三十話《抱きついた変人》
時計箱と別れ、家に向かい、歩いていると、音萌さんを久しぶりに発見した。
どうやら僕には気づいていないらしい。
あ、あひゃっ!
あひゃひゃひゃっ!
良いこと思いついてしまったぜぇっ!
僕は、音萌さんに背後から抱きついた。
「うわぁっ! え、なになになになになになになに⁉︎ え? 痴漢? 強姦? え? あ、え?」
顔を赤らめながら音萌さんはそう言ってドタバタと暴れる。
「やぁ、巳已ちゃん。大丈夫かい? そんなに焦って」
「え? あれ? 変態君?」
「うん、そうだけど、どうしたのかな? 巳已ちゃん」
「あれあれあれあれ? でもでも変態君って私のこと名前で呼んでなかったと思うんだけどだけど?」
「そうだっけ? まぁ良いじゃないか。あ、そうだ。巳已ちゃんの腰つき、凄い良かったよ」
「あ、ありがとう……ってさっきの変態君がやったの⁉︎」
「うん、そうだけど?」
何か、問題があっただろうか?
「変態君って変態だったの⁉︎」
「逆に今まで変態じゃないと思っていたのに、僕を変態君と呼んでいたのか……」
「え、だって学校の人みんな言ってるし……」
「僕が学校で何をしたって言うんだ……」
「覗きをしたって私は聞いたよ聞いたよ?」
「覗きなんかしないよ……僕は靴下が好きなんだから」
あ、ついクラスメイトの女子に性癖をバラしてしまった。
恥ずかしい……でも興奮する!
「へ、へぇ……」
流石の音萌さんも引いていらっしゃる。
うーん……驚かす為だけに抱きついたり、名前呼びは良くなかったかな?
最近、僕の変態的行動や、言動が減っていたから、この辺で取り戻そうと思っていたのに……なんというか失敗した気分だ。
「じょ、冗談だよ、冗談。音萌さん、僕はそんな靴下なんかに興奮したりしないよ」
「だ、だよね……! あれ? 名前呼びはどうしたの?」
「名前呼び……? して欲しいのかな?」
「うんうん! 仲の良い友達はみんな名前で呼ぶよ呼ぶよ!」
「あぁ……じゃあ僕は秋宮君を名前で呼ばないといけないのかぁ……」
「私は⁉︎」
あれ? 僕って音萌さんと仲良かったっけ?
「僕たち、そこまで仲良くないよね?」
「え? そうかなそうかな? 私は凄い仲良いと思うよ?」
「うーん……?」
「なんでそこで不思議そうな顔をするの⁉︎」
「いや、なんか仲良くなるエピソードとかあったかなぁ……って」
「え、えと……図書館で一緒に一緒に勉強勉強したりしたしたじゃん!」
「あぁ……したねぇ。懐かしいな。僕にもそんな青春を謳歌していた時代……あったんだなぁ」
「今がその青春だよ⁉︎ 私たち! まだ高校生!」
そう言えば、僕って高校生だった。
夏休み……これだけ長く続くと、自分が学生なことも忘れてしまうなぁ。
僕だけか?
僕だけだろうな。
「久しぶりだね。音萌さん。こんなところで何をしているのかな?」
「お買い物だよだよ。影入ちゃんがハンバーグ食べたいって」
「へぇ……」
影入、僕を秋宮君の家に運んだ後、どこに行ったのかと思ったら、音萌さんの家に帰っていたのか。
「影入ちゃん可愛いよねぇ〜。小動物みたいで」
「う、うん?」
影入が可愛いとか考えたこともなかった。
そういえば、あいつ。
一応、見た目は良いんだよな。
確かに可愛いと言われるのも納得だ。
「変態君、前まで前まで影入ちゃんと住んでたんだよね?」
「まぁね」
「襲わないであげてね?」
「僕をどんな人間だと……って変態と思ってるんだったね」
というか、いくら僕が変態とはいえ、無理矢理襲うなんて真似、する訳ないだろ……。
変態というより犯罪者じゃないか。
「そういえば、変態君はここで何を?」
「家に帰っているところだよ」
「へぇ……。あ、そういえば今、変態君の家に妹ちゃん達がいるんでしょでしょ? 会わせてよ」
「ごめん、三女に僕も君も殺されるから無理だよ」
「殺されるの⁉︎」
「冗談でもなんでもない。奴ならやりかねないんだよ……」
「え、えと……じゃあ止めとくね?」
音萌さんも、僕の真剣な空気を読み取ったのか、そう言って、話を変えた。
「変態君ってさ……」
「うん」
「髪は、長いのと、短いの、どっちが好き?」
「長いの……かな。いや、別に短いのも好きだけど」
「そっか」
言って音萌さんはショートカットの髪を少し触って、何かを決意したかのように、「よし!」と小さく言い、ニコリと笑った。
「どうしたのかな? 音萌さん」
「ん? なんでもなんでもないよー」
「ふーん……」
僕がそう言ったところで、音萌さんが「じゃあ、もう帰るね? 影入ちゃん、待ってるし」と言った。
「うん、バイバイ。音萌さん」
「うん、バイバイバイバイ。変態君」
という訳で、音萌さんと別れた僕は、急ぎ足で家に向かい、とても久しぶりに、家へと着いた。
「あらあら、妹を放っておいて、友達の家に遊びに言ってたお兄ちゃんではありませんか? どうされたのでしょう? 忘れ物ですか?」
そんな嫌味を言いながら出てきたのは長女、美惑。
うーん、この妹……性格悪いなぁ。
「違うよ、美惑。帰ってきたんだ」
「おやおや、この家にまだ貴方の居場所があるとでも?」
「僕の家なんだけどなぁ……」
「まあまあ、そんな嘘を吐きますか」
「妹の育て方……間違えたかな?」
セーブポイントからやり直したい気分だ。
「ええええ、私の育て方は間違えてないですよ? 最高の状態に育っているではありませんか」
「その自信過剰なところも含めて、間違ってると思うよ……」
「あぁあぁ、そういえば……猫夜が寂しそうにしていましたよ。今は寝ているので、後ほど話しかけてあげるのが良いかと」
「ん、あぁ、わかったよ。美惑」
言って僕は京歌の部屋へと向かった。
京歌……殺されてないよな?
宴さんのことだ……。約束は破らないだろうけど、やはり心配である。
そんなことを、考えながら扉を開ける。
「あれ? お兄ちゃん。久しぶり!」
京歌は笑顔で、元気そうに、いつもと変わらずそう言った。
気づけば、僕は京歌に抱きついていた。
音萌さんにおふざけで抱きついた時とは違って、愛を込めて、家族としての愛を込めて抱きついていた。
もう二度と離さない……それくらいに抱きついた。
「あれあれぇ? どうしたの? お兄ちゃん?」
「京歌……生きててくれて、ありがとう」
「お兄ちゃんも……ありがとうね。良くわかんないけど、京歌の為に頑張ってくれたんだよね?」
「家族なんだから……当たり前だよ」
僕はその後も、泣きながら、しばらく京歌に抱きついていた。
頑張ったご褒美に、これくらいは許してくれるだろう。




