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変節の宰相:馮道:11章:柴栄時代①

〇柴栄が馮道を重用した顛末 -馮道の回想-


わたくしは馮道ふう・どうもうします。後周こうしゅうという、みじかくも波乱はらんちた時代じだいを、この見届みとどけてまいりました。今日きょうは、後周こうしゅう第二代だいにだい皇帝こうてい柴栄さい・えいさまが、いかにしてわたくし宮中きゅうちゅうし、重用ちょうようしてくださったのか、その経緯けいいをおはなしもうげます。


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1. 即位直後そくいちょくご緊張きんちょう


953ねん――祖父そふにあたる郭威かく・いさま急逝きゅうせいされ、柴栄さい・えいさまわかくして皇帝こうてい即位そくいされました。突然とつぜん訃報ふほうに、きょうみやこふかかなしみにつつまれると同時どうじに、「あたらしい本当ほんとうはじまるのか」という不安ふあんふるえておりました。旧臣きゅうしんたちは旧弊きゅうへい慣例かんれいしばられ、政務せいむ停滞ていたいし、民衆みんしゅうこえ沈黙ちんもくしたままでございます。


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2. 地方官ちほうかんとしてのわたくし立場たちば


当時とうじわたくし地方ちほうちいさなけん事務じむりまとめる役職やくしょくにおりました。そこでは、人々(ひとびと)のらしやぜいのやりくり、役人やくにん監督かんとくなど、地道じみち仕事しごと心血しんけつそそいでおりました。とおきょうからは「輿論よろん世間せけん評判ひょうばん)をくべし」というめいまわり、わたくしもまた、きょう混乱こんらんなんとかおさめる書状しょじょうしたためてほしいと上書じょうしょをしたところでございました。


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3. 「謹慎文書きんしんぶんしょ」の難題なんだい


柴栄さい・えいさま側近そっきんたちからいそめいじられたのが、前皇帝ぜんこうてい郭威かく・いさまとむらいと新政しんせい宣言せんげんねる「謹慎文書きんしんぶんしょ」の作成さくせいでございます。しかしおおくの中央大臣ちゅうおうだいじん慣例かんれいとらわれ、形式けいしきだけをなぞる硬直こうちょくした文案ぶんあんしか提出ていしゅつできず、どれもこころひびきませんでした。


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4. わたくし提案ていあん――「未来みらいしめ弔意ちょうい


そこでわたくしは、ただ形式的けいしき・てきに「つつしんで弔意ちょういひょうす」というだけではなく、「かなしみをえ、郭威かく・いさま遺志いし未来みらいへつ(つな)なぐ」という視点してんしめすべきだとかんがえ、書状しょじょうをしたためました。


とむらいの言葉ことばには、郭威かく・いさま前皇帝ぜんこうてい家族かぞくうばわれながらも国家こっか再建さいけん尽力じんりょくされた事実じじつしのびつつ、あらたな治世ちせいが「ただのかなしみの継続けいぞくではなく、明日あすへの希望きぼうになう」ことを宣言せんげんする文言もんごんみました。ものむねたれ、同時どうじに「これからすすむべきみち」がしめされるように意図いとしたのです。


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5. 書状しょじょうがもたらした運命うんめい出会であ


その書状しょじょうは、きょうもんをくぐりけ、おりよく柴栄さい・えいさま御前おんまえされました。文面ぶんめん拝見はいけんされた柴栄さい・えいさまは、おだやかにうなずかれ――


「このしょはただの弔辞ちょうじではない。くに未来みらい見据みすえた宣言せんげんである」とひょうされ、すぐにわたくし宮中きゅうちゅうへおむかえくださいました。


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6. 翰林学士かんりんがくしとしての登用とうよう


こうしてわたくしは、翰林かんりん学士がくしとして、宮中きゅうちゅう文書作成ぶんしょさくせい統括とうかつする立場たちばかせていただきました。それ以後いごも、政務せいむの日々(ひび)においてはつねに「たみこえき、将来しょうらいかたしょ」を心掛こころがけ、柴栄さい・えいさま新政しんせい下支したざさえする機会きかいたまわりました。




〇後周の礎を築く物語 -馮道ふうどうの語り-


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馮道ふう・どうかた柴栄さい・えいちとわか活躍かつやく


こんにちは。わたくし馮道ふう・どうもうします。今日きょうは、中国ちゅうごく五代十国時代ごだいじゅっこくじだい誕生たんじょうし、みじかいながらもおおきな足跡あしあとのこした後周こうしゅう(951ねん~960ねん)についておはなししします。まずは、その後周こうしゅうささえた第二代だいにだい皇帝こうてい柴栄さい・えいさまちとわか活躍かつやくを、わたくし視点してんからわかりやすく紐解ひもといてまいります。


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921ねん誕生たんじょう) ── ゆたかな平野へいやまれて


いま河南省かなんしょうにあたる鄫州そうしゅう。ここは広々(ひろびろ)とした田園でんえんひろがり、家々(いえいえ)のあいだ小川おがわながれるのどかな場所ばしょでした。そのあさかすみのかかった田畑たはた見守みまもるように、一人ひとり男児だんじ誕生たんじょうします。のちに後周こうしゅう世宗せいそうばれる柴栄さい・えいさまでございます。


まれたばかりの柴栄さい・えいさまは、ちいさな産声うぶごえげると同時どうじに、家族かぞく村人むらびとたちに「このはきっとおおきなことをすだろう」と期待きたいいだかせました。そのには、未来みらいへの好奇心こうきしん力強ちからづよさがひかっていたのだと、いまでもおおくのひとかたいでおります。


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幼少期ようしょうき(930年代ねんだい) ── 郭家かくけでの成長せいちょう


十代じゅうだいになるまで、柴栄さい・えいさま郭威かく・いさま正室せいしつである前皇帝ぜんこうていむすめ――つまり皇室こうしつ縁戚えんせきとして郭家かくけそだてられました。郭威かく・いさまのち後周こうしゅう建国けんこくする才覚さいかくある武将ぶしょうであり、家庭かていでもきびしくもあたたかな教育きょういくほどこしていたとつたわります。


柴栄さい・えいさまはここで、しょみ、またけんにぎって武術ぶじゅつ稽古けいこはげみました。学問がくもんにも武術ぶじゅつにもすぐれたその姿すがたは、郭家かくけにわひらかれた披露ひろうおおくのひとおどろかせたことでしょう。準備じゅんびかさねた剣術けんじゅつ稽古場けいこばせる真剣しんけんなまなざしは、すでにリーダーの風格ふうかくただよわせておりました。


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951ねん(30さい) ── 後周こうしゅう建国けんこく戦場せんじょう経験けいけん


三十歳さんじゅっさいむかえたとし郭威かく・いさま後漢ごかん王朝おうちょう混乱こんらんり、あらたに後周こうしゅう建国けんこくされました。洛陽らくようぎょうといった要地ようちめぐり、くに安定あんてい目指めざなか柴栄さい・えいさま側近そっきん将校しょうこうとしてたたかいの渦中かちゅうとうじました。


戦場せんじょうつねきびしい試練しれんです。敵陣てきじんへのみ、味方みかた支援しえん後方こうほう守備しゅび──どの任務にんむにも柴栄さい・えいさまおそれずいどみました。しかし、その真価しんかけんうでだけではありません。たたかいの合間あいま民家みんかおとずれ、被害ひがいけた人々(ひとびと)にこえをかけ、食糧しょくりょうくすり手配てはい気遣きづかやさしさもせております。


──いくさのただなかでこそ、指導者しどうしゃ人柄ひとがらわれるものです。柴栄さい・えいさまは、つよさとやさしさをそなえた武人ぶじんとして、周囲しゅういこころをつかんでおられました。




〇後周の礎を築く物語 -馮道ふうどうの語り-


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馮道ふう・どうかた柴栄さい・えい治世ちせい


みなさま、こんにちは。わたくし馮道ふう・どうもうします。中国ちゅうごく五代十国時代ごだいじゅっこくじだい(907ねん~960ねん)は、いくつものちいさなくに興亡こうぼうかえし、民衆みんしゅう戦乱せんらんえにくるしんだ混乱こんらん時代じだいです。そのなかで951ねん建国けんこくされた後周こうしゅうは、わずか10ねんほどのみじかいのちでしたが、冷静れいせい政治せいじ大胆だいたん改革かいかくつぎそう時代じだいへと橋渡はしわたしをたしました。


今回こんかいは、後周こうしゅう第二代だいにだい皇帝こうてい・**柴栄さい・えい**さま在位ざいい954ねん~959ねん)の治世ちせいから、具体的ぐたい・てきみをご紹介しょうかいします。現代げんだいわたしたちたちにもわかりやすいよう、背景はいけい意図いと当時とうじ状況じょうきょう補足ほそくしながらおはなしします。


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1.軍制改革ぐんせいかいかく南征北討なんせいほくとう


背景はいけい五代十国ごだいじゅっこく混乱期こんらんき、どのくにも“つよぐん”をもとめられていました。柴栄さい・えいさまは、ただたたかえるだけでなく迅速じんそく展開てんかいし、地元じもとの人々(ひとびと)の生活せいかつまもれるぐん必要ひつようだとかんがえました。


騎兵隊きへいたい訓練強化くんれんきょうかあさきりのこるうちから、馬上ばじょうでの射撃しゃげき隊形変更たいけいへんこうかえ訓練くんれん実施じっし。これにより、どんな地形ちけいでもすみやかに移動いどうし、適切てきせつ布陣ふじんができるようになりました。兵士へいしたちは一糸乱いっしみだれぬうごきをほこり、士気しきたかまりました。


補給線ほきゅうせん確保かくほ遠征えんせい成否せいひ物資ぶっし安定あんていにかかります。南唐なんとうとのたたかいでは、長江ちょうこう沿いのむら事前じぜん協力協定きょうりょくきょうていむすび、路線上ろせんじょう物資倉庫ぶっしそうこ設置せっち食糧しょくりょう武器ぶき確実かくじつ前線ぜんせんおく仕組しくみをととのえました。


これらの準備じゅんびのもと、955ねん潘蒲はんぽ攻略こうりゃくでは、わずか数週間すうしゅうかん長江ちょうこう北岸ほくがんおささえ、後周こうしゅう支配しはい確立かくりつしました。


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2.内政ないせい強化きょうか


背景はいけい戦乱せんらんつづくと、民衆みんしゅうえや税負担ぜいふたんくるしみます。安定あんていした社会しゃかい実現じつげんするには、優秀ゆうしゅう人材じんざい登用とうようとインフラ整備せいび不可欠ふかけつでした。


科挙制度かきょせいど復活ふっかつ唐代とうだいはじまった官吏かんり採用試験さいようしけん科挙かきょ」を復活ふっかつし、学問がくもん実務じつむすぐれた人材じんざいひろ登用とうよう縁故えんこ派閥はばつたよらず、公正こうせい評価ひょうか官僚かんりょうえらぶことで、行政ぎょうせいサービス(さーびす)のしつ向上こうじょうしました。


運河修復うんがしゅうふく備蓄所びちくしょ設置せっち乾季かんき洪水こうずいへのそなえとして、主要しゅよう河川かせん運河うんが疏通そつう工事こうじおこない、水運すいうん整備せいび各地かくちこめしお備蓄所びちくしょ新設しんせつし、災害時さいがいじ緊急支援体制きんきゅうしえんたいせい構築こうちくしました。


この内政改革ないせいかいかくにより、飢饉ききん天災てんさいきても民衆みんしゅういのちまも土台どだいきずかれ、国全体くにぜんたい安定あんていおおきく貢献こうけんしました。


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3.北方外交ほっぽうがいこう深化しんか


背景はいけいきた隣国りんごく、**契丹きったん**は遊牧ゆうぼく騎馬きば民族みんぞく強国きょうこく軍事衝突ぐんじしょうとつけつつ、国境こっきょうまも外交がいこうもとめられました。


和平交渉わへいこうしょう継続けいぞく使節団しせつだん派遣はけんし、定期的ていきてき契丹きったん会談かいだん相互そうご人質ひとじち贈答品ぞうとうひん交換こうかんすることで信頼関係しんらいかんけいきずき、全面ぜんめんてき戦争せんそう回避かいひしました。


国境要塞こっきょうようさい築城ちくじょう重要拠点じゅうようきょてん城壁じょうへき見張みはとう整備せいび常時じょうじ駐屯ちゅうとんする部隊ぶたい配置はいちし、いざというとき迅速じんそく対応たいおうできる態勢たいせいととのえました。


また、交易路こうえきろ安全確保あんぜんかくほにも注力ちゅうりょくし、経済的けいざい・てき交流こうりゅうつうじて相互依存そうごいぞんすすめることで、緊張きんちょうやわらげる効果こうかげました。


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柴栄さい・えいさまは「軍事ぐんじ内政ないせい外交がいこう」の三本柱さんぼんばしらをバランス(ばらんす)よくすすめることで、混乱こんらん時代じだい安定あんてい繁栄はんえいをもたらされました。

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