(2)還元
連日、暑い日が続きますね。
先日の続きです。
これにて完結します。どうぞよろしくお願いします。
夢の中では、理性など役に立たないものらしい。
やがて男は、遥が見ている真ん前で、まるで自己完結でもするかのように地面にダイブした。
ただし、その姿は大空へ飛び立つ鳥のようにゆっくりと、軽やかに落ちていく。
「アッ! 」と叫ぶ。
すると途端に目が覚めた。
全身が汗でびっしょりである。
本当に寝覚めの悪い夢を見たものだ。
小心者だからか? ……遥は時々、不快な夢を見る。それが自分でも嫌だった。
少なくとも、あまり楽しい夢を見ることはないのだ。
いや、実は見ているのかも知れないが、そういう夢に限って覚えていないような気がする。
例えば、階段を上っていく途中で、突然踏み外し奈落へ落ちていく夢だとか、また、テスト前なのに全く勉強せず、いざ試験の本番でそのことに気付く夢だとか、とにかく妙に生々しいイヤな夢を見るのだ。
まかり間違っても、推しが出て来るような素敵な夢を見ることはない。
夢は、脳が睡眠中に記憶や感情を整理するために見るものらしいが、あまり良くない夢ばかり見るのは、強いストレスを抱えているからではなかろうか?
そんなふうに思っている。
こんな夢を見るなんて、あの寝覚めの悪い事件が尾を引いているのかもしれない。
そこで、それから数日経っていたが、たまたま隣の奥さんが洗濯物を干すのに出会ったので、声を掛けてみた。
話によると、彼女が飛び下り自殺者に遭遇したのは二回目だそうだ。
このマンションは、町の中心から離れた小高い山地に立っているので、この辺では珍しく眺望が良い場所らしい。
そのせいか、時々、そういう思いに駆られている気の毒な人達がやって来るのではないか?
……と、彼女は語った。
というのは、二年前にも、このマンションで同じような事件があったからである。
「でも、……御本人さんと、直接、目が合ったりしなくて良かったじゃない」
「そう、……ですよね」
遥は、まだ、消化しきれないような相槌を打った。
「そうよ! ……ものは考えようよ、いざ、現場に遭遇したとしても、そう簡単に止められたか分からないでしょ」
そんなふうに慰められたのである。
さすが看護師さんである。頭の切り替えが早くて羨ましかった。
それでも遥には、そんなに簡単に割り切れる問題ではないのだ。
どうしても、湧き上がるような不安な気持ちを抑えることができなかったからである。
『 ……子供の頃には、同居していた祖母によく相談したものだが 』
ふと、そんな思いが遥の脳裏をよぎった。
遥の祖母は、もう八十歳を過ぎ特別養護老人ホームに入っている。
今では随分と認知症が進んでしまっているが、それでも面会に行くと、もともと察しが良い人なので、それなりに会話に花が咲いて楽しいのだ。
『 困った時の"ばあちゃん頼み"だ! 』
遥は、久しぶりに祖母に会いに行くことにしたのである。
いつまでも割り切れない思いを抱えているのが辛くて、誰かに話してスッキリしたかったからだ。
「あんたの気持ちは、何となくわかるけど、……死んでしまう人とか、それは、あんたの力ではどうにもならんことやで」
開口一番、祖母はそう語った。
「人の生き方なんて、その人以外には、誰にもどうにもできんことが殆どや! 」
そうポツリと言う。
「なんぼ、あんたが目の前にいて、死ぬのを止めたとしても、死ぬ人は死ぬもんや、……それは、その人がもっている運みたいなもんやから、しょうがない。
……そやから、自分を責めるようなことは止めや! 」
よく考えれば、祖母の言葉は、何度も自分自身に言い聞かせた言葉でもある。
だが、祖母に言われると何となく昔から腑に落ちるというか、安心するのだ。
本来なら認知症で新しい話についていけないはずなのに、祖母なりに気を遣ってくれたのだろう。一生懸命に考えながら答えてくれた。
もともと、真摯な禅宗の家で育った祖母は、極めて仏教的な考えを持っている人なのだ。
『 人は、生きなければならない時には、どんなに苦しくても死ぬことはできない。だが、その逆もあり、どんなに充実して生きたいと思っている時でも、死ななければならない時が来たなら、死ぬものだ 』
そんな話を何度も聞かされたものである。
『 だから、余計なことは考えずに、生かされている間は生きよ! 』
そういうことらしい。
「ええか、……あんたが、その人と直接会わんかったのも、洗濯物を干すのが辛くてベランダに行かんかったのにも理由があるんやで、……きっと、御先祖様が、気を遣って直接見んようにしてくれたんやと思うわ! 」
いささかムリヤリ感があったものの、祖母にはそんなふうに諭されたのである。
夕方近くなり、老人ホームの窓にオレンジ色の光が差し込み始めた。
そろそろ、面会時間も終わりだ。
祖母の言葉と、その明るい表情に、遥は救われた思いがした。
「おばあちゃん、話聞いてくれて有難う。また来るから元気にしていてね! 」
いつものことながら、決まり文句な別れの挨拶をする。
「うん、……そうやな、まだ暫く、……元気でいると思うわ」
そう言うと、祖母はニコリと笑った。
いや、そんなふうに遥が思いたかっただけで、祖母の微笑みの中には、実は寂しさのようなものが隠されていたのかもしれないが。
そして別れ際には、名残惜し気に施設の一階に下りるエレベーターのドアの前まで送ってくれたのである。
「大丈夫やで、……いつか死ぬかもしれんけど、それはそれで、どこかで始まる命があるかもしれんから、……心配せんでいいんやと思う」
祖母が、ポツリとそんなことを言った気がした。
それは、まるで独り言のように、遥には聞こえたのである。
やがて、エレベーターが到着し遥が乗り込むと、遥と祖母は、ドアが閉まり終わるまで手を振り合ったのだった。
お読みいただき、ありがとうございました。
この話に関しては、いろいろと思うことがありますが、
できれば、自分自身を大切に思ってほしい。
何とかなるからね、……そういう気持ちで書きました。
皆様も、今年も猛暑のようなので、ご自愛くださいね。




