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溢れ出る言葉

「ミサ? わわっ、どうした? きみを傷つけるようなことを言ってしまったか? 悲しませるようなことを口走ってしまったか?」


 ローマン様が慌てだした。そこで初めて気がついた。


 自分が泣いていることに。涙を流していることに。


「うれしかったのです。ほんとうにうれしかったのです。ローマン様の側にいさせてもらえるばかりか、いっしょにいて欲しいとおっしゃっていただいて。こんなわたしでも、ローマン様に必要とされている。それを実感出来ます。そうすると、急に涙が。これはきっと、うれし涙ですね」


 気持ちが落ち着いてから説明した。


「ああ、きっとそうだ」


 ローマン様は、わたしの横に座った。それから、肩を抱いてくれた。


 馬車でのときのようにやさしく。


「ローマン様、考える必要などありません。こんなわたしですが、必要とされている以上ローマン様にお仕えいたします。いえ、お仕えさせてください。ローマン様が飽きたり嫌になるそのときまで、ずっと側にいさせてください」

「ほんとうか? いや、もちろんそれはメイドとしてではなく……」

「もちろんです。世間知らずのふつつか者ですが、ローマン様に恥をかかせぬよう出来るかぎり努力します。ローマン様、いいえ、ガイスラー公爵家の名誉を損なわぬよう、いろいろ学びたいと思っています。せめて領民の方々に『どん臭いけれどがんばっているな』と笑って認めてもらえるようになりたい」


 体ごとローマン様の方を向き、一瞬の間で決意したことをはっきり伝えた。


 中途半端でもいい加減でもない、ちゃんとした決意を。


 ローマン様にそのように伝えながら、あらためて実感した。


 ローマン様のことが好きだということを。彼のことを愛しているということを。


「ミサ、いや、ほんとうなのか? おれたちの年齢差はどの位か? 二十歳近くか? とにかく、きみからすればおっさんだぞ? 外見は悪いし、『怪物公爵』と名高い粗暴者だぞ? それでもほんとうにいいのか? きみが望むのなら、きみに相応しい男性を捜してもいい。もっとも、軍関係になるだろうが。軍でも、きみに近い年齢の穏やかな気性の男性はいるはずだから」


 ローマン様は、そこまで言ってから苦笑した。


「つい先程、きみのことをあれこれ言ったばかりなのに、おれ自身が気弱で消極的だな。だが、きみにとっておれは、それほど相応しくないということだ。ああ、クソッ! おれはなにが言いたいんだ? 自分で求婚しておきながら、相応しくないなどと……」

「ローマン様だからこそ、です。あなただからこそ、側にいさせて欲しいと願うのです。この傷も……」


 無意識の内に手を伸ばし、ローマン様の右目の傷に触れていた。


「体の傷も心の傷も、わたしにとってはすべて愛おしいのです。それらも含め、わたしは、わたしは、あなたのことを……」


 こんなこと、生まれて初めてである。


 つぎからつぎへと言葉が勝手に溢れ、溢れたかと思うと勝手に口から出て行ってしまう。その数々の言葉の意味、ましてや言っていいのか悪いのかもわからないまま、とにかく出て行くのを止めることは出来なかった。


「愛しています。わたしは、ローマン様のことを愛しています」

「ミサ……」


 いまやローマン様と並び向き合っている。そのとき、彼の左目から大粒の涙がこぼれ落ち始めた。


 いったんわたしの肩から離れた彼の丸太棒のような腕だけど、つぎは両腕が伸びてきてわたしの両肩をやさしくつかみ、そして抱き寄せられた。


「ミサ、命にかえてしあわせにする。きみがしあわせになるよう全力を尽くす」


 彼の胸は、あたたかくてやさしい。

 

 一瞬、こんなにしあわせでいいのかしら? ほんとうにしあわせになっていいのかしら? 


 頭の中を、そのような不安がよぎった。


 しかし、すぐにそれも消えた。


 わたしには、いいえ、ローマン様とわたしには、しあわせになる権利がある。二人でならしあわせになる。二人だからこそ、しあわせになれる。


 そう確信した。



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