三十二話《全て終わる変人》
「おらおらおらおらぁっ!」
時計箱はそう言って剣を縦横無尽に振り回す。
僕は悪魔の右目により、ギリギリでそれを避けることが出来ているが、このままじゃあいずれ攻撃が当たる。
剣を振っているだけの時計箱と、それを全力で回避する僕。
どちらが先に疲れるかは明確である。
僕が先に疲れ、攻撃が当たり、死ぬ。
「くっ…………っはぁ、はぁ」
息が苦しい……。
肺の辺りに手を当てながら、僕は呼吸を整える。
「がっかりだぜええっ! そんなものかよぉっ! ライバル」
言いながら時計箱は容赦なく、霊剣スペルハートの斬撃を繰り出す。
それを転げながらも、僕は再び避ける。
だが、避ける際、転んだのは失敗だった。
転げたなら、どうしても立ち上がるまでの過程で隙が出来る……!
そして、僕はその隙を見事に突かれた。
剣なので、突かれたというより切られた。
左腕が丸ごと、ぶった切られた。
「あ、が、あああああああああああっっ!」
その痛みに僕は暴れる。暴走する。
そして、右手で左腕のあった場所を抑えながら、僕の身体は脚から崩れ落ちた。
これは……負けだ。
こんな状態から、勝てる訳がない。
他にも様々な事を考えたが、やはり左腕を失ったショックと痛みで、思考が回らない。
脳が一切の機能を果たしていない。
自然と涙が溢れる。
身体が死を悟ったかのように、勝手に涙がボロボロと出てくる。
あぁ……誰か、助けてくれよ。
頼むから、誰か、助けてくれよ……。
勇者や英雄や、ヒーローが本当にいるなら、助けてくれよ。
僕にその役目は重すぎた。
僕は勇者にも英雄にもヒーローにもなれない。
無月も、琴鮫も、音萌さんも、影入も、京歌も、救えたけれど……。
救えたけれども、僕は……最後に負けてしまった。
つまり、僕に勇者や英雄やヒーローになる資格なんてない。
『当たり前だ、人間。何せ、お前は悪魔だからなぁ……』
…………⁉︎
唐突に、声が聞こえた。
聞き覚えのある、この偉そうな声と口調。
僕が夏休みの初めに、謎の契約とやらで助けた少女。
悪魔の……少女。
近くに姿は見えない。
テレパシー的なもので話しかけているのだろうか?
『悪魔なら、欲望のままに動け。勇者? 英雄? ヒーロー? はっ、そんなものになったところで何になる。お前は今まで、そんなものになりたくて、戦ってきたのか?』
違う。
僕の戦ってきた理由は、もっと……!
『そうだ、人間。お前は、助けたいという自分の欲望で、戦っていたのだろう? 誰かを助けたいと、必死こいて頑張っていたのだろう?』
あぁ……そうだ。
無月を助けたかったから、助けた。
琴鮫を助けたかったから、戦った。
音萌さんを助けたかったから、守った。
影入を助けたかったから、奴隷にした。
京歌を助けたかったから、勝った。
僕はただ、誰かを助けたいという欲望に従っていただけなのだろう。
『お前がもっとたくさんの人を助けたいという欲望があるのなら、さらに力をやろう。この状況を、全てぶち壊すほどの、力をな』
全て、ぶち壊す……力。
もしこの状況を変えれるなら、ぶち壊せれるなら、なんでもいい。
悪魔の少女……僕に、力をくれ。
『良いだろう、人間』
悪魔の少女がそう言うと、僕の無くなった左腕のほうに、力? のようなものが溢れ出した。
『破壊技手。破壊する為の技術を詰め込んでいる義手だ』
破壊する為の、技術?
『そうだ。この手は、とんでもない破壊力を持っていてな。普通の人間なら一撃でも浴びせれば、死に至る」
死……それなら、あいつは……時計箱は死んでしまうのか?
『まぁ、極限まで手加減すれば重傷ぐらいには抑えられるだろう。だが、前から思っていたが、何故だ? 人間。何故お前はそこまで人を殺したくないんだ?』
普通の高校生が人を殺したい訳ないじゃないか……。
『その気持ちは分かるが、それでも異常だ。相手は命を狙ってきているのだぞ? 相手の命を気にしている場合じゃないだろ?』
そうかも……しれない。
でも、僕は人を殺したくないんだよ。
一年前の事があってから、人の死の重さが分かったから……。
『一年前の事……か。それが何かは私は知らんが、まぁ、人間。お前がそこまで言うのなら、とても大変なことがあったのだろうな』
まあね。
それで……極限まで手加減すれば重傷で抑えられるんだよね?
『あぁ』
ありがとう。じゃあ、またいつか機会があれば会おう。えーっと……。
『ウォッドだ』
うん?
『私の名前はウォッド。人間、お前は忘れっぽいらしいが、忘れるなよ?」
忘れるな……か。
うん、大丈夫だよ。
ここまで印象が強い少女を忘れるわけがない。
『そうか……。おい、人間』
何かな?
『お前と私は契約をした』
うん。
『お前は、まだ契約がどういうものかは良く分かっていないだろうが……契約とは悪魔の中で、人間界で言う所の結婚というものに近い』
な……⁉︎
『私は、見ため通りまだ子供だ。だが……大人になったら、責任を取れ』
え……?
つまり、結婚しろと?
『そうだ。私は大人になるまで後五百四十年ほどかかるがな』
僕が死んでるよ。
『人間、お前も右手、右目、左腕だけとはいえ、悪魔化しているのだ。寿命はまぁ……千年、いや二千年はあるだろう』
嘘だろ……?
『本当だ』
うーん、まぁ五百四十年間考えさせてもらうよ。
『そうか……では、そろそろ私は消えるとしよう』
うん。じゃあね、ウォッド。
『あぁ……人間、さらばだ』
ウォッドと話している間、時間が止まっていたのだろう。
ふと、時計箱を見ると、さっきの状態から全く動いていなかった。
だが、その顔は青ざめていて、汗をダラダラと垂らしている。
「お前……なんで、左腕が戻っているんだよぉ」
……そりゃあ顔も青ざめるか。
「君、僕のことはなんでも知ってるんじゃなかったのかな?」
「まさか……再生能力か? そんなものあるなんて聞いてねえぞおっ!」
「いやぁ……再生能力はないよ。秋宮君じゃないんだし」
「なら……! なんだっていうんだよおおっ!」
「さあね。それを君に言う必要は……ない」
言って僕は時計箱に近づいていく。
「ぐうっ、舐めるなよ……!」
時計箱は霊剣スペルハートを僕に振るう。
だが、一回や二回くらいの攻撃なら……避けられる!
そして僕は、左手で……そーっと、時計箱に、触れた。
すると、時計箱は声を出すこともなく、倒れた。
「……終わったのか」
これ、本当に死んでいないよな?
僕は時計箱の心臓に耳を当て、生死を確認する。
「ほっ…………」
良かった。生きているようだ。
えーっと……どうしようかな?
放置……という訳にはいかないし。
「なんだ? 本当に殺さなかったのか。人間」
「うん、そうだよ……って、ん? んんん?」
後ろを向くと、そこにはウォッドがいた。
「先ほどぶりだな」
「うん……それで、ウォッド。なんでこんな所に?」
「お前がこいつを本当に殺さないなら処理に困っているだろうな……と思ったんだ」
「なるほど」
「まぁ後は私に任せておけ。お前は帰って疲れを癒すといい」
「あ、うん。ありがとう」
言って僕は、しゃがみ込んでいる状態から立ち上がる。
そして、ウォッドに後を任せて、帰ることにした。
地下から出ると、もう夜は明けていて、太陽が少しだけ出ている。
「綺麗だな……」
つい、そんな風に呟く。
そして、全てが終わったという達成感に満たされながら、僕は家へと戻る。
無月の笑顔を想像すると、楽しみだ。




