第5話 命の値踏み
実技の授業前、レナはふらりと視界が揺れた。足元が頼りなくなり、そのまま付き添いもなく医務室へと向かう。
「レナちゃん、大丈夫!?何があったの」
学院付属の医務官、アリスがすぐに駆け寄ってくる。
「……支給金日前で、あまり食事してなかったからかな。たぶん、ただの貧血だと思います」
「また!?Eクラスの支給金じゃ少なすぎるものね……とりあえずベッドに横になって!何か持ってきてあげる」
「少し寝てたら治ります。アリス先生に迷惑かけられないし……実技、行かないと怒られちゃいますから」
「そんな状態で行かせられるわけないでしょ」
言い合いの末、レナは結局ベッドに横になるしかなかった。
まぶたが重くなりかけた頃、保健室のドアが音を立てて開く。
「……やっぱりここか。実技の時間にいないと思ったら、何をサボってる」
低い声に顔を向けると、そこに立っていたのはレオンだった。
「っ……すぐ行きます」
目眩を堪えて立ち上がろうとするレナを、アリスが制止する。
「レナちゃん!ダメだって。今、具合悪いでしょ」
「……具合が悪い?」
レオンの視線がレナに向けられる。
「あなたが新しいレナちゃんのパートナーね。貧血で動けないの。連れ戻させるわけにはいかないわ」
「貧血?……どういうことだ」
「支給金だけで生活してるから、まともに食事をとってないのよ」
「アリス先生!言わないでください!」
レナは慌てて声を上げ、顔を赤くした。レオンは短く息を吐き、視線を逸らす。
「……それなら、もういい。今日の実技は無理だな」
それだけ言い残し、踵を返して保健室を出て行った。扉が閉まる音が、妙に重く響いた。
「……あれが噂のパートナー、ね。ルックスは良いけど、難しそうなタイプだわ〜」
「実際、やりづらいですよ。以前のパートナーとは仲良かったけど……今は全然」
レナは小さく首を振る。今日の実技を休んだことを、彼がきっと怒っているだろうと思うと、胸の奥に重たい影が落ちた。
***
学校が終わり、寮へと戻ると、レナは自分の部屋の前に立つレオンの姿を見つけた。
「……な、何の用ですか? 実技をキャンセルしたから……怒ってるんですか?」
「そういえば、お前、十三歳だっけ。……バイト禁止の年齢か」
レオンは言葉と同時に、手に持っていた紙袋を差し出した。中にはパンや干し肉、保存のきく食料が詰まっている。
「……え」
「実技もできないほど弱ってたら、こっちが困る。明日の昼、昨日と同じ屋上に来い」
短くそれだけ告げると、レオンは背を向け、廊下を歩き去っていく。
「え……? ちょっと待って……」
呼び止めた声も届かず、彼は振り返らなかった。
***
翌日の昼、レナは昨日の言葉通り、屋上へと足を運んでいた。
「昨日は……ありがとうございました」
膝を立てて座っているレオンの姿を見つけ、恐る恐る礼を言う。
「別に礼を言われるようなことはしてない。俺が進級するために必要なことをやってるだけだ。……大体、お前、俺より早くここに来てるんだろ?進級しようと思わないのか?進級すれば支給額が上がる」
「……戦うことには、向いてないから」
レナは視線を落とす。本当は──学院なんて来たくなかった。けれど、孤児の自分に寮と支給金がある場所は、他になかった。
「生活のためにここにいるのかよ。何の目的もなく」
レナはそれ以上何も言わなかった。
「……まあ、個人の事情に深く首を突っ込む気はない」
レオンはゆっくりと立ち上がり、屋上の端に歩み寄る。
そこには淡く揺らめく結界が張られていた。
「それより──今日はあるものと戦ってもらう」
「え……?」
「そこにある結界の中に、昨日俺が捕らえた魔物を封じ込めてある」
「……魔物?」
「パートナーとして相応しいかどうか見定めさせてもらう。そんなに強い魔物じゃ無い。これで負けるようなら──死ね」
そう言いながら、レオンは短剣を抜き、ためらいもなく自らの指先を切った。滴る血が結界の紋に触れた瞬間、光が弾け、封じられていた気配が目を覚ます。
冷たい風が吹き抜け、レナの背筋に、鋭い緊張が走った。