二十四話《見逃される変人》
宴さんは、鬼に、僕の妹に近づいていき、ニヤリと笑ってから、次は大きな声で笑い始めた。
「中々に強そうじゃねえかぁ……久々に私を楽しませてくれるよね?」
そんな宴さんの声が聞こえた時には、すでに戦闘は始まっていた。
宴さんは得意とする技であるカマイタチを使い、遠距離から鬼を狙う。
宴さん、手を軽く振っただけでカマイタチを起こせるなんてとんでもなさすぎる。
しかも、僕が前に戦った風使いよりも、精度も質も、段違いである。
能力者ではないのに、能力者を軽く超えていくなんて、なんというかこの人、たまに人間じゃないんだろうか? と思う。
だが、鬼もそれに負けないくらいの化け物だった。
カマイタチを楽々と避け、手を手刀の形にし、宴さんの胸元に潜り込み、攻撃を決めた。
殺気だけで、僕に痛みを与えたのだ。
超高速のダッシュから、手刀なんてすれば、いくら宴さんでもただでは済むまい。
「……ん? え、攻撃は弱いんだね」
そんな僕の浅はかな考えは、宴さんのその言葉で打ち消された。
あれが……効かないのか?
「なんでー、効かないのー? 訳、分かんない!」
言って鬼は地団駄を踏み、自分が立っている地面にヒビを入れる。
それからギロリと宴さんを睨みながらグルルと野獣のような声をあげ、宴さんに飛びかかった。
それを宴さんは軽くいなし、鬼はゴロゴロと地面を転げる。
「はぁ……君さぁ、殺し初めて何年?」
宴さんは呆れたように、ぽりぽりと頭をかきながらそう鬼に質問した。
「くっ、そ、そんなこと言う意味あるー?」
「さあね。でも、余りにも弱いからさ……つい」
「な、なんだとー!」
言ってから鬼は再び、宴さんに飛びかかった。
「もう、いいや。貴方を消します」
……っ⁉︎ あれ宴さんの最後の宣告。
あれを言ったということは、宴さん、鬼に、トドメを刺す気だ。
すなわち、殺す気だ……!
宴さんは飛びかかってくる鬼を軽く叩いて気絶させた。
「やめて下さい! 宴さん!」
そこで僕は勇気を振り絞って再び宴さんにそう言った。
言葉は自然と出た。
妹が殺されるのだ。当たり前である。
「まーだ止めるのかぁ……でも、やめないよ」
「そ、それなら……ぼ、僕が貴方を倒します。う、宴さん!」
出来るわけが無いのは分かっている。
負けることだって分かっている。
でも、僕は、妹を、京歌を守らないといけないんだ!
やるしか……ない。
「無理だよ」
宴さんはそれに乗ってくることもせず、きっぱりとそう言った。
「な、なんですか……? び、びびってるんですか?」
僕は煽るように言う。
「じゃあびびってるってことでも良いから、私は君とは戦わないよ」
「…………!」
「私は殺し屋だ。依頼人がいないのに、人なんて殺さないよ?」
そうだった……。
この人のプロ意識は異常だ。
依頼外で人を殺す訳がない。
もう、終わりか……!
「ねぇ、宴。今のところは止めてあげなよ。少年がこんなに頼んでるんだから……さ」
すると背後から声が聞こえた。
振り向くと、そこにいたのは蒜燈さん。
「な、晄。なんでこんなところに……」
宴さんも驚いたようにそう言う。
「そんなことはどうでもいいよ。宴。とにかくこの鬼の娘を、見逃してあげなよ」
「いや、でもこれは仕事……いくら晄の頼みでも聞けない」
「一週間で良いよ」
「……一週間」
すると宴さんは頭を抱えて悩みだした。
「それくらいなら、依頼主も許してくれると、私は知っているんだ。だから一週間だけ見逃してあげてほしい」
「分かったよ……晄がそこまで言うならそれが正しいんだよね?」
言って宴さんは消えるように去っていった。
助かった……いや、見逃してくれたのか?
「蒜燈さん……」
「早くその鬼の娘を連れて帰ったほうが良いよ」
「……はい」
僕は倒れている妹、京歌を抱き抱え、のそのそと帰った。
「何があったの?」
京歌をベッドに寝かせ、振り向くと、無月はそう言った。
「宴さん……って知ってるかな?」
「宴……?」
無月は首を傾げる。
「知らないか……えっと、宴さんはね。伝説の殺し屋なんだけど、その宴さんに、京歌が殺されかけた」
「…………⁉︎ でも、殺されかけたってことは倒せたのよね?」
「ううん、勝負すらしてくれなかったよ。蒜燈さんのお陰で見逃してもらっただけさ」
「……でも、それなら安心ね。見逃してもらったんだし」
「一週間……」
「え?」
「一週間しか、見逃してもらえなかった」
つまり一週間後、京歌は殺される。
「……どうするの?」
「それまでに京歌を、元に戻すしかない」
「出来るかしら……?」
「やるしか、ないよ。どんな手を使っても、どんなことをしてでも、やるしかない」
「そう……ね。わかったわ。私も協力する」
「ありがとう、無月」
そして僕は、「今日は疲れたから、もう寝るよ」と言って、自分の部屋へと戻った。
それから、服を着替えようとしていると、ズボンのポケットに、何かが入っている感覚がした。
ごそごそと手を入れて取り出すと、丁寧に折りたたまれた紙があった。
それを広げると、そこにはまたも丁寧な字が書いてある。
内容は、『明日来てほしい』という文字だけであった。
誰からだ……? と思い、裏面を見る。
するとそこには、蒜燈晄という名が書かれていた。
……いつの間にポケットに入れたんだ?




