エピローグ
赤咲が桜を刺した男を処刑した夜から一週間が経った。
ニュースでは、男の惨殺死体が発見されたという報道は一切されていない。
恐らくは水原が上手く処理をしたのだろう。
また桜が刺されたという事件の報道も、事務所が上手くマスコミ各所に手を回したおかげで、あまり大きなニュースになる事はなかった。
もちろん事が事だけに完全な隠蔽は出来なかった。
大事に至らなかったのは、先日社長が桜の容態と今後の活動についての記者会見を行い、いらぬ噂からのスキャンダルを前もって封殺したのが大きいのだろう。
充分な情報を与えてしまえば、邪推する余地は無くなってしまう。
結果的に今回の件では、桜に対する同情的な意見とそれによるファンの増加はあれども、事件を斜めに見てイメージを悪くするような意見が沸かなかったので、その点は不幸中の幸いといえた。
また桜の傷の回復も良好なのも好材料である。
ドラマの最終回の収録が残っている事を桜は強く気にしていたが、それも無事間に合うとのことだ。
桜がドラマにかなり力を入れていたことは赤咲も知っていた為、撮影が完遂出来ることは、赤咲にとっても朗報といえる。
そして今日は桜の退院の日だ。
残念ながらマリア5のメンバーは別の仕事が入っている為に、出迎えは赤咲一人である。
けどそれも、病み上がりの桜に対するメンバーの気遣いのようにも赤咲には感じられた。
―やっぱこれって……桜に告白しろってことなんだろうか―
赤咲はそう思う。
思えば桜に告白しようとして、それでも踏ん切りがつかずにグダグダしてしまった結果、こんな事態にまでなってしまったのだ。
もういい加減に情けなく迷うのは止めて、すぐに告白すべきだろう。
赤咲は今度こそと覚悟を決めて、病院へと向かった。
病院に辿り着くと、時間はちょうど桜が退院する予定の時刻だった。
既に桜と、桜の治療に関わった医者や看護士も病院の表玄関に出てきていて退院の挨拶をしている。
『おめでとう』や『よく頑張った』といった言葉と「ありがとうございました」という言葉を交わして、桜は最期に一礼をして病院から背を向ける。
赤咲も桜に合わせて病院に一礼をして、桜を出迎える。
「お帰り桜」
「ただいま斬耶」
言葉を交わすと何だかお互い顔が赤くなる。
何となくであるが、二人きりだと互いを意識してしまう。
別に二人きりであることなど、今までにも何度もあったはずだ。
しかしこれから赤咲が言う言葉は、今までの二人の関係から別の関係へと変化させる物である。
どうしても互いに相手を意識してしまう。
「……えっと……じゃあ帰るか?」
「う、うん。そうだね」
「じゃあ送るよ。タクシー拾う?」
「そうだね。荷物もちょっと多いし……お願い」
「ああ。じゃあ」
赤咲は近くのタクシーを見つけ、二人で桜の家へと向かう。
病院から桜の家までは車で十五分程度である。
それほど長い時間ではない。
「ええっと……そういえばもう体は大丈夫?」
「う、うん。もう傷も塞がったから、定期的な通院はするような必要もないって。ただ一応、二十日後に術後の経過を確認するみたい。それで大丈夫だったら、もう泳いだり激しい運動も大丈夫だって。」
「そっか。なら多分、来月のプロモの撮影には間に合いそうだな」
「うん」
こうして、仕事上のやり取りをして場を繋ぐ。
けれど空気はどうしてもいつもとは異なる物になる。
赤咲が桜へと告白すれば、この微妙な空気も無くなるだろうが、さすがに車中で告白など出来るはずも無い。
二人は仕事のやり取りを終えると、無言になってしまう。
どちらもともに、早く家に着くようにただ心の中で願っていた。
二十分後。
二人は実際の時間よりも長い体感時間の果てに、二人は桜の自宅へと辿り着いた。
二人は今、ソファに向かい合う形で座っている。
桜にとっては久々の自宅であるのだが、桜本人はかなり緊張してしまっていた。
もちろん赤咲の方も桜以上に強く緊張しているが、既に心を決めた以上、もう告白を先延ばしにするつもりはなかった。
―いよいよか。もういつまでも待たせるわけにはいかないよな。覚悟を決めろっ、俺!―
赤咲は自分に強く言い聞かせる。
ここまで引っ張っているのだから、いい加減に決めなければ駄目だという思い。
ここで言わなければ、もうずっと言えないだろうという危機感。
そういった思いが混ざり合い、赤咲は遂に行動を起こす。
「さっ桜っ! 聞いてくれないか。俺はお前がっ」
赤咲は桜の目を見つめ、熱く真剣な瞳で桜を見つめた。
「な……何かな。斬耶?」
桜のほうも顔に赤みが差している。
その桜に顔を近づけて、斬耶は言葉を紡いだ。
今までずっと言えなかった言葉を桜へと伝えたのだ。
「好きだよ。愛してる」
それはとてもシンプルな言葉。ストレートでなんの捻りも無い純粋なメッセージだった。
けどそれは確実に桜の心にも響く。それは桜の胸の奥の心にまで届いたのだ。
「ありがとう。桜も斬耶のこと、大好きだよ!」
「桜!」
赤咲は桜を抱きしめる。
それは優しく、けれどとても力強い抱擁。
もう二度と離さない、そんな想いが込められた強い抱擁だった。
「斬耶ごめん。ちょっと苦しい」
「えっ! あっごめん」
ロマンチックと思われた雰囲気は一瞬で終わる。
赤咲が感極まって、力を入れすぎたせいだった。
「もう斬耶ったら、強すぎるよ」
「悪い桜。ちょっと変な感じになっちゃってさ」
「本当に駄目なんだから。女の子は優しく抱きしめないと駄目なんだぞ!」
「そっか。じゃあもう一回やり直しだな」
「きゃっ、斬耶ったら、もう」
赤咲は今度は優しく、包み込むように抱きしめる。
その甘い抱擁に、桜はそっと目を閉じて、赤咲へと身を委ねた。
翌日の朝。
赤咲と桜は一つのベッドで目を覚ます。
互いが想いを確認しあった後、二人は唇を重ねて、その後は少しだけ大人の階段を上ったのだった。
キスとその更に一つ上の行為を一日のうちに二人は済ませてしまい、今日は若干けだるい感じの朝を迎えている。
「朝だな。桜」
「そうだね。斬耶」
「えっと……今日からもうドラマの収録なんだっけ?」
「うんそうだよ。桜が出るシーンだけがまだ残ってるから、急いで取り終えないと他のスケジュールが大変なんだって。でも量はそんなに多く無いから今日中に取り終わると思うよ」
「そっか。集合時間は何時ぐらい?」
「13時だから、まだ全然大丈夫だよ」
「へえ、じゃあ俺はそろそろ帰るかな」
「待ってよ斬耶」
赤咲が起き上がろうとした所で、桜が後ろから腕を掴んで引き止める。
「どうした桜?」
「せっかくだし、朝食ぐらい食べていってよ」
「朝食? 桜って料理作れるの?」
「作れるの? って、桜だって女の子だよ。料理ぐらい出来るって」
「じゃあお願いするよ。桜の手料理楽しみだな」
「うん。期待して待っててよ」
「ああ期待して待ってる」
桜はベッドから起き上がると、赤咲のおでこに目覚めのキスをしてからキッチンへと向かう。
―桜の朝御飯か。ってなんかこういうのって新婚さんみたいだな―
赤咲は少し苦笑しながら、桜が朝食を作るのを待つ。
朝食はそれほど時間も掛からずに作り終えたらしく、あまり待つということを感じる間もなく食卓へと並べられる。
カスタードクリームの練りこまれたクロワッサンと軽くソテーしたベーコン。
そしてカフェラテとイタリアンでオーソドックスなモーニングである。
「美味しいな。このベーコン。それにクロワッサンも見た目よりもさっぱりした甘みで朝御飯にはバッチリだよ」
「そうでしょ。桜だって料理上手いんだよ」
「ああ、確かに桜は料理がうまいよ。短い時間でこれだけ美味しい物を作れるなら最高だ」
「あっ、だけど別にこういうものだけじゃないんだからね。今度時間があるときには、もっと手の込んだディナーを作っちゃうんだから」
「そっか。じゃあその時は期待してるよ」
「うん。期待以上のもの作っちゃうからね」
と、二人は楽しい朝のひと時を過ごしたのだった。
それから一ヵ月後。
マリア5のメンバー5人と赤咲は空港に集まっている。
「はふー。いよいよ南国ハワイに出発デス」
「ミリアちゃん気合入りすぎ。アロハは向こうについてからよ」
既に南国気分のミリアを陽菜が呆れながらたしなめている。
確かに日本の空港でアロハは気合が入りすぎである。
「だけど楽しみですよね。ハワイ。私色々と観光名所調べたんですよ。後で色々と行きましょうね」
「おいおい杏。別に遊びにいくわけじゃないんだぞ。結構予定が詰まってるから、あまり遊べる時間も少ないと思うし」
「大丈夫ですよ。ちゃんと短い時間を有効に使えるように考えてますから」
「へえ。杏にしては計画的だな」
「はい。恭子さんも一緒に考えてくれたんですよ」
「恭子が? 意外だな」
「意外? 私が予定を作ったら意外だというの? 心外ね。私だって南国に行ったら開放的な気分になるだろうし、色々と普段は出来ないようなレジャーをしたいと思うわよ。それが意外だなんて、軽くショックだわ」
「おいおい大げさなリアクションはやめてくれよ」
恭子の大仰な態度に赤咲は軽く溜息を吐く。
「ふふ。冗談よ。だけど、その困った顔は素敵ね。良かったら桜ちゃんから私へと乗り換えてもいいのよ」
「なっ!」
「駄目!」
そこで桜が赤咲と恭子の間へと割り込む。
「駄目だよ恭子。斬耶は桜と付き合ってるんだから」
「冗談よ。本気にしないで」
「え?」
「でも今の態度……ふふ、愛する人を取られたくないっていう強い思いが伝わってきたわ。新婚カップルって所かしら」
「新婚……」
「もう熱いわね。ここで熱いならハワイは一体どれくらいの暑さになるのかしら」
「大丈夫よ恭子。熱いと暑いは違うから。それに熱々カップルなんて長続きしないものよ。長続きの秘訣は熱し過ぎないこと」
「ボケたつもりだったんだけど……でもそうね。熱々カップルほどすぐに冷めるというし、どうなるか楽しみね」
「ふんだ。桜と斬耶はずっと熱々だもんね。ねえ斬耶」
「えっ? ……ああそうだよ桜。でも……さすがにここで腕を組むのは……」
桜の態度に半ばドギマギしながら赤咲は答える。
一応大勢の人がいる空港内で腕を組むのは不味いんじゃないかと心配している。
「大丈夫よ斬耶。堂々としてれば意外と気にしないって。それに空港なら外国の人だって多いんだし」
「そういえばそうだな」
と、そこで空港内にアナウンスが流れる。
赤咲たちの乗る予定の便が搭乗手続きを始めたらしい。
「じゃあ行くか、皆」
「「「「「はい」」」」」
赤咲に合図で全員が搭乗ロビーへと向かう。
目的地のハワイへと。
赤咲は桜と手を握り合って。
「桜と斬耶の新婚旅行みたいだね」
「そうだな。じゃあ空き時間は二人でデートだな」
「うん。桜楽しみ!」
桜の微笑みを受けて赤咲も微笑を返す。
その桜の笑顔は、赤咲が今まで見た桜の笑顔の中でもとびきり最高の笑顔だった。
終わり
完結です。
今までありがとうございました。




