変の後・四
光秀公は、奥の間に一人籠られました。
家臣の中には、主君は自害し果てようとしている、そう思う者もありました。
光秀公は、一か八か打って出るべきか、一人考えを巡らせておりました。
すると、突如眼前に鬼が現れたのでございます。
光秀公が驚かれたのも無理はございませぬ。
目の前に立つ鬼は数本の角を生やし、牙の突き出た、何とも恐ろし気な姿をしておりました。
しかし光秀公は驚きはしたものの、この鬼を恐れることはありませんでした。
それで、「何者じゃ」と尋ねられたのでございます。
問われた鬼は答えました。
それは大そう恐ろし気な声でございました。
「わらわは地獄の閻魔より遣わされし鬼なり。
此度現れたるは、そちの命を貰い受けるためである」
鬼の言葉を聞いても、光秀公が動ずることはございませんでした。
鬼は続けて言いました。
「しかしながら、そちは織田信長という貴人を討った。
地獄の大王さまはいたくお喜びである。
よって、そちの望みを一つだけ叶えて遣わすとのことである」
光秀公は、すぐには鬼の言葉を信ずることが出来ぬようでございました。
もうじき死ぬという時に、つまらぬ輩の口車に乗り、生前の罪が重くなっては堪らない、そんなことをお考えになられたのやもしれませぬ。
一方、寺の外に陣取る兵たちは幾度となく声を上げ、いよいよ攻めかかろうとしているようでございました。