表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
キリングアート  作者: カルラ
20/22

第五話 キリング ノット アート その5

病院からの帰り道。

 赤咲は背後から強い殺気を感じていた。


―桜が言っていた嫌な予感とはこれか。だが……一体どうして俺を狙うんだ?―


 赤咲は殺気を背中から受け止めつつ、帰り道を歩く。


―ついてくるな。……やっぱこのまま家に帰るわけにもいかないよな。とりあえず、どこかに寄っていくかな―


 赤咲は途中でいつもとは違う道へと入る。

 自宅から、遠く離れた市街地へと入る道だ。

 そして、適当な店に入って食事を取り、その後は近くのCDショップや書店などに立ち寄って時間を潰す。

 そうやって時間を潰すうちにすっかり夜も更けてくる。

 赤咲はひと気の無い裏通りへと入り、更に奥まで歩を進めていく。

 人の気配の全く無い裏通りの奥まで行き、赤咲は後ろを振り返った。


「……もうそろそろ出てきたらどうだ。ずっとつけてきたのは分かってる。ストーカー紛いのことはやめろ」


 赤咲がそう告げると、物陰から男を現した。

 男は少しばかり小太りで、腐った魚のような目をしていた。

 そして挙動不審な態度も加味され、かなり不気味な様相を呈している。


「お前がっ! お前が桜ちゃんをっ! ……おかしくしたんだなーっ!!」

「はっ?」


 男の言葉の意味が赤咲には分からなかった。

 桜は赤咲にとって、大事な女性だ。

 それをおかしくするなど、ありえない話だ。


「……ちょっと待て。俺が桜をおかしくする? ……そんなわけないだろ」

「うるさーい! ぼっ、僕はずっと桜ちゃんを見守ってたけど……お前は最近桜ちゃんとずっと一緒にいたじゃないか。しかも、『斬耶』とか名前で呼ばれて……何なんだよお前! 僕の桜ちゃんをどうするつもりだ!」

「…………はぁ」


 赤咲は目の前の男に呆れの意味を込めた溜息をついた。

 目の前の男は桜のストーカーであるらしい。

 そして桜に彼氏が出来て、そのことが強く不満であり、その彼氏である赤咲に対してずっと殺意を持ってつけてきているということだ。

 そこまでは赤咲にも推測が出来る。

しかしそれは赤咲には全く非が無い、男の完全な逆恨みだった。


「……それでどうして今は俺をつけているんだ? 俺を殺すつもりか?」

「当たり前だ! お前のせいで僕は桜ちゃんを傷つけちゃったんだからなっ!」

「なに!?」


 その言葉に赤咲の表情が変わる。

当初赤咲はこの男は適当にあしらって、痛めつけたら放っておくつもりだった。

 目の前の男は芸術のキャンバスにする価値もなく、殺す労力すら惜しい、完全なゴミであったからだ。

 しかし、先ほどの言葉は赤咲にとっては、聞き捨てならないものだ。


「どういうことだ。まさか……桜を傷つけたのはお前か」


 赤咲は低い感情のあまり無い口調で問いかける。

 そうすると、男は調子に乗ったように語り出す。


「そうだっ! 僕は桜ちゃんが出てきたのを見たから声を掛けたんだ! 勇気を出して、

『桜ちゃん。僕はずっと好きだったんだ。愛してるんだ』って。そうしたら桜ちゃんは

『応援ありがとう。そんなに私のこと好きだなんて、とっても嬉しいわ。けどね。私は特別な一人の男性とはお付き合いなんて、出来ないの。ごめんなさい』って言ったんだ。おかしいだろ。桜ちゃんは、お前を部屋に上げたのに! それってもう付き合ってるって意味だろ。桜ちゃんは僕を裏切ったんだ。だから言ってやったんだ。

『桜ちゃんは嘘つきだ! 斬耶って男のことが好きなくせに! 付き合ってるくせに! あんな男よりも僕の方が桜ちゃんを愛してるんだ!』って。そうしたら桜ちゃんは

『やめて! 斬耶をあんな男だなんていったら、許さない!』そんなことを言われたから僕はっ! 僕はあああああぁぁぁぁ!!!」


 それだけ言うと、感情が昂ぶりすぎたのか、絶叫を上げて顔を下に向ける。

 それを聞いた赤咲の胸の中には、今までに無い怒りの渦が満ち溢れた。


「なるほど。それで桜を刺したというわけか」


 赤咲は静かに、けれど心からの怒りが湧き出している。

 しかし男はそれに構わずに更に主張を続ける。


「ああ。だけど僕は悪くない。全部裏切った桜ちゃんが悪いんだ!」

「……へえ。桜が悪い……ね。そうかそうか。それが君の考え、君の正義。君の正しさというわけか。うんうん。分かった分かった」


 赤咲は頷きながら男へと近づいていく。

 男は更に何かわめくが、赤咲はそれを無視して近づいていく。


「俺も別に説教する気は無いよ。君にとって、桜は神聖なるアイドルであり、そのアイドルが男と付き合うなどは許せない。そんなことをするアイドルは生かす価値は無い。そう言いたいんだろう。……うーん。かなり歪んでいるし同意できる話じゃないな。何よりアイドルの人権を無視した身勝手な話だ。でもまあ、アイドルのストーカーまでやるような奴の考えであればおかしな話じゃないか」


 赤咲はゆっくりと歩きながら男との距離をドンドン近づける。

 男の方も、澱んだ瞳で赤咲を睨みつける。


「何だよっ! そうだよ! 悪いかよ。桜ちゃんはすごいアイドルなんだ。男と付き合っていいわけあるかっ!」

「いやいやいや。君の言い分はおかしい。彼女達はアイドルと同時に一人の女性だ。女性が男性と恋に落ちるのは自然なことであり、責められる事じゃない。むしろ勝手な自分の理想を押し付け、彼女の自由意志を奪うなど、それこそ許される話ではない」


 しかし赤咲は冷静な口調で男を挑発する。

 その言葉に男はますます激昂していく。


「はあ!? じゃあ何なんだよ。俺の考えは間違ってるって言いたいのかよ!」

「ああそうさ。君の考えは全てが間違っている……いや違うな。君の存在自体がおかしいのなら話は変わってくるのか。おかしな存在に対し、理知的な行動を求めるほうがおかしいじゃないか。むしろおかしな存在である君の思考がおかしいというのは、逆に至極全うで正しい事なのかもしれないな」

「お前っ! 僕を侮辱するのか?」

「侮辱か。侮辱じゃ済まさないけどな。君がやった事は死に値する。侮辱だけでは終わらせないよ」

「死? ふざけるな。お前なんて僕が殺してやる!」


 赤咲の言葉に男は完全にブチ切れ、懐からサバイバルナイフを抜いた。

 刃渡りが長く、殺傷能力の高いナイフだ。


「おいおいおい。俺を殺す? ふざけるなよ。君に俺は殺せない」

「うるさーい!!!」


 赤咲が近づいてくるのに対し、男はナイフを構えて突進する。


「死ね! 死ね! 死ねぇっ!」


 男が鋭くナイフを突き出す。

 だが赤咲は男から逃げようとはしなかった。

 男が右手を突き出してナイフを繰り出したと同時。

 男の手首に赤咲が交差するように自身の右手を重ねたのだ。

 そしてその直後。

 裏通りの奥に、鮮血が舞い散った。

 大量の鮮血。

 しかしそれは、赤咲の物では無い。

 赤咲を刺そうとした男の血だった。


「えっ……うっ、うっ、うわああああぁぁぁぁぁぁぁ!? 僕の右手があああぁぁぁぁあぁあ!? 何でっ? 何でっ? なんでえええぇぇぇぇ?????」


 男が醜い悲鳴を上げながら、自分の右手首を左手でおさえる。

 だが、手首の先は存在しない。

 男の右手首より先。それは、無惨に千切れていた。


「ふーん。やっぱり君みたいな人間でも血は綺麗な赤色なんだ。もっと濁った感じの汚い赤だと思ったけど……少し意外だよ」


 赤咲は心底意外そうな表情で呟いく。

 その赤咲の右手には、軍でも使われている大型のトレンチナイフがある。

 先ほどの男の突進の勢いを利用して、男の手首にナイフの先端を突き刺し、捻りを加えたことで、ねじ切るようにして男の右手を手首から引き裂いたのだ。


「お前っ! 何をやったんだよっ! ぼっ、僕の右手……返せぇぇぇ!」

「いや、無理だよ。綺麗に切断したのならともかく、かなり強引にねじ切ったんだから。どんなに優秀な世界の名医でも治せないさ。でも別に治す必要もないだろ。どうせ死ぬんだから」

「うるさあああぁぁぁいいい!」

「うるさいのは君の方さ」


 赤咲は続けて男の足にもナイフを突き刺した。


「ぎゃああああぁぁぁぁ!!!」


 更に悲鳴を上げて、のたうつように倒れる。

 しかし、それに構わず赤咲は更に頭にナイフを突きつける。


「いやだぁ! 死にたくない。死にたくないっ! 助けてくれぇっ!」

「おいおい。殺そうとした相手に命乞いするなよ。みっともないなあ」

「だって僕は誰も殺して無いんだぞ。殺す事なんて無いじゃないかぁ」


 醜く命乞いを続ける男を、赤咲は冷たい目で見下し続ける。


「殺して無いから、殺される事は無いか。君は何か勘違いをしている」

「え?」

「君の言い分はあくまでも、同じ価値の人間だからこそ通る言い分だ。でも君と桜は違う。君はただのどこにでもいる……いや、いないな。稀に見るおかしな人間、生きているだけでマイナスの人間だ。そして桜は、世界に選ばれた優れた才能の持ち主だ。つまり価値が全く違う。生きているだけでマイナスの君と、世界に選ばれた才媛の桜。同じなわけが無いだろ。そしてその分を弁えずに、君は桜を傷つけた。これはもう死ぬ以外無いだろ」

「おかしいっ! おかしいぃぃぃっ! 大体お前は何なんだよ。お前だって僕と同じような奴だろ。桜ちゃんと付き合えるような男じゃないはずだ!」


 なおも醜くわめき続ける男の頭を赤咲は一度踏みつけ、気まぐれに事実を告げる。


「はあ。まだ理解して無いのか? まあいいや、最後に教えてやる。俺はマリア5のプロデューサーだ。分かるか。君の大好きな桜が歌っている歌も全部俺の書いたものだ」

「なあぁっ! お前が桜ちゃんと……じゃあマリア5の皆は………」

「最期に考える事が、下世話な妄想か。まあ君には相応しい最期だな」


 おかしな妄想を抱いた男の頭部へと、ナイフを沈ませる。

 僅かにうめき声を上げるが、すぐに意識が無くなり痙攣を起こす。

 だがそれも数分で終わり、やがて何も言わないただの屍へと変わった。

 そして、その屍を見ながら赤咲は思わず呟く。


「死んだか……どうしようかな。さすがにやりすぎた。どうやって処理すべきか……」


 男の息の根を止めると、ようやく落ち着きを取り戻すのだが、流石に自分がやった事を不味いと思ってしまう。


―ちょっとやりすぎたな。地下のアトリエでやっとくべきだったか……いや、でもあそこにこんな奴を入れるのはそれだけで不愉快か……だがどうする? どうやって処理すべきか……―


 赤咲は両腕を組んで、男の遺体の処理を思案する。

 けれども、いい妙案は浮かばない。


―いっそのこと、放置するか? けど出来れば発見されにくするか……最低でも遠方には運ぶかはしたいところだ。流石にここに放置はリスクが高い―


 仮にここに放置したとして、何らかの痕跡が残っており自身が捜査線に上がるリスクは回避すべきだ。

 赤咲が今までに何人もの人を犠牲に芸術作品を作り上げながら、警察に全く見つからないのは遺体を隠蔽してしまったからというのが大きい。

 遺体が出なければ、事件はただの失踪でしかない。

 都内での失踪事件は殺人事件と違い、捜査は極めて甘い。

 今までは、それ故に赤咲は一度も警察にマークされることは無かった。

 しかし殺人事件となると、話は大きく違う。

 もちろん今回も赤咲は、人の印象に強く残るような行動は起こしていないように最善は尽くしている。

 また物証などの証拠を残すミスをするつもりは無い。

 仮に殺人事件として警察が捜査を行おうが、赤咲自身に容疑が掛かるような可能性は限りなくゼロに近い。

 だが問題はそこではない。

 この男は桜を刺した犯人である。

 それが最大の問題なのだ。

 桜を刺した犯人が翌日に惨殺遺体で発見される。

 これは桜の事件を必要以上に大きく取り上げることに繋がる。

 それは事件がただの桜に対する傷害事件から、別方向への噂の引き起こす引き金にもなりかねない。

 そしてそれは桜の天真爛漫で清純なイメージを崩壊させる危険も高い。

 それだけは絶対に避けなければならない。


―やっぱり運ぶか。大きなスーツケースが無い以上、鞄に首だけでも入れて……―


 とりあえず身元を分かりにくくすべく、男の首を切断しようとトレンチナイフを首に刺そうとした瞬間だった。

 赤咲が背後に別の男の気配を感じ取った。


「誰だっ!?」


 焦燥感を感じさせる言葉と共に赤咲は背後を振り返る。

 だが振り返ると、そこには先日赤咲と邂逅を果たした男の姿があった。


「くっくっく。オレだよ赤咲。もう忘れたのか」


 男は黒い服にサングラスという怪しげな服装で立っていた。

 しかしその声と笑い方。そして雰囲気は赤咲が忘れるはずも無かった。


「カニバリストの水原か。いったい何の用だ」

「くっくっく。いやね。なにやら困っているようだから、少しばかり助力してやろうかというだけだ」

「助力? 何の理由があってだ。別にお前に助けてもらう義理は無い」


 赤咲が率直に疑問を問う。

 少なくとも、目の前の男に対して何らかの貸しや借りなどは発生していない。

 それにこの男に対し、借りを作るのは赤咲にとっても本意では無い。


「義理か。別に無いことも無いぞ。貴様が殺した男は、オレも殺す気でいたんだからな」

「どういうことだ?」

「なに、簡単なことだ。この男はチョロチョロと動き回ってストーカー行為をしているからな。警察のパトロールが強化されては、オレの活動にも著しい支障が出る。だから、オレも今日はこの男を殺すつもりでいたんだよ。そうしたら偶然にも貴様が既に男を殺してしまっているじゃないか。ならせめてオレはオレでこの男の遺体の処理ぐらいはしてやろうというだけの話だ。幸い、殺す為の準備も処理の準備もばっちりだ。まあ殺す方の準備は無駄になっただな。せっかく準備をした以上、全てを無駄にしたくないという感情も分かるだろ。まあそういうわけだ。お前はもう帰ってくれて構わない」


 男の言葉は、赤咲にも納得のいく物だった。

 それにカニバリストである以上、あの男の遺体の利用法にも赤咲は容易に察しがつく。

 そのため、赤咲にも提案を拒否する理由は無かった。


「なるほどな。そういうわけか」

「ああそうだ」

「だったら遠慮しないよ。俺は帰る。もう夜も遅いしな」

「そうだ遠慮するな赤咲斬耶。オレがこんな事をやるのは滅多に無いぞ」

「ああそうだな……オッケ!じゃあな」


 赤咲は手を振りながらその場を去っていく。

 赤咲は桜を傷つけた男を迅速に処理出来たという安心感と達成感に満ちた表情で岐路へとついたのだった。


次回で最終回です。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ