本物の幸せの青い鳥
ピピをずっと返したいと思っていた。いや、そうじゃなくて、私は……ずっと、ずっと、ずっと。謝りたかった。この罪悪感から解放されたくて、だけど謝って済む問題でもなくて。
でも、でも。今、この機会を逃したら、もう後はない。そんな恐ろしさにも包まれた。
「……あ、謝りたいの。ゆ、許してもらえるか分からないけど……。私のせいで、いじめられることになって、ごめんなさい。本当にごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」
私の情けない声で、同じ言葉が、何度も何度も、口から零れていく。
「凛花ちゃん、頭をあげて」
顔をあげると、彼女が私のところに近づいてくる。彼女の姿はやっぱり人を惹き付ける魅力があって、その姿をじっとみつめてしまった。
「凛花ちゃんは私が嫌なことを無理やりさせることは無かったよ?」
「でも……。私が言いなりになってなんて言い始めたから、だからクラスのみんなまで……」
「そうだね。そんなこともあったね」
彼女はとても優しく、そしてやわらかく笑う。
いじめを味わった張本人なのに、それはもうずっと前に終わったことで、まったく気にもしていないような落ち着いて澄んだ笑顔で私を見つめた。
確かに彼女が転校してから3年以上は経っていた。だけど私はまだ昨日のことのように思い詰めている。
その思いの差にショックなのか、安堵なのか、もう心が耐えきれなくて、私は何も言えなくなって、泣き出していた。
泣き声が森の中に響く。これは誰の声だろうと思ってしまうくらいに、私は声を上げて泣いていた。
彼女が私を優しく抱きしめてくれる。彼女のその行為が嬉しくて、余計に涙があふれた。
「凛花ちゃんは、転校してから、私の初めての友達だったよ?」
「……友達?」
「うん。歪だったけど、友達だった。だって私たち、お互いに友達になりたかったんだから」
あの頃の彼女の姿を思い出す。私は彼女の魅力にやきもちを焼いたけれど、でも気になって仕方がなかった。彼女がどんな形であれ、傍にいてくれるようになったことが嬉しかった。
当時、彼女の魅力を自分と比較して、負けた自分が嫌だった私は、彼女を従えることで優越感に浸りたかった。取り巻きを取られたことで独りぼっちになることが怖かった。
だけどそれらは、ただ友達を奪われたくなかっただけ。友達が傍に居て欲しかっただけ。そして私は、彼女と本当は友達になりかったんだ……。そんな単純なことを今さら分かる。
「私と、友達になってくれるの?」
「うん。これからは歪じゃない仲良しの友達」
「私のこと、許してくれる?」
「うん。歪な接し方だったこと、許すよ」
「……ありがとう」
私はまた涙を流して、彼女の手を握る。その握りあった手の上に、ピピが舞い降りてきて、嬉しそうに羽根を羽ばたかせた。
*
ピピの声が聞こえる。窓のカーテンから零れる朝日が顔に当たる。私は辺りを見回して、自分の部屋のベットで眠っていたことに気付いた。
「え……、あれは夢だったの?」
鳥かごに近づくと、ピピが小さく鳥かごの中で動き回って、可愛く鳴いた。ピピの足を見ると、可愛いブルーのリボンが結んであった。私はピピを鳥かごの中から出す。ピピはすぐさま私の手の上に乗って、私の手をクイクイっとついばんだ。
「このブルーのリボン。やっぱり夢じゃなかった?」
彼女と本当の友達になった証に、彼女はピピにブルーのリボンを結び付けて、「この鳥は凛花ちゃんがこれからも面倒を見てあげて。幸せを運んでくれる青い鳥だよ」と私の手にのせてくれた。その後のことはあまりよく思い出せない。
ピピが窓から零れる朝日に照らされて、青い身体が金色の包まれて光って見えた。艶々した青い羽根が羽ばたくと、金色の光の粒が舞い上がる。
「ピピって、こんなに綺麗な鳥だったんだね」
*
その日、高校に登校して教室に入ると、あるクラスメイトの女生徒と目が合った。その女生徒は私に気付いて小さく会釈してくれる。彼女はクラスの中でも、私がずっと声を掛けたいと思っていた人だった。
「おはよう」
私は勇気をもって、笑顔で声を掛ける。
───『幸せを運んでくれる青い鳥だよ』
彼女の声が聞こえた気がした。
5.
「恵利華ちゃん!彼女のオーラの色が変化して良かったね!」
「ええ。まだ私と同じ色だけど、彼女もこれからもっと変わっていくはずよね!」
ここなと恵利華は手を取り合って喜んでいた。凛花のことを諦めなかった何よりも諦めなかった二人は、今回の件の結末を何よりも喜んでいた。
辻村家のリビング。時刻は朝5時。僕たちは凛花を元の飼い主に会わせて連れて帰り、僕たちの拠点に戻ってきたばかりだった。
恵利華の纏っている色について事情を聞いた隼人は、真剣な顔で恵利華に話しかける。
「恵利華は何が怖いんだ?俺が話を聞いてやるぜ」
「うん、ありがとう。でも急ぐことでもないし、何がって聞かれても上手く説明できないのよ。ゆっくり受け入れていくつもりだから、気長に付き合ってよね」
「ああ、それはもちろんだぜ」
しずくが目をこすりながらソファに座る。
「安心したからか、眠くなってしまいました」
「しずく、ソファで横になっててもいいよ。後で起こしてあげるから」
眠そうな目を必死に開けているしずくに、ここなが横になるように促した。しずくは素直にコテンと寝っ転がる。
ソファで眠そうにするしずく以外の僕たちは微妙にハイテンション。僕たちが考えた計画がうまくいったことにも、そして凛花が別れ際に嬉しそうに笑っていたのも相まって、少し高揚中だ。
昨晩、僕とここなは凛花の家に訪れた。青い鳥の元の飼い主に会う方法があることを伝え、真夜中に青い鳥と一緒に神道神社に連れて行った。
神社の開かずの門の前に立って貰い、凛花が門をくぐれるように、門番である恵利華に鍵を開けてもらう。神社の門の先に、僕は行かなかった。ここなだけがついていく。
もちろん凛花はここなが見えないが、ここなが青い鳥を導くことで、元の飼い主が待っている森の中へと導いた。
そして凛花は無事、元の飼い主に会えて、そして青い鳥は再び、凛花の元で飼われることになったようだ。
元の飼い主が誰かについては、ここなが自分の世界に居た他の青い鳥たちに話を聞くことで判明した。その元の飼い主に青い鳥たちが引き合わせてくれて、ここなの世界で、凛花と元の飼い主を会わせることができたのだ。
「だけどよ。俺たちのこととか、神社の秘密とか、凛花ちゃんにバレちゃったけど、大丈夫なのか?」
キッチンには、僕たちが帰ってくる前からテルが居た。テルはマイペースに、こんな朝なのにお腹が空いたと言い、冷蔵庫の中を焦って、冷えたサクランボを食べていた。
「まぁ、そこんとこはうまく処理しとくよ。お前らは気にしなくていい」
テルはお気楽にそう言って、パクンとサクランボを口の中に入れる。どう上手く処理をするのか分からないが、地球人が起こした『CWC』を対応するのが、テルの役割。今回に関しては、解決する側である僕たちが敢えて『CWC』を引き起こしたわけだが、そういう事態になれば、テルは介入できるようである。
テルのサクランボを食べる手がさっきから止まらない。僕はキッチンに歩いていく。
「ずっと気になっていたんですが、元の飼い主が凛花さんの世界に迷い込んだということは、ここなのこともあるから分かりますけど、なんでこっちの次元の小学校に通うということになってたんですか?」
テルが抱えているサクランボがたくさん入った器を奪うと、その中から何個かの房を別の皿に移して、冷蔵庫に仕舞う。そして別皿をテルに突き出すと、テルは減らされたことに不服そうなをした。
そんな顔をしても増やしてはあげられない。サクランボは、ここなが今日の三時のおやつにしようと昨日から僕たちのために冷やしてくれていたものだからだ。
テルはしぶしぶと渡された皿だけを持って、ソファの方に歩いていく。
「その元の飼い主は、凛花の世界に迷い込んでしまったんだけど、迷い込んだことには理由があってな。その理由を解消しない限り、自分の世界に帰ることができないという事情があったんだ。特別な色を纏っているあの鳥が一緒に迷い込んだのもそのためだ」
特別な色を纏っているあの鳥が一緒に迷い込んだのはそのため。テルの言葉の意味について、2階の書庫にある資料のおかげで、僕たちはその理由を知っていた。
あの青い鳥に限らず、『信頼した人を1人だけ別世界でも映し出すことが出来る生き物が存在する』ということ。
僕とここなが手を繋ぐと互いの世界で姿を映し出せるのと似たような効果で、隼人曰く、オカルトでいうと物理霊媒の一種だそうだ。
元の飼い主が3次元の世界に居た時はその彼女を、凛花が5次元の世界に行った時は凛花を、それぞれの世界で映し出す。そうすることで、次元の違う2人が関わることができていたようだ。
「元の飼い主は凛花の世界の小学校に通うことで、その事情を解消できた。それでめでたく転校という形で自分の世界に帰ることが出来たんだけど、あの鳥を凛花っていう子に預けちゃったのは当時は予定外だった。それで凛花とあの鳥はずっと観察対象だったわけだ」
テルは最後に残っていたサクランボ3つ、同時に一気に頬張る。
「その迷い込んだ理由って、何なんですか?」
僕は口の中をモグモグしているテルを気にせず、さらに問う。
「……うーん」
テルはサクランボを食べながら、どう答えるかを考えている様子だ。そして、枝だけが残っている皿をマジックのように手の中から、パッと消す。
「「え……!?」」
隼人と恵利華、それに驚いて目をまん丸くしていた。
「テルさん、お皿は?」
ここなの質問と同時に、キッチンの流しにお皿が置かれる音がして、ここながキッチンを見る。その3人の反応がとても楽しかったらしく、テルは空になった掌をパンっと叩いてみせる。
「そうだな!じゃあ、次回の任務は、それに関することをお願いしよっかな!」
テルはニヤリと不敵の笑みを作ってみせたので、僕はさらに嫌な予感がした。これは絶対、アレをする。
「じゃあ、そういうことで。次はその任務を持ってくるよ!お前らぁ、寝不足で居眠りするなよぉ~。じゃあな~」
テルは遂に、2階に上がるという行為を省き、僕たちの目の前でシュンっと姿を消して見せた。
「え!」・「うぇ!」
姿が突然消えたのを初めてみた恵利華と隼人は、声を上げてソファから立ち上がる。ここなはすでに慣れているから、さっきの皿の件も合わせて、「おぉ~」と喜んで拍手した。しずくはもう眠さに耐えきれず、テルの見せびらかしたい子供みたいな演出を気にもせずに、ウトウトしている。
僕はどうやら遂に、テルがその場で消えることには慣れたらしい。そう自覚して、乾いた声で苦笑いした。
第三部・第一章/おわり
第三部第一章まで終わりました。
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