ゲームの記憶だ。ステータス画面は半透明の青色。白い文字が浮かび上がり、体力、攻撃力、防御力等、各種ステータスと、持っている加護の一覧。使える魔法の一覧もページをめくれば閲覧可能。ステータス、と心の中で唱えれば、10秒間表示し、その後、自然に消える。名前と種族も欲しい。
こんな具合で、
「承認する」
恥ずかしいが、声に出してみる。見られていると解ったら恥ずかしいので、目を閉じる。
すると、先ほどの声が淡々と続きを紡ぐ。
『承認を確認』
その冷たい声に、鼓動が跳ねた。だが、俺の動揺などつゆ知らず、その声は続く。
『顕現内容の精査を開始。異常無し』
機械的に、冷淡に、声は続く。
『残存魂の査定を開始。異常無し』
冷や汗が額から頬に落ちる。何が起きているのか解らない。ただ、何か、重大な何かが、今、俺の脳内で起きている事だけが解った。
そして最後に、声は言う。
『取引成立。――悪魔の契約を締結する』
何かが始まり、何かが終わった。閉ざされた視界の中、鼓動の感触だけが俺の意識を保つ。いつの間にか緊張感に支配されていた身体が、鼓動のリズムに合わせ、少しずつ緩んでいった。そして、いつの間にか聞こえなくなっていたらしい、周りの音が聞こえるようになる。
「ピッピ、ピッピ!」と俺を呼ぶティファの声と、「おい、どうした、何をしている。何かしているのか」と、問いただすクローディアの声。
ひとつ深呼吸をして、目を開ける。立ったままの俺の身体を、2人が支えていたのが見えてから、掴まれている腕や肩の感触が伝わってくる。
魂がどうのと聞こえたから、もしかしたら魂ごと持っていかれるのかもと考えたが、無事に戻ってこれたようだ。最後に、冷たい風が頬を撫でた感触でもって、全ての感覚が元通りになる。
「ピッピ、大丈夫?」
と、額に手を当てて熱を測ってくるティファ。
「実験中におかしな挙動をするな、全く。肝が冷えたぞ」
と、俺から離れながらため息を吐くクローディア。
「悪い、ティファ。すみません、クローディア姫殿下。……少し、失礼します」
詫びを入れてから、心で唱える。
(ステータス)
すると、その映像は浮かび上がった。
【ティファ・ハートアンダーブレード】
種 族:人間
体 力:20
攻撃力:1
防御力:2
移動力:4
魔法力:0
【加護】
・召喚術 ・運勢貯蓄(極) ・エラー
なんか本当にごめんって言いたくなる数値を見てしまった気がする。エラーの加護ってなんだろう。おっちょこちょいの事だろうか。デバフもあるんかい。
いやいや、もしかしたらこれが世界の水準なのかもしれない。クローディアの方も見てみたら存外同じような数値が……
【クローディア・A・ゴルバトフ】
種 族:人間
体 力:750
攻撃力:550
防御力:2000
移動力:340
魔法力:700
【加護】
・遠距離攻撃無効(中) ・一刀両断 ・ガーディアン ・カリスマ(小) ・魔法攻撃補正(小)
なんかこれもこれで見ちゃいけないものを見た気がする。姫殿下がカリスマ(小)ってちょっと肩透かし感がある。
それにしても数値がすごい。両極端すぎてどれがどれくらいすごいのか解らない。
さて、しかしすごい便利だぞ、これ。
では早速、と、俺は俺のステータスも表示してみた。
【ピッピ】
種 族:悪魔
体 力:20
攻撃力:20
防御力:20
移動力:20
魔法力:20
【加護】
・能力分析 ・悪魔の契約




