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Fated Oath ―誓約の果て―  作者: りんごあめ
第一章 絡まる運命 ─ Entwined Fates
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第1話 Eクラスに来た少年

 一人の少年の周囲に朽ち果てた十数人の骸が転がっている。その傍で、少年が剣を地面に突き立てたまま、膝を折って座り込んでいた。


 金色の髪が風に揺れ、澄んだ青い瞳が虚空を見つめている。


 生に何も感じない。

 死は身近にある。

 罪悪感はない。

 何の感情も沸かない。

 血の臭いには慣れた。


 殺した相手は他の組織の者だということ以外は何も知らない。命令を下されたから、遂行しただけだ。


 剣を握った手には感覚が残っていたが、心は空っぽだった。


 華やかな街区を一歩外れれば、そこはスラムだ。空気はよどみ、赤錆と腐臭が入り混じる。貧富の差が嫌でも目につく。それも当然のこととして受け入れている。


 ただの「作業」を終えると、血に塗れた少年は何も無かったかのように歩いていく。


 その先に立っていたのは、赤いドレスを着た巻き髪の派手な女──リゼ。


「後の処理は任せる」


 それだけ言って、少年は通り過ぎようとする。


「お見事ね、レオン。今更、学校生活なんてつまらないわよ」


 少年──レオンはリゼを一瞥するとその声を無視する。


「……報酬は」


「上に報告してからになるわ」


「じゃあ、もう帰る」


 リゼの横をすり抜けるように歩きながら、彼は一切立ち止まらない。


「レオン、あなたって……本当に、いつも無表情よね。せっかく綺麗な顔をしてるのに。もったいないわ」


「作り笑顔でも見たいのか?」


「別に。ただ……そうね。“心から笑うとき”が、あるのかしら?」


 レオンは何も答えなかった。

 ただ、振り返ることもなく、音もなくその場を去った。



 ***



 レナ・ファリスは窓際の席で静かに座って外を見ていた。教室の中は騒がしく、あまり好きではなかった。


 小柄な体に、やや印象の薄い整った顔立ち。

 赤い髪に、琥珀の瞳。年齢は十三歳。


 誰とも目を合わせず、呼ばれなければ返事もしない。そうしているのが一番楽で、波風も立たなかった。


 ここは魔術学院カリグレア。


 世界中から“才能ある子供たち”が集められる、唯一の中立機関にして最高峰の魔術教育の場である。ここで求められるのは、ただ一つ。魔術と戦闘の才能だ。


 この学院ではどれほどの名門出身や実力でも、必ず一度は最下層のEクラスから始めるのが掟だ。


 そのため様々な経緯で来た者達が混在したEクラスでは、素行不良の生徒も多かった。


「実技のテスト結果を返すぞー!」


 教師の声に教室中がざわつく。紙の束が順番に回され、成績表が次々と手に渡っていく。


「レナ、また最低じゃないの?」


「ほら見ろ、魔力量D、総合二十点。退学コースだな」


 用紙を覗き込んだ男子が、わざと大きな声で読み上げる。教室のあちこちからくすくすと笑いが起きた。


「……実技は、苦手だから」


 レナは淡々とつぶやくが、それ以上は何も言わない。言わないからこそ、彼らの声は日ごとに大きくなっていく。


(……まただ。いつものこと……)


 誰からも話しかけられず、いないものとして扱われる日常。仲の良かった前のパートナーは、実習中の事故で亡くなった。あの日から、クラスの視線は一層冷たくなった。


 レナは深く息を吸い込み、窓の外を見つめる。


(……早く終わらないかな、今日も……)


 彼女の指先は、ほんのかすかに震えていた。



 ***



 ある日の朝、Eクラスに教師に連れられて、新入生がやってきた。


 教室の扉が開き少年が歩いてきた瞬間、空気が変わる。少年は異様な雰囲気を纏っていた。


 無造作に下ろした金髪に、澄んだ青の瞳。初日からその整った容姿と存在感で、周囲の注目を集めた。


「レオン・ヴァレントと言います。よろしくお願いします」


 眉目秀麗な少年が丁寧に頭を下げる。完璧な礼儀と柔らかな物腰だが、その笑顔の奥は、深い水底のように冷たく静かだった。


「それでは……空いているあの席、あの女の子の隣に座ってくださいね」


 教師の指示に従い、レオンは迷いなく歩み寄る。


「……よろしく」


 レナは小さく頭を下げた。

 その瞬間、レオンは口元だけで優しく笑った。


「それでは、授業を始めるぞ。席に着いて、教本を開け」


 教師の声が響いた。



 ***


 

  休み時間になると、レオンの周りに男女が群がった。興味津々の視線がいっせいに集まり、根掘り葉掘り質問が飛ぶ。


「どこ出身?」

「今までどこの学校にいたの?」

「好きな食べ物は?」


 レオンは嫌な顔ひとつせず、誰に対しても同じ調子で短く答え、適度な笑顔で受け流していた。まるで面接官に合わせるかのような、整いすぎた受け答えだった。


 レナはそのすぐ横の席で、ただ小さく背を丸め、ノートの端にペンを走らせるふりをしていた。


「レナ、邪魔。どいて」


 女子のひとりが、レナの机に腰をかけようとする。レナは一言も返さず立ち上がり、教室を出ていった。


「ねぇレオンくん、可哀想だよね、あの子の隣なんて」


「……可哀想?」


レオンが顔を向ける。


「だってあの子、成績も最下位だし、あんま喋らないし。嫌われてんだよ。こないだの実技テスト、二十点だったんだって、あり得なくない?」


「そうそう、筆記だけ妙に良かったけど、絶対カンニングでしょ」


「極めつけはね……実技で森に行った時、パートナー見捨てて殺したんだって」


 嘲り混じりの声が、ざわざわと空気に広がる。


「そう」


レオンは興味無さそうに呟くと、レナが出て行った扉の方に目を向けた。



***



昼休みの時間が始まった。レナはいつものように、購買で一番安いパンを買い、廊下を歩いていた。


(どこで食べようかな……)


 教室で食べるのは、何となく嫌だった。いつもの場所に行こうと歩き出した、その時。


「レナ」


 背後から声が飛ぶ。振り返ると、Eクラスの女子数人が腕を組んで近づいてきていた。視線の奥には敵意が潜んでいる。


「この前、Dクラスのルイスくんと喋ってたでしょ」


「え……あれは話しかけられて……」


 言い終えるより早く、足元に影が差した。ひやりとした予感。


 バシャッ。


 頭から冷水を浴びせられた。氷のように冷たい水が、髪を、制服を、肌を、容赦なく濡らしていく。


 パンが床に落ち、袋が破れ、中身が転がる。息を呑む間もなく、周囲の女子の笑い声が廊下にこだました。


「嘘つかなくていいっての」


「Eクラス最下位のくせに、調子乗ってんじゃないよ」


 水が目にしみる。レナは声を出せず、ただ立ち尽くした。制服の裾から雫がぽたぽたと床に落ちる音だけが響いていた。



***



昼休みが終わり、ざわついていた教室に再び授業前の静けさが戻る。


(……何があったんだ?)


 隣の席からレオンが一瞥する。クラスメイトたちの視線は、わざとらしくレナを避けていた。小さな笑い声が背後で交わされる。


  レナの濡れた髪から雫がぽたり、制服の袖も裾も冷たく張りついている。


(……さっきの会話や、今の周囲の反応……どうやら、こいつはずっとこういう扱いを受けてきたらしいな。さすが最下層のクラス。碌でもない奴らが多い)


 レオンは声を低くして、レナの方へだけ届くように囁いた。


「……おい。黙ってると、エスカレートするぞ。やり返せよ」


 レナは小さく肩を震わせていたが、返事はなかった。



***



 実技室では冷たい石造りの壁に魔力が薄く滲んでいた。

 

「魔法実技は二人一組のパートナー制だ。いつもの相手と組むように」


 教師の声が実技室に響く。

 “魔物の模擬討伐”──攻撃、防御、反応、全てを同時に見られる授業。Eクラスにとっては、時に命を削る試験だった。


 レナ・ファリスは立ち尽くしていた。

 周囲の生徒たちがそれぞれ声をかけ合い、組む相手を見つけていく中、彼女だけが取り残されていた。


(また、一人かな。組む人いないと、授業が受けられないんだよね……)


 レナの周りで囁かれる声。


「まだ相手いないの?」

「いつまで残るんだろ」


 その時だった。足元に、影が落ちる。


「なあ、お前、今パートナーがいないんだって? さっき先生に聞いたら、お前と組めって言われた」


 顔を上げると、レオン・ヴァレントが、静かに微笑んで立っていた。


 周囲が一瞬、ざわつく。


「あいつ……レナと組むのか」

「かわいそ、成績下がるのに」

 

 レナの胸の奥で、恐れとも戸惑いともつかぬものが動いた。


「……はい、いません。よろしくお願いします」


 その声は、自分のものではないようにかすれていた。

 レオンの微笑みが、わずかに深くなる。


 ──そこから、すべてが始まった。


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