(1)轟音
連日、猛暑が続きますね。
皆さん、お元気ですか? 今年も夏のホラーに参加します。
これは、知人から聞いた話ですが、……私だけでは抱えきれないので書いてみました。
ある夏の暑い昼下がりのことだ。
千布 遥 は途方に暮れていた。
洗濯物が山のように溜まっているのに、一向に洗濯する気力が湧かない。
何故だろう、全く身体が動かないのだ。
春から就職し、念願の一人暮らしを始めたものの、これでは全く自由が利かない。
せっかくの休日なのに、何処に行くあてもなく時間だけが過ぎていく。
職場では、いつも忙しくて時間に背を押されるようにテキパキと働くのだが、休みの日となると、頭のネジが緩むのか家事が進まない。
『 あぁ、もう、……このまま、時間が止まればいいのに! 』
遥の頭に、妙な考えが浮かぶ。
明日が来なければ、永遠に働く必要がないからだ。
遥は、そのまま静止画像のように固まると、もう、いっそのこと床に転がって寝ようかと思い始めた。
すると外から、ドォーンという轟音が響き渡ったのである。
一瞬にして、現実に引き戻された。
マンションの駐車場で、車同士が衝突でもしたのだろうか。
いや、その程度の音ではない。
もっと強烈だ、……まさか、危ない輩がやって来て、拳銃でもぶっ放したとか?
そんな想像が浮かぶような大音響だった。
とはいえ、そんな治安の悪い場所に住んでいるわけでもない。
そこで遥は、急いでベランダに出てみた。
身体中の血が一気に引く。
そして、足がガタガタ震える。
それは、まるで劇場の一番前の席で芝居を齧り付きで見ているようだった。
遥の住んでいるマンションと、向かいの棟の間には青空駐車場が広がっているのだが、沢山の車が止められているにもかかわらず、遥の家の眼下に見える場所に止められた車の上に、一人の男性が俯せのまま乗っかっている。
どうやら、今では閉鎖されてる屋上から飛び降りたようだ。
気付いた人々が、外を見て悲鳴を上げる声が聞こえる。
一瞬、マンションの中は騒然とした雰囲気になった。
ふと、遥の脳裏に取り留めのない考えが駆け巡る。
もし、自分が朝からチャッチャと働いて、次の洗濯物を干していたら、
……あの男性と目が合っていたかもしれない。
……まさに現場に立ち会ったかもしれないのでは?
そう仮定すると、遥は何とも言えない気持ちになった。
……いや、もしかすると、
「ダメ、 こんな場所で死ぬなんて! 」
などと叫んで、自己都合かもしれないが、思い止まらせることができたかもしれない。
すると、また、身体が自然と震えてくる。
だが、幸か不幸か、遥は怠惰だったお陰で、現場に遭遇しなかった。
それは、はたして良かったのか、悪かったのか?
……きっと、良かったのだ。
目の前で死のうとする人を見殺しにしなかったからである。
では、その時、自分がその場にいて、声を掛けていれば救うことができただろうか?
そんなことも考えたのである。
気が付くと、隣の奥さんもベランダに出て様子を見ていた。
彼女は看護師なのだ。
そこで、早速、エレベーターに乗ると、下に降りて行ったのである。
妙なことかもしれないが、及ばずながら遥もその後を追いかけた。
普段から親しげに話しかけてくれる彼女のために、何か手伝えることがないかと思ったからだ。
「……もう、亡くなってるね。おそらく、即死だわ」
彼女が乾いた声でそう言った。
「本当? ……救急車を呼んだら何とかなりませんか 」
それでも、楽観的な性格の遥は尋ねる。
「う~ん、でもね、もう血が引き始めて手が白くなってきてるから無理な気がする 」
その言葉に、遥は自分がもう何もできない立場であることを知らされたのだった。
「えっと、……じゃあ、……とにかく子供達がショッキングなシーンを見ないように、こちらに来ないように言ってもらえるかなぁ 」
がっかりしているのが分かったのか、彼女は遥にそう声を掛けたのである。
そこで遥や、その場に集まっていた大人達は、子供達を現場から遠ざけるために交通整理を始めたのだった。
もちろん急いで救急車も呼んだ。
だが、やはり飛び下りた男性は即死だったのである。
『儚いものだな、……人の人生なんて! 』
その夜、眠る前に遥は、ふと、そんなことを思った。
あれから一週間が経ち、いよいよ真夏の到来である。
夜になってもいつまでも涼しくならないのでエアコンを使うが、それでも眠れない。
昼間は仕事で忙しいので何も考えないのだが、夜になってマンションに帰ると、何故かゾワゾワするのだ。
もう終わったことだし、遥には直接関係ないことではないか!
そう思って、そのままスルーしてしまえばいいのに、遥の心はそれほど単純ではないのだ。
何か理性を超えたものが、遥の心を騒つかせている。
その夜、眠っている夢の中に一人の男性が現れた。
……いくら寝苦しくても、悪趣味すぎないか?
遥はそう思った。
妙な話だ。一度も会ったことがなく、直接、顔さえ見たことがない人物なのに、遥は、その男を例の男性だと認識してしまったのである。
まだ、続きます。
明日もよかったら読んでください。




