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第三十六話 朔間姉弟のショッピング

 午前十時、娯楽街にて。


「あ、永夢(えいむ)! こっちこっち」


 僕に気づいた紗夢(さゆめ)さんが手を振る。早めに来ていたらしく、彼女は娯楽街の入り口の近くにある小物店の紙袋を持っていた。何を買ったのか聞くと、黒猫の形をしたバッジを見せてくれた。小さくて普段使いできそうだ。


「急にごめんね、買い物に誘っちゃって」

「何かあったの?」


 昨日の夜、紗夢さんからメッセージが届いたのを思い出す。「でかい買い物をすることになったから一緒に来てくれないか」みたいなことが書いてあったんだけど、具体的にどんなものを買うのかは聞いてないんだよね。


「あー……うちの猫が、ちょっと」


 彼女は当時のことを思い出しているのか、罪悪感が半分、怒りが半分の表情で訳を話し始めた。


「うち、クロっていう猫を飼ってるんだけど、最近ちょっと忙しくて構ってあげられてなくて……そしたらあの子拗ねちゃって、家にある家具を全部壊しちゃったのよ」

「家具を全部?」

「そう、全部」

「それは……すごいね」


 単価が低いとはいえ、家具を全部買い直すとなると結構な出費だ。お気に入りのものもあっただろうし、災難だな……。


「まぁ構ってあげられなかった私が悪いから、しょうがないんだけど」

「そっかぁ……あ、ついたよ」


 紗夢さんの話を聴いていたら家具店についた。家具店としてはこの国最大規模の店で、黄泉の国で発売されている家具はすべて揃っているため、HPなどであらかじめ買うものを決めておかないと一日使っても買い物が終わらないらしい。


「今日買うのは何?」

「とりあえず壊された家具は全部買い直す予定よ。ある程度の目星はつけてるから時間はそんなにかからないはず」


 ドヤ顔で店内に入っていく紗夢さん。その自信に少し不安がよぎったものの、僕も続けて入っていった。


 ・


「ど、どれにしよう……」


 店内に入って三十分後。ベッド売り場の前で紗夢さんが唸り声をあげる。


「目星をつけてたんじゃないの?」

「ちゃ、ちゃんとつけてたわよ! けど、こっちのデザインも良くて……」


 そう言って彼女は上の部分が猫の形になっているベッドを指さす。黒猫の頭部がデザインに組み込まれており、サイズはセミダブル。紗夢さんの体格だとゆったりしたサイズのものだ。

 紗夢さんが元々目をつけていたものは黒が基調のシンプルなものだったらしく、最初はそれを買おうとしてたのだけど__『あ! 待って、これ可愛い!』と二個隣にあった猫型のベッドを見つけてしまったんだ。そこから二十分程度、シンプルなベッドにするか猫型のベッドにするかで悩んでいる。

 ある程度の目星をつけていたとはいえ他に良い物が見つかったらそれにするか迷うのは買い物の醍醐味とはいえ、二十分は悩みすぎな気もする。それとも、これが普通だったりするのかな?


「早く選ばないと、時間が足りなくなっちゃうよ?」

「ま、待って! すぐ選ぶから……」

「それ五分前にも聞いたんだけど」

「う、うぅ。どうしよう……」


 五分程度迷った結果、紗夢さんは最初に決めていたシンプルなベッドのほうにしたらしい。理由を聞いてみると、猫型にしたらクロが嫉妬する可能性があるからとのことだ。

 それから、紗夢さんは迷いながらも机に椅子と順調に買い物を続けていった。


 ・


「お疲れ様」

「あ、ありがとう」


 紗夢さんから炭酸ジュースを受け取る。家具を買い終える頃には午後四時になっていて、昼食も兼ねて近くにあるファミレスで食事をすることになった。


「そう言えば、紗夢さんが飼ってる猫ちゃんってどんな子なの?」

「ちょっと待ってて」


 彼女はスマホを取り出し画面を見せてくれる。そこに映っていたのは赤い首輪をつけた、金色の瞳をした黒猫だった。


「あれ、この子……」


 前、迷子の仔猫の母親を探していた時に憂病(ゆうや)さんが探してた猫にそっくりだ。確か友達が現世旅行に行っている間預かっている子って言ってたから……本猫なのかも。


「クロは人語を喋る猫でね、私がこの国に来てすぐに出会った子なの」

「人語を喋る猫かぁ」


 絶対あの子だ。


「喋る猫はこの国でも珍しいんだっけ?」

「そうね。管理者であるねこたちは例外として……今確認されているのは約千匹らしいわよ」

「それじゃあ、クロちゃんと出会えたのはほとんど奇跡みたいなものなんだね」

「そうなの!」


 紗夢さんは目を輝かせてクロと出会った経緯や惚気を語り始めた。


 三時間くらいかかった。


 大事なところだけ抜粋すると、紗夢さんとクロが出会ったのは雨の日。高架下で雨宿りしていると微かに猫の鳴き声がすることに気づき、その場所に行ってみると段ボール箱に入ったクロが居た。

 当時まだ幼かった紗夢さんは、可哀想だったから雨が止むのを待ってから段ボール箱ごとクロを家に連れて帰った。お母さん__紗雪(さゆき)さんに、「絶対にお世話をサボらないからウチで飼いたい」と頼み込み、紗雪さんが承諾。

 半年くらいで人語を喋り始めたようだ。本猫が言うには、前の飼い主から「アンタは言葉が汚いから小さい子の前で喋らないほうが良いよ」と言われたから喋らないようにしていたが、紗夢が「お喋りできたらなぁ」と言っているのを聞いたのがきっかけらしい。「喋ってあげたら喜ぶだろう」と。

 それ以外はよくある惚気やうちの子可愛い自慢だったので省く。


「今日はありがとう。買い物もそうだけど、クロの話を聴いてくれたのも」


 バス停にて。喋りすぎたと思っているのか、少し申し訳なさそうな顔をしながらそう言った。


「本当にクロちゃんのことが好きなんだね」

「えぇ。生前から生き物を飼いたいって思ってたから、ここでクロと出会ったのは運命だって思ってるの」


 微笑みを浮かべる彼女には慈しみの感情があった。それだけ大事に想える存在と運命の出会いをした(偶然出会った)というのが少し羨ましいと思う。


「実はね、永夢とぶつかったことも運命だと思ってるの」

「どうして?」

「どうしてって……永夢を残して逝ってしまったことが心残りだったから、かしら」


 きっと、と紗夢さんは僕の目を見る。


「これが、私が一番悔やんでいることだったのよ」

「それじゃあ、もう少しで転生するってこと……?」

「それはまだね。転生の告知は一か月くらい前に郵便が届くんだけど、そういうのは来てないから」

「そっか……」

「いつ転生しても良いようにクロの引き渡し先も考えておかないとなぁ」


 独り言のように呟く紗夢さんに、僕は頷くだけで何も言わなかった。

 転生するのは良いことだろうし、その時が来たらお祝いしたいと思うけど……少し、本当に少しだけ、ここ(心臓)に、鈍い痛みを感じた。

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