五ノ話・十一
仁王のごとく奮戦した信長だったが、刀傷を太腿に受けた。
白い寝間着からのぞく片足からは血が滴り、床を赤く染めた。
以降、信長は思うように動けなくなった。
側で戦っていた小姓衆が、信長を庇うように明智勢の前に立ちはだかった。
信長は家臣たちの勧めで寝所へと退いた。
これを見た明智方の勢いはさらに増した。
「火を放て」
信長が鬼のような形相で命じた。
だが、すぐ近くに居る蘭丸は動かない。
「何をしておる、寺に火を放たんか」
信長は再度命じた。
蘭丸は信長のもとへ走り寄ると、その前に片膝を着いた。
悔恨の思いが体から滲み出ていた。
「ここで火を放てば、あの御伽師の言った通り、本能寺は炎に包まれ、燃え落ちることでしょう。それはあまりに悔しゅうございます」
話している間に、蘭丸の口から嗚咽が漏れた。
一方、信長は意外にも晴れやかな顔をしていた。
すでに、自らの死を受け入れているようだった。
「蘭丸、このままでは、わしは光秀方に討ち取られ、首を切り落とされよう。そうなれば、残ったわしの体もこの場の者たちも、修羅ノ介が言っておった、寺の外で蠢く物の怪どもに喰われてしまう。それこそ、あの御伽師の言った通りではないか」
信長は蘭丸を諭すように言い、さらに、
「わしには堪えられん」
そう付け加えた。
蘭丸は拳で涙を拭った。
「承知つかまつりました。仰せの通り、火を放ちまする。
お館さまは奥の間へ行かれませ。われらがしばしの時を稼ぎまする」
「うむ、今生の別れじゃ」
信長の言に、蘭丸は何も言わず、ただ頭を下げた。
両目から、涙がとめどなく流れ落ちていた。